ぼくらのスタートライン

みーあんどゆー

第1話

 チク、タク、チク、タク。

 時計の針を指す音がやけに大きく聞こえる。

 横に座っている子の息継ぎも、はっきり聞こえるほど静かだった。


 僕の名前は朝倉 勇希。この前6年生になった。来年の今ごろは、憧れの翠嶺中学の入学試験を受けているはずだ。翠嶺中学は、勉強もスポーツも盛んで、特に理科の授業が面白いと評判だ。つまり、誰もが憧れる文武両道ってやつね。

 将来は科学の道に進みたいから、ここで学ぶことが夢につながるだろう。

 

 でも、やっぱり。一番大きな理由は、もうすぐ妹が生まれるからだ。

 だから、父さんや母さんの負担を少しでも減らせるように、しっかり者になりたい。そのためにも翠嶺中学に入学して、勉強もスポーツも頑張る家族に誇れる兄になりたいんだ。


「3、2、1……はじめ。」


 先生の声と同時に、カリカリという鉛筆の音が一斉に教室中に走り出す。

 けれど、僕の手は止まったままだった。

 目の前のプリントは、文字のかたまりにしか見えなくて、何を聞かれているのかもわからない。


(まただ……)


 心の中で、ため息がこぼれる。

 どうして僕だけ、こんなに頭が真っ白になるんだろう。

 

 ナツキは、きっと今もサッカーの練習で走ってる。

 なのに僕は、たったこれだけのテストで、足がすくんでる。


(どうしよう……わからない。この一か月、ずっと頑張ってきたのに。)


 僕がなんと答えたのか、覚えてもいない。

 それくらい、あっという間だった。


「……はい、終わりです。テスト用紙を回収します。」

 

 先生の声をきっかけに、クラスがいっせいに騒がしくなった。

 鉛筆を置く音、椅子を引く音、ため息、笑い声――。


 でも僕だけが、そのざわざわの中に取り残された気がした。


「おーい! ユウキ、理科の振り子の問題、なんて答えた? あれ、俺わかんなくてさー。お前、俺より理科の偏差値高いじゃん。」


 一番前の席にいたコウが、わざわざ教室の一番うしろ、僕の席までやってきた。 

 笑いながら、軽く僕の机をコンコンと叩く。


「……知るかよ。オレ、お前よりクラス下なの、知らないのかよ。」

 

 思わず口から出た声は、少し強かったかもしれない。

 コウの笑いが、ピタッと止まった。


「……なに、怒ってんの?」


「怒ってねぇし。」 


 僕は目をそらしながら、プリントを無理やりカバンに突っ込ん

 だ。


 外は寒く、暗くなりかけていた。ふと、時計を見るともう9時過ぎだ。


(早く帰って、学校の宿題もしなくちゃ)

 

 青葉学習塾から3分くらい歩くと、ナツキがいつもサッカーの練習をしているコートが見えた。

 

 ナツキは僕の親友で、サッカーの強豪チーム、フェニックスFCに入りたがっている。


(ナツキも頑張ってるんだ。オレも頑張らなきゃ。)


 そう自分に言い聞かせて歩き始めたけど、やっぱり足は重かった。


 それでも僕は知っている。

 ここが、僕のスタートラインだってことを。




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