第20話

 イブが差し出した手を握る。「好きなところに座っていい」と言われたので、とりあえずすぐ近くの長椅子に座った。

 どこからか本を取り出したイブが、中身を読みながら、自分の身長よりも長い黒色の髪を引きずって近づいてくる。


「その本は?」

「ただの本だ」

「ちょっと読ませてもらってもいい?」


 ルーナがそう言って、イブに手を差し出そうとすると、イブは本を閉じて首を横に振った。


「ダメだ」

「ダメって…なんで?」

「…常人が読めば死ぬ」

「それって、呪い付きの魔導書とかだったりするの?」

「呪いでもなければ魔導書でもない。これはこの世界の総てが記されている『本』だ」

「すべて?」

「そうだ」


 『本』の外見は至って普通だし、大きさもちょっとした魔導書くらいの大きさで…何の変哲もない見た目のその『本』に、世界の総てが記されているというのは、私としては信じにくいことだった。


「…まあ、信じられないのも無理はない。…それに、私にはそれを証明できる術もない」

「これから私がする行動を当てる…とかじゃだめなの?」

「私は総てを知っているのであって、未来を予知できるわけではない。そこは勘違いしないでほしい」

「…どういうこと?」


 ルーナの疑問にイブが答える。


「ヒントも無しに、無限大の選択肢の中から1つを選んで当てることが、お前には出来るか?」

「それは…できないけど…」

「そういうことだ。今の私には、無限大の選択肢の中から正解を引き当てることはできない」

「…今の、っていうのはどういうこと?」

「昔話をしていいのなら、説明できるが」

「…どうする、ルーナ?」

「私は、ちょっと興味があるかも」

「じゃあ、聞くよ」

「分かった」


 イブが華奢な指をパチンと鳴らすと、場所がどこかの街の、広場のような場所へ切り替わる。私は、これを魔法だと瞬時に理解した。


「…今と比べれば、粗末な技術しかなかった時代だ」


 イブはどこか遠くを見つめて、そう呟くように私たちへ言った。場面が切り替わり、どこかの家の前に立っていた。


「ここは2000年ほど前。私が二十歳前後の時代だ。…この頃はまだ、私は叡知の魔女になってはいなかった」


 家から誰かが出てくる。イブと似た雰囲気の女性だ。しかし、イブよりも髪は短く、腰くらいの長さで、身長も今より幾分か高い。


「これが私だ」


 イブはその女性を指さして言った。


「これがイブ?なんだか…今よりも背が高いし、髪が短いけど…お母さんとかじゃなくて?」

「いいや、私だ」

「ふぅん。…綺麗だね」

「……リリィちゃん、浮気はだめだからね?」


 少しムッとなったルーナが腕に抱き着き、そう言う。


「分かってるって」


 頭を撫でながらそう返すと、安心したように私から離れた。


「……この頃は…そうだな。私は他よりも優れた魔法使いだとして認識されていた。人よりも努力をしていた自負もあった」

「へぇ、昔からすごかったんだね」

「今思えば…これも叡知の魔女たる所以だったのかもしれないな」


 イブがさらに場面を進めた。場所が切り替わり、図書館で本を読み耽っているイブの場面となった。


「この頃は読書が好きだった。様々な魔法や、それ以外の知識を頭に入れることが、とても楽しかった」

「じゃあ、今は?」

「…すべてを知った今、好奇心を満たすようなものはそうそうない。膨大な選択肢があるとはいえ、その総てを知っている…だからこそ、つまらない。無知だからこそ、満たされることを渇望していたからこそ、幸福というのはそこにある」

「知識は一度食べたら飽きる味をしてるもんね」

「あぁ」

「…まあ、それはいいとして、これがどう、あなたの力の説明になるの?」

「これを見ろ」


 そう言うと、過去のイブが読んでいた本が私とルーナの手元に現れる。パラパラと勝手にページが捲れていき、あるページで止まる。


「ここで私は、『本』の存在を知った。世界の総てをたった一冊にまとめた物が、この世界にあるのだと」

「その『本』は、元からあったものなんだ」

「あぁ。叡知の魔女の場合は、魔女になるための条件が『本』を手にすることだった。…そして当時の私は、『世界の総てがたった一冊にまとめきれるわけがない。これは嘘だろう』と考えながらも『それでももし本当ならば…』という好奇心を捨てきれなかった」


 イブが再び指を鳴らし、場面を切り替える。図書館の受付で、禁書庫の中へ立ち入らせてほしいと頼み込んでいる最中の場面だった。


「叡知の魔女…つまり『本』の主が現れるまで、『本』は世界各地に遍在していた。…もっとも、素質のない者が中身を読めば即死だが」

「結局、立ち入れたの?」

「それはこれからわかる」


 再び過去の場面に目をやると、イブはどうやら受付の人立ち合いの下で、禁書庫へ立ち入ることを許可されたようだ。


 そして禁書庫の中には、さまざまな本があった。禁断の魔術が記された本だったり、読むだけ、或いは触れるだけで命が吸い取られるような呪いの本であったり…。


 そして禁書庫は円柱の形をしており、放射状に広がった本棚の中央には、他の禍々しい雰囲気の禁書とは一線を画す、外見だけは至って普通の『本』が置かれていた。


――――――――

作者's つぶやき:ぬるりと始まったイブの過去編。世界が滅ぶかもしれないというのに悠長ですね。

ちなみにフクロウさんはイブが魔力で作った幻影です。リリィさんが気づかないレベルで精密な魔力の幻影ってなんなんですかね。

まあ叡知の魔女はなんでもできますから。

総てを知っていますが選択肢が膨大すぎて未来予知とかはできないです。弱点…まあ弱点ですよね。

――――――――

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