第4話 使用人ナナ


 アリサを探して屋敷の中へ。

 屋敷の中はとてつもなく広く、迷子になりそうなほどだった。

 アリサはこんな屋敷に一人で住んでいるのか……?

 いや、さすがに一人ってことはないよな……?

 だけど、ぜんぜん人の気配がしない。

 そもそも、アリサはなんでこんな浮島に住んでいるのだろう。

 謎は増えるばかりだ。


 屋敷はヨーロッパにありそうな、豪奢な感じの内装で、ところどころ木漏れ日が差し込んでいてキラキラ光って綺麗だ。

 埃ひとつない廊下は、よく掃除されていることがわかった。

 だけど、アリサが一人で掃除したとは思えない。

 図書館での本の散らかしようを見るに、アリサはとても掃除が得意なようには見えなかった。

 

 屋敷の中をふらふらと漂っていると……。

 ――ドン、

「いて……」

 曲がり角で、何者かにぶつかってしまった。


「きゃ……」


 俺がぶつかったのは、6歳くらいの小さな女の子だった。

 金髪のロングヘアーがよく似合う子で、黄色いワンピースを着ていた。

 少女は洗濯籠をもって歩いていたようで、俺とぶつかった表紙にすっころんで、洗濯物をぶちまけてしまっていた。


「ご本……?」


 少女は俺のことを不思議そうに見つめる。

 洗濯物を持って歩いていたってことは、もしかして彼女はここの使用人かなにかなのか?

 それにしても、まだこんなに小さな子に洗濯をさせているなんて……アリサは結構だらしないな……。


「ごめんごめん、洗濯物ぶちまけちまったな。俺も拾うの手伝うよ」


 俺は本のページを手のようにして、挟んで、洗濯物を拾い上げた。

 俺が洗濯物を籠に戻す間、少女はぽかーんとほうけた顔をしていた。

 本が喋って動いていることをよほど不思議に思っているのだろうか。

 だけど、魔女のアリサと一緒に暮らしているのだから、魔法くらいは見たことありそうだけどな。

 もしかしたら、魔女見習いとかかもしれないな。

 少女の腕にも、アリサが持っていたのと同じ、物の声をきく腕輪がはめてあった。

 だからおそらく少女にも俺の声がきこえるものと思って、話しかける。


「俺はスコヤ。夜十神健だ。今はこんな本の見た目をしてるけど、一応元人間。これからこの屋敷に住むことになったんだ。よろしくな」


 俺は明るく元気に挨拶する。

 本のページを差し出して、少女に握手を求める。

 すると少女は立ち上がり、


「わ、私は……ナナだよ。ただのナナ」

「そっか、ナナか。よろしくな。ナナはアリサと暮らしているのか? アリサの弟子?」

「ううん。私はただの使用人だよ。雑用係。お掃除とか、洗濯とか……」

「そうなのか。まだ小さいのに偉いな。てかアリサは酷いな、こんな可愛くて小さな子をこきつかってるなんて……」

「そ、そんなことないっ……よ!」

「え……?」

「アリサ様は、身寄りのない私をここに置いてくれてるんだよ……! だから、私が家事をするのは当たり前なの……。アリサ様はしなくていいって言ってくれるけど……。私がしたくてやってるんだよ! アリサ様はひとりだとなにもできないから……。だから、アリサ様を悪くいわないで」

「そ、そっか。ごめんな。ナナはアリサが大好きなんだな」

「うん!」


 どうやらアリサは思ったよりもいいやつなのかもしれない。

 ナナは身寄りがなく、行く当てもなかったところを、アリサが拾ったのだという。

 それ以来、ナナとアリサの二人暮らしだそうだ。


「その、よかったら俺も手伝うよ」

「え……? 本さんが?」

「本さんじゃなくて、スコヤな」

「スコヤ……! ありがとう、スコヤ」

「おう!」


 俺は他の本を図書館から浮かせて、連れてきた。

 そしてそれぞれの本に、洗濯物を持たせる。

 もはや図書館の本は、すべてが俺の手足で、動かすのは自由自在だった。

 俺はそれぞれの本をたくみに操って、洗濯物を手際よく物干し竿に干していった。


「ふぅ……これでよしっと」

「すごい! スコヤのおかげで、とってもはやく終わったよ! ありがとう」

「いいってことよ。俺もこれから一緒に住んでいくからな。協力できることはなんでもさせてくれ」

「うん!」


 そういえば、アリサは何をしているんだろう。

 朝ごはんを食べるとか言ってたな。


 そのときだった。


「ぐううううううう!!!!」


 地鳴りのようなものが、どこかからともなくきこえてきた。

 

「あ……!」

「ん?」

「アリサ様の朝ごはんまだだった……!」

「って、今の腹の音かよ……!? デカすぎィ……!!!!」


 ナナは急いでキッチンの方へ走っていく。

 ていうか、アリサは自分で飯くらい用意しろよ……。

 俺もナナのあとを追いかけた。

 俺本体以外の魔導書は、図書館に戻しておく。


 ナナの後を追っていくと、キッチンがあった。

 キッチンカウンターと、食事をするダイニングテーブルはつながっていて、テーブルにはアリサがぐでんとなって座っていた。


「ねぇ~朝ごはんはやく~」


 アリサは机に顔を突っ伏したまま、足をバタバタさせている。

 なんだこいつ……。


「はいはい~ただいま~」


 ナナは手際よく、卵を焼いていった。

 こうして、騒がしくも、朝の時間は過ぎて行った。

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