借金忍者、ダンジョンでやらかす

フセ オオゾラ

第1話 忍者、ダンジョンでやらかす

『耐え忍ぶことだ。志信。そうすれば、開ける道もある……』


 ふと、思い出された父の姿と言葉に、苛立ちを覚える。


「何が! 耐え忍ぶ、だ! 耐えたところで、何にもならないじゃないか……!」


 そう言って、八鳥 志信は抱えていた怒りをダンジョンの壁に叩きつけた。

 より正確にいうなら、志信の動きをトレースした全高4.5メートルの汎用作業用人型マギワーカー、通称トンカンが採掘用ハンマーを壁に叩きつけた。エアハンマー機構が作動し、ダンジョンの壁を打ち崩す。ぼろりと崩れた壁から、蒼い水晶の様な鉱石……魔石が転がる。


『志信? 何かありましたか?』


 プロレスラー体型のトンカンが、身体を縮こまらせて、申し訳なさそうに頭……頭部センサーユニットだが……を撫でた。

 こちらの通信を切っていたはずだが、トンカンの動きから異変を察知した幼馴染、御剣 紗夜が志信の方を見上げている。

 プライベート回線を開き、志信は紗夜に応えた。


「いえ、紗夜様。その……申し訳ないなと」


 口から出たのは誤魔化しではあったが、本心でもあった。特に違和感を覚えなかったのか、紗夜が応える。


『日々の糧を得ようというのですから。労働は当然でしょう』


 品のある言葉遣いの紗夜は、普段は真っ直ぐな長髪を下ろしていたが、今は採掘作業中。志信と同じく作業着姿の彼女は、髪を結い上げて安全ヘルメットの中に押し込んだ姿だ。

 彼女はダンジョンの壁から出た魔石を、運搬車の荷台に詰めようと、カーゴに魔石を持ち上げるアームのついた、作業用機械を再び動かし始めた。

 アームがあっちに動いたり、こっちに動いたりと、だいぶ拙いが、紗夜は真剣な様子。

 ここはダンジョン。高さ10メートルはある、採掘場のように舗装されたこの場所は、志信の立場では本来、紗夜に居させていい場所ではなかった。


「そんな……本来なら紗夜様に付き合っていただかなくとも……これは、私事ですので」


 うなだれ、申し訳なさそうな志信に、


『したいからしているのです』


 紗夜は手を止め、口にした。


『落ち目とはいえ、御剣家は武家である、と仕えてくれる志信らに、金銭で返すことは難しい。ならせめて、一緒に背負いたい。そう思うことは、ダメですか?』


 真っ直ぐに見上げられ、志信は胸を打たれた。


「紗夜様……!」

『ほら、手が止まっていますよ』


 やんわりとした笑顔に押される。

 同時、オープンチャンネルの方で、運搬車の運転手である中年男性の正社員、佐藤から通知が入る。

 佐藤は軽く手をあげ、紗夜に挨拶し、紗夜も頭をさげた。


『八鳥くん、何か問題があったかい』

「いえ、大丈夫です! ちょっと汗を拭ってただけです」

『おー、そうかい。休憩までもうちょっとだ。後一踏ん張りしようや!』


 はい、と返事を返し、トンカンの手を振る。

 佐藤も手を振り返して、紗夜の魔石の積み込み作業を手伝い始める。


「よし……」


 紗夜を早く家に帰すためにも、仕事を早く終わらせよう。と志信は意気込む。


 トンカンがハンマーを振り下ろそうとしたその時、奥の方から爆発音のような大音量が響いてくる。

 志信はとっさに、トンカンとハンマーを盾代わりに、紗夜の乗るカーゴと作業中の佐藤を庇った。ほとんど同時に、聞こえた爆音の方向から、粉塵が吹き付けてくる。


「紗夜様!」

『けほ、こほっ……こちらは無事です!』

『な、なんだぁ!?』


 粉塵が僅かに晴れると、そこからトンカンとそう大差のない背丈の人影が現れた。


「大鬼……! こんな浅層で!?」


 現れたのは日本で大鬼、と呼ばれるダンジョン生物……魔物だった。

 筋肉隆々の体躯に、腰蓑。装備は2メートル近くある金棒。

 大鬼が粉塵のせいで細めていた目を開く。大鬼の目が、志信の乗るトンカンを捉えた。


「紗夜様、佐藤さん、お逃げください!」


 志信はトンカンを素早く立ち上がらせ、ハンマーを一振りし、トンカンの背後に隠すよう構えた。大鬼に間合いを測らせないためだ。


『だ、ダメだぁ! 八鳥くん! そいつは戦闘用じゃねぇ! 逃げなきゃダメだ!』

「わかってます! ですが、相手は逃がしてくれませんよ! それに、誰かが地上へ知らせないと……!」


 覚悟を決めた志信に、一瞬だけ紗夜が逡巡を見せた。


『志信……』


 しかし、紗夜が出来ることはない。それを理解した彼女は、不慣れなカーゴを捨て、走り出す。


『武運を祈ります! 佐藤さん、行きましょう!』

 

 志信は佐藤の腕を引っ張り、運搬車に押し込む紗夜を、トンカンのカメラセンサーで確認しつつ、大鬼を警戒する。

 志信は運搬車が地上へ向かって走り出したことに、若干の安堵を覚えた。


「グゥゥゥゥゥ……」


 鬼が低く唸り、金棒を握る手に、力を込めたのがわかる。志信は気を引き締め直し、指先でボタンを押し込み、サポートAIを起動する。


「保護モード最大稼働」

『保護モード、稼働開始。出力最大。エネルギー残量を表示します』

 

 AIの無機質な音声が応え、トンカンに備えられた、旧式ストーンジェネレーターが音を立てて稼働を始める。

 独特の高音と共に、ジェネレーターは大量の魔力を生み出し、トンカンの正面に円形の魔力の力場を形成した。魔力シールドと呼ばれるこれは、現代科学の核心技術で、トンカンのような巨大な人型ロボットの骨格を支え、素材の耐久性を高め、人工筋肉の出力を向上させる。

 しかし、トンカンは戦闘用ではなく汎用重機。パワーでこそ目の前の大鬼に劣らないが、瞬発力や反応速度、魔力量でさえ、一枚も二枚も劣るのだ。


「稼働は5分……短期決戦しかない、か……」


 モニターの隅に表示された300秒の数値を見て、決心を固める。


「グゥオ!」


 魔力の起こりを感じたのであろう大鬼が、トンカンの頭部センサーをかち割らんと金棒を振り下ろす。


「シィッ」


 かすらせるつもりもなかったが、金棒が魔力の力場に擦り、火花のように魔力光が散る。膝を抜く挙動でかがみこんだトンカンが、斜め前方に旋回。大鬼の金棒側の腕に回り込んだトンカンは、旋回する遠心力を使ってハンマーを振り、踏み込んでいた大鬼の利き足を刈り取る。

 はずだった。


「グゥゥゥッ!」


 ハンマーを肉体に当てたと思えないような感触と異音が志信に返ってきた。

 不快感を示すようなうめき声を上げ、大鬼が膝を落としかける。しかし、踏ん張って金棒を振り回した。


「チッ!」


 即座に回避行動を取るトンカン。これこそが、魔物。現在、地球で最も脅威的な生命体だ。

 トンカンがそうであるように、野生である大鬼といった魔物たちは、全身に魔力をみなぎらせている。この魔力がある限り、魔物は銃器やミサイルのような兵器に対しても高い耐久力を見せ、膂力に関しても、金属塊を素手で引き千切り、足の速さですら、高速道路を走る車に匹敵する。

 

「まずは魔力の薄い箇所から削るのがセオリー!」


 志信はそう口にしながら、トンカンを滑らかに機動させ、ハンマーを細かく動かし、大鬼の棍棒を持つ手の甲を打つ。


「グォォォ!」

 

 大鬼が手の甲を庇うが、金棒を取り落とすには至らない。

 大鬼の意識が痛みに向いたところで、トンカンのハンマーは頭を狙う。フルスイングで一撃。

 さらによろけた大鬼に向かって大上段から振り下ろし。


「オォ、オォォォ!」


 頭部から血を流しながらも、戦意が折れるどころか、増したらしい大鬼は、憎悪に顔を歪ませ咆哮した。


「ガァァァッ!」

「まずっ……ぐぁっ!」


 大鬼の体当たりに、魔力の力場が激しく瞬いた。トラックとの衝突事故のような衝撃。トンカンはそのままダンジョンの壁に吹き飛ばされ、コクピット内部で志信は激しく揺すられる。


『胸部フレームに歪みを検知、パイロットは直ちに機体を静止させてください」


 無機質なAIの音声が、機体情報を申告してくるが、それどころではなかった。

 大鬼が迫っている。


「くそ……!」


 大鬼は一撃入れたことに満足せず、トンカンにとどめを刺さんと金棒を振り上げる。禍々しく輝く魔力が、金棒にまとわりついていた。

 崩れた体勢から、ハンマーを捨てて横っ飛びして前転。その勢いのまま立ち上がる。


「ガァッ!!」


 魔力のこもった一撃が、トンカンが寸前まで居た場所に叩きつけられる。ダンジョンの壁と地面が大きく抉れ、ハンマーがひしゃげてどこかへ飛んで行った。さっきまでそのハンマーで壁を壊していた威力の比ではない。


「そんな気はしてたけど、やっぱトンカンのハンマーより強いのか……!」


 爆発でも起きたのかという打撃痕に、志信の額に冷や汗が浮かぶ。

 大鬼は余裕で金棒を肩に担ぎ、トンカンに再び向かってきた。

 志信もトンカンを立たせ、アップライトに構える。


「はっ、タダでやられると思うなよ……!」


 ボクシングに似たファイティングポーズから、大鬼が射程に入った瞬間、低空タックル。


「とっておきを見せてやる」


 大鬼から脚を取ってのテイクダウンが取れるとは思わない。トンカンは大鬼の腰に抱きつき、そこを支点に胴を回り、背後を取る。


「忍法!」

「グォ!?」


 大鬼が慌て、腰を浮かせたその瞬間、トンカンは跳躍して、空中で捻りを加えたバックドロップを叩き込む。


「竜巻落とし!」


 大鬼に、捻りの跳躍、大鬼の自重、トンカンの重量を掛け合わせた投げ。

 先の大鬼の一撃に負けずとも劣らない轟音が響き、大鬼の頭が地面に埋まった。


『全身フレームに許容量を越えた歪みを検知。パイロットは直ちに機体を静止してください。全身フレームに……」

「っし! 武器なしの最大火力、これならどうだ…!?」


 会心の手応えを感じつつ、トンカンを何とか立たせる。AIの警報が鳴り響く中、志信は大鬼を注視した。


「マジかよ……」


 人間だったら余裕で頸椎骨折、脳挫傷を起こすような殺人技だったが、大鬼はふらつき、ダメージを受けた様子を見せつつも、立ち上がった。

 顔は怒りに歪み、トンカン越しにも、志信の元に必ず殺すという殺気を感じさせる。


「……忍法は、一つじゃない」


 絶望しかけた志信だったが、そう自身を奮い立たせた。

 トンカンが志信に応えるように、全身に力を漲らせる。


『魔力量低下。機体停止』


 しかし、そこが機体の限界だった。保護モードは本来、落下や崩落といった想定外の事故から機体を守るためのモードであり、戦闘稼働など想定されていない。

 さらには、志信の激しい操縦によって機体にかかる負荷が増え、それにより保有していたエネルギー……魔力を削りに削ったのだった。

 トンカンが膝を付き、システムダウンする。


「くっ……!」


 脱出するために歪んだ胸部ハッチを開けると、大鬼が金棒を振り上げているところだった。

 志信は両手を上げ、頭を庇う。


「ッ……」

『そこまで、だよ』


 外部スピーカーから発せられたのであろう、落ち着いた少女の声が響き、閃光が大鬼の頭を貫いた。


「た、助かっ、た……?」


 志信の視線の先、頭を失った大鬼が倒れ、その先には杖を持った、黄色を基調にしたロボットが見えた。

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