図書館転生~10万3000冊の魔道書を有する巨大図書館に転生してしまったので、魔法を極めてみることにします。あらゆる知識を手に入れたので、大賢者と呼ばれています

みんと

第1話 書籍化(俺が)


 俺の名は夜十神やとがみすこや――35歳。

 

 過酷な現代社会を生きる――いわゆる社畜という奴だった。

 もうどのくらい家に帰っていないかわからない。

 風呂にも入ってないから、身体も臭くなってきている。

 飯だって、ろくなもんを食っていない。

 毎食、会社の近くの牛丼チェーンで済ませている。


「はぁ……はやく仕事終わらせて、今月出た新刊読みたいんだけどなぁ……」


 俺はカフェインたっぷり増強されたエナジードリンク(本日5本目)を流し込みながら、未だ帰れぬ自宅へと思いをはせる。

 俺の部屋には、まだシュリンクも外していない文庫本が、山のように積まれていた。

 まあ、本好きの人間なら誰だって、家に10冊や20冊の積読はあるだろう。

 だけど、俺はもう半年以上、満足に本を読めていない。

 それが俺にとってどれだけ辛いことなのか、話しても、他人はあまりわかってくれない。

 俺は昔から、いわゆる本の虫だった。

 本を読むことがなによりも好きだった。


 ゲームをしたり、酒を飲んだりすることよりも、自分一人で本を静かによむ――それこそが俺にとって至福の喜びだったのだ。

 読むジャンルも、多岐にわたる。

 小説はもちろん大好きだった。

 推理小説もいろいろ読んだし、純文学は自分でも書いてみたことがある。

 自己啓発本にはまった時期もあった。

 難しい学術書や、哲学書に頭を悩ませるのも好きだ。


 時間がたっぷりあった大学のときは、50巻ほどもある長編シリーズを読破したりもしたもんだ。

 だけど、就職してからはまったく満足に本を読めていない。

 本当に辛い。

 まあ、それでも他の人よりは、多少は読んではいる。

 最近じゃあ、まったく本を読まないって人も少なくないそうだしな。

 俺には考えられないことだけど。

 

 最近俺がよく読んでいるのは、ネットで無料で読める、いわゆるweb小説ってやつだ。

 異世界系のweb小説が多くて、どれも気軽に読めるのがいい。

 今は昔と違って、まとまった時間がとれないから、落ち着いて本を読むのが難しい。

 だけどその点、web小説は、隙間の時間で、1話だけ読んだりできるから、今の俺にはぴったりだった。

 あまり気合いを入れて読まなくても、通勤時間などでさらっと読めてしまう。

 それこそがweb小説の魅力だ。


 だけどまあ、web小説ばかりってのも、俺にとっては物足りない。

 もっとこう、腰を落ち着けて、分厚い本をコーヒーを飲みながら、ゆっくりと楽しんだりもしたい。

 俺は普通に本を読むだけじゃもはや満足しなかった。

 とにかく俺は、満たされない毎日を送っていた。

 空いた時間でぱらぱらっと本をめくってみたりするものの、飢餓感は増すばかりだった。


「はぁ……仕事、やめたいなぁ……」

 


 ◇

 


 10連勤を終え、ようやく家に帰りつくも、本を読む気力は残っていない。

 俺はスーツのまま、ベッドに倒れこんだ。

 身体は汗でべたべたなままだが、シャワーを浴びる気にもなれない。

 最後に飯を食ったのは、コンビニで売ってる栄養ゼリーだ。

 腹がぐぅと鳴る。

 しかし、起き上がってなにか食べる気にもなれやしない。


 とりあえずこのまま一寝入りしてから、起きてからなにか考えよう。

 えーっと、起きたらまずシャワーを浴びて、飯を食って、うん、それからゆっくりコーヒーを入れて本を読もう。

 きっと素敵な休日になるぞ。

 だがしかし、俺のその夢は叶わない――。

 俺はそのまま、死んだように深い眠りについた。

 そして二度と、目が覚めることはなかった――。



 ◇



「あれ……? ここはどこだ……? 俺は眠ったはずだよな? じゃあ、夢か?」


 気が付くと、そこは真っ白な空間だった。

 真っ白な空間に、スーツ姿の俺だけがぽつりと立っている。


夜十神やとがみすこやさん? 天界へようこそ」

「天界……?」


 名前を呼ばれて、振り向くと、そこにはこの世のものとは思えないほど美しい女性がいた。

 女性は神々しく光を放っており、直視できないほどまぶしい。

 地面まで届く金髪に、日本人離れした整った顔――だけど、欧米人とも思えないような、不思議な顔だ。

 地球上のどの人種にも当てはまらないような、そんな顔。

 見たことのないほどの巨乳に、くびれ。

 そいつを一言で形容するなら、女神という言葉がまさにふさわしいだろう。


「もしかして……女神……?」

「あら、ご名答。そうです。私はこの世界の女神アーデルハイト。そしてここは天界ヴァルッハラ」

「天国、みたいなもんか? ていうことは……俺は死んだのか?」

「ですです。スコヤさん、残念ですが、あなたは死んでしまいました。原因は過労死ですね……ほんと、ブラック企業って酷いですよね。同情します。私も天界主様にコキ使われてるんですよ……」

「天界にも上司がいるのか……」

「私の役目は、死んでしまったスコヤさんを案内することなんです。とにかく、あなたは死んでしまい、天界へと召喚されました。ここまで大丈夫ですか?」


 いやしかし、過労死か……。

 まあ、あれだけ身体に無理させていたのだから、仕方ないな。

 

「はい……。しかし……まじか……俺、まだあの本読んでないのに……」

「こんなときまで本のことですか……。本当に、本がお好きなんですね」

「それはもう、死んでしまったことに唯一の未練があるなら、それはもっと本を読みたかったというくらいですかね」

「それは珍しい……普通はもっと、せめて童貞を捨てたかった~とか、せめて一度くらいおっぱいを触ってみたかった~と言われる方が多いのですけどね……」

「そうなんですか……。いや、まあ俺だってできれば童貞は捨てたかったですけど……! 恋人の一人くらいは欲しかったですよ! それはもちろん……! だけど、俺にはそれ以上に本が大事なんです。本さえあれば、孤独だって、他になにも必要なかった。本はすべてを与えてくれるんです」

「じゃあ、私のおっぱいは揉まなくていいですか?」


 俺は思わず、女神のその豊満な胸に目線をやってしまう。


「え……も、揉ませてくれるんですか……!?」

「いえ、揉ませはしませんけど」

「なんだ……。お、俺を弄ばないでくださいよ……!」

「あはは、すみません。スコヤさんはからかい甲斐のある方ですね」

「女神にまで童貞いじりされるとか、ここは天国じゃなくて地獄か?」


 よく、飲み会で上司に、俺が童貞であることをいじられた。

 あれはマジで最悪だ。

 今って令和だぞ? 普通にセクハラだ。


「まあ、おふざけはこのくらいにして……。本題に入りましょうか」

「本題?」

「私ね。あまりにもかわいそうだと思うんですよ……」

「俺のことがですか?」

「ええ、あなたは現世でとってもよく頑張りました。誰よりも真面目に生きて、誰よりも努力して……それを私は天界から見ていたんです」

「女神様……」


 そんなふうに認めてもらったのは、初めてのことだった。

 たしかに俺は真面目に生きてきた。

 真面目すぎて、損もした。

 だけど生き方を変えるくらいなら、損をしたままでもいいと思った。

 昔母親に言われたっけ、「あんたは真面目だけが取り柄だから、せめて真面目に生きなさい。そしたらいつか、必ず報われるから」って。

 俺はその言葉を信じて、とにかく、真面目にひたむきに努力した。

 そんな俺を、周囲は無能だとか、真面目すぎてつまらない男だとか、そんなふうに言った。

 その挙句が、過労死……。


「報われませんよね……。その結果が過労死だなんて、受け入れがたいと思います。それに、さっきもおっしゃいましたけど、もっと本を読みたかった――それは素敵な夢だと思います。なので、特別に……天界から転生をオファーしたいと思います」

「転生…………?」

「はい、異世界転生です」

「ま、マジで……? それってあの、よくweb小説とかである、あの異世界転生?」

「あの異世界転生です」

「っしゃあああああああああああ!!!! キタコレ!!!!」

「そ、そこまで喜んでもらえるとは……、こちらとしても用意した甲斐があります」

「ありがとうございます。女神様……!」

「いえいえ、これはすべて今までのあなたの行いがあったからこそです。あなたはもう一度人生をやり直すにふさわしい人間だと、我々が判断したのです。それで……どういった異世界転生にしましょうか?」

「どういった……?」

「ええ、一口に異世界転生といっても、いろいろな形がありますから。なにか、要望をきくことにしているんです。例えば、どんな土地がいいかとか、どんな能力がいいかとか、どんな容姿がいいかとか……。あまり多くのわがままはきくことはできないんですけどね……。なにか一つだけ、願望があれば言ってください。きっとその通りになるように、こちらで取り計らいますから」

「それならもちろん――本がいっぱい読めるようにしてください……!!!!」


 俺が望むことは、もはやそれだけだった。


「あはは……どこまでもぶれませんね。そこが素敵です。わかりました。いいでしょう。たくさんの本、ですね」

「お願いします」

「はい、では……。目を瞑ってください。今からさっそく、転生の儀式を行います」

「え。もうですか?」

「ええ、名残惜しいですが……、次の転生者さんが待ってますので」

「そうですか……。じゃあ、お願いします」

「はい」


 俺は目を瞑った。

 そしてたくさんの本を想像した――。



 ◇

 


 ――――そしたら本になってた、俺が。


「なんでだよ!!!!」


 正確に言うと、どうやら俺の肉体は図書館らしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る