第21話 森のお嬢さん

「犬、これはどこで手に入れた?」


 ツユに詰められている。嬉しかったから家に帰って披露しちゃったのが運の尽き。そりゃ普通のワンコが自力で薬作るわけ無いわな。


「アウオウアウオワン」


 自分で作ったんだよ、薬草も自分で育てました!


「何を言ってるのか分からない。この薬は大変な物です。どこかで奪ったのか?また手に入るのか?」


 ぶんぶん頭を振る。もう実験は済んだし面倒だからやらないよ。


「これほどの薬、今も作れる者が残っていたとは。素材も一流、込められた魔素も一流、魔化してもおかしくない紙一重の絶技。しかもまだ新しい物です」


「アオアオン」

 

 ツユが丸薬の匂いを嗅いだり手で転がしたりしながら言う。まだフレッシュなのおわかりになりました?

 ふふふ、それほどでもないんだけどな。でもあんまり突っ込まれると困ります。


「ふむ、これは受け取りましょう。いい働きです」


「アオ!?」


 持ってかれてしまった。俺の努力の結晶が……あんなにがんば…いやそれほどでもないか。今度やるなら経験を活かしてもっといいモノ作れるだろうしな。

 遊びみたいなもんだし別にいいんだけど、何かあってもノークレームでお願いします。


          ◇◆◇◆◇


 実験は終了したので翌日からはひたすら魔物狩りに勤しんだ。


 奥に進む程に強力な魔物が生息しているが、日帰りで行ける範囲は限られてしまって歯がゆいぜ。一体どれだけ広いんだろう?羽を出して空を飛んでも終わりどころか変化すら見えない広大な魔物領域。ガチで人間の領域なんて世界の片隅でしか無い。人間世界のこともよく知らんけどな。


 人間領域との境界にはゴブリンや魔物化した獣が生息していて、少し入るとゴリラ・化けキノコ・二足歩行のコボルトなんかが居た。最近ではそこから更に羽で飛んで1時間の距離、人間領域で言うと国を二つ超えるくらいの距離を進んだ辺りで狩りをしている。

 普通の木に擬態している木の化け物、人間の3倍サイズのカマキリ、鰐の尾を持つ虎とか、かなりファンタジー色の強い魔物が出るようになった。


「ガルアァァ!」

『シャアアア!!』


 現在も羽の生えた蛇と激しい戦闘中。手も足も無い癖に動きが早い奴だ。


「アオオォォ!」


 必殺!犬ビィィィッム!


『ジャ!』


 蛇の着地点に必殺犬ビーム。着弾を確信したその瞬間、蛇の体が一瞬縮んだかと思うと逆に真っ直ぐ飛び込んできた!高速で迫りくる一本の槍を幻視する!


「ガァァァァァァ!!」


 ぐしゃり!


 音速を超える速度で飛び込む蛇に対して、正面から噛み砕いてやった。口の中にはビッシリと鮫歯を生やして文字通り食い止める。

 頭を失ってくたりと萎れる蛇の体。恐ろしい敵だったぜ。


「ゲヘッ!ベッベッ」


 急いで口の中の頭と血を吐き出した。あぁ、口に残った僅かな血が甘い。噛み砕いた感触に脳がしびれそうだ。一度食べてしまったらもうやめられないと思う。


 最近はちょっとくらい大丈夫なんじゃないかなぁという誘惑がきついんだ。

 薬草実験によりある程度の耐性がある事が予想できているし、この優秀ワンコボディなら少々食っても平気だと思う。でも食い始めたら少々で済まない自信があるので我慢。




「それ、いらないなら頂戴」


「アオ?」


 突然の声に振り向くと、そこには豪奢な服を着た少女が立っていた。

 何者?決まってる、魔物だ。とても整った美しい姿、特徴的な長い耳。エルフ?

 あ、そうだ前世でも似たような奴に会ったぞ。少々記憶がはっきりしない時期だったんだが、こいつとは似てるけど違う……はず?

 そうだ、羽が生えて爪が伸びたりして吸血鬼っぽいやつだったんだよ。こいつもあの子やあいつの仲間なのかも。


 えふん!げふんげふん!


『娘よ、吸血鬼か』


 ちょっと雰囲気を出して発声してみた。やろうと思えばいつでも出来たんだよ、でもやっぱ人前ではやりたくない。あと最近の魔物狩りで力が増して自由度が上がったのもある。


「そうだよ。それ食べないなら欲しいんだけど」


 ふむ……。とりあえずぽいっとくれてやった。


「ありがと」


 短く礼を告げ、羽蛇を拾い上げてガブリと食いついた。

 それほど大きく無いとはいえ、人間の足くらいの太さで長さは5メートルくらいか?頭を失ったそれをガブリガブリと噛み砕き腹に収めていく様は完全に魔物だ。いっぱい食べる君が素鬼。


「けっぷ。ごちそうさま」


 ぼけっと見ている間に全部食っちまった。この世界に大食い選手権があれば大食いギャルとして大人気間違いなしだろう。

 吸血鬼ってこんなに食うの?魔物を沢山食う奴は魔素を凝縮した強いやつだ、町で見た吸血鬼とはまるでレベルが違う。小さな体に満ちた凄まじいエネルギーを感じる。


『吸血鬼は人間の血を吸うのでは無かったのか』


「ん?よく知ってるね、あれはとっても美味しいのよ。でも滅多に飲ませてもらえないの、自分で収穫に行くのは下品だって言うのよ」


 あぁそういう位置づけなのね。食い荒らさないのは資源保護の観点なのかな。

 この娘を御している存在。親や家族?あの服は魔物が作ったのか?ちゃんと文化を持っているんだな。これは人間さん終了のお知らせですね。



「あなたの事も教えてよ。どうして蛇を食べなかったの?あんなに楽しそうに殺していたのに」


『……魔物は食わぬ』


「うん?…魔物ってなに?」


『魔を宿し、魔に堕ちた生物だ』


「あなたも?」


『我は魔物にあらず』


「ふぅん……。でもあなた、とっても力強い感じがする。美味しそうだけど、今の私じゃ勝てないかな」


『………』


 俺が美味そうだと?馬鹿が、俺に喰らいついたら、喰われるのはお前の方だ。

 今の俺でもこいつには勝てる。だが周囲にはこいつと同質の気配が複数感じられる。

 集団になると今の俺で勝てるかわからない。あの時の俺なら間違いなく勝てるが、また自我を譲り渡すなんて考えはない。 


「気に入ったわ、私が強くなったら戦いたいわね。また会えるといいけど」


『………』


 生意気言いやがって吸血鬼風情が、今すぐぶっ殺されないのはお前の力じゃないんだぞ。


「じゃあ、死なないようにね」


 少女が去っていく。周囲の気配も共に移動していった。

 今戦っていたらどうなっただろう。久しぶりに脅威を感じたな。




 魔物を食わなくても力は付く。だが食えばもっと力が付くはずだ。今まで敵が居なかったせいでちょっと甘えちゃってたかな。舐め腐って下に見ていた吸血鬼は、今の俺には手に負えない種族のようだ。

 広大な魔物領域、その奥に潜む真の化け物たち。戦う道もあるし、目を背けて関わらずに生きる道もある。


 このまま安穏と飼い犬でいるべきだろうか。今度こそあいつを守り続けるための力を求めるべきだろうか。どうしたものかな。

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