第11話 魔法使い

 人間の領域を目指して走った。

 人型の泥だった俺の体は、俺が主導権を取り戻した事で生物らしく変化した。

 腕も使って走り、黒いだけだった体には肉が付いている。


 風の様に駆け抜け、途中で見つけた魔物は残さず喰い散らかした。

 疲れも無い。今の俺なら全ての物からあいつを守ることが出来る。

 どれだけの魔物の群れが現れようが、全て俺が喰ってやるよ。

 何人もオルヒに触れさせない。あいつは俺のものだ。


 走っている間に夜になり、朝になった。魔物領域は広い、人間の領域は狭い、オルヒにも自由で広い世界を教えてあげよう。


 走り続け、ようやく人間領域を感じられる距離に来た時。強い匂いが鼻についた。

 人間だ。人間たちが魔物領域に入り込んでいる。

 極浅い部分でしか無いが、人間達がなぜ?それも10や20の気配じゃない。


 馬鹿な人間どもめ、魔素を持たないお前たちは見過ごされているに過ぎないというのに、身の程を知らんか。

 少し走ればすぐに姿を見つけた。すごい数だ。

 武装した集団、うじゃうじゃと沢山だ。500?1000?分からんがとにかく沢山の人間が固まって動いている。


 何をしているのかと見ていれば、弱い魔物を見つけては倒していた。

 もしかして、人間の領域を広げようとしているのか?

 無駄な事だ、魔物領域の内部から押し出された者がここに居るだけなので、居場所の無い魔物が他に行くわけじゃない。

 魔物の数が増える限り、弱い魔物が外縁部を押し広げ、やがて人間は絶滅する。変えようがないことだ。


 だが、必死に戦うその姿が可愛く見えた。どうせ食べても美味しくないんだ、少し遊んでやろう。

 そうだ、もしかしたらオルヒのことを知っているかも知れない。人間の世界のことは人間に聞くのが一番!

 俺は姿を現して会話することにした。


『おい。オルヒがどこにいるか知らないか?』

 近寄って声をかけた。


「隊長!」

「大物だ!防御隊形!応援を呼べ!」


 んん?折角声をかけたのにこちらに武器を向けるばかりだ。そんな物で俺に傷はつけられないが失礼だろう。


『オルヒはどこか言え』


 人間たちは何も反応しない。伝わってないのか?そういえば喋るのって何年ぶりだっけ?上手く喋れてないのかも。

 伝わらないならこいつらいらないな。

 

 距離はわずか。半円を作ってこちらに武器を向けているが、その表情は恐怖でいっぱいだ。



 ……………………オルヒと関係ないなら、少しだけ遊んでやろう。



『グルアアァァァ!』


「ひぃっ!」

「ビビるな!仲間と距離をたも――うぎゃあああ!!」


 腕が飛んで花火のように血飛沫が舞う。あぁいい悲鳴だ、人間は悲鳴が上手いな。


「隊長っ!」

「この野郎!!」


 途端に人間たちが慌てだした。すぐに崩れて逃げ出すと思ったが、恐怖を抑えているようだ。

 これが軍隊ってやつか。面白い、どこまで恐怖に耐えられるかな?

 腕の次は脚か?頭か?腹を引きずり出すか?目の前で仲間が生きたまま食われても同じことが出来るかな?


「放て!」


 離れたところから声がして矢が飛んできた。人間たちの近くにいるのに、全て逸れること無く俺に向かってきた。俺を囲んでいた人間たちも自分の方に矢が飛んでこないと確信しているようだ。


 よく訓練されている。だが弱い。

 そんなしょぼい弓で魔物と戦うつもりだったのか?少し奥に入ればその矢より早く走る魔物ばかりだぞ?

 のんびりの飛んでくる矢を甘んじて受けた。


「馬鹿な!」


 矢は俺の毛皮を貫通することが出来ない。

 当たり前だ、俺は強い。ほら、それを教えてやろう。

 脚に力を込め、人間どもでは目にも捉えられない速度で切り裂いてやった。


「ぎゃあああああ!!」

「助けてくれ!!」


 囲んでいる人間たちの半分だけを傷つけてやった。

 爪の先で遊んでやるだけで、すぐに悲鳴が上がる。楽しい、いい音のなるオモチャだ。

 思わず笑みがあふれ、涎が垂れ下がった。


「つ、強いぞ!」

「魔術師を用意しろ!」


 傷ついた人間を無事な人間が引きずっていく。まだ崩れないか、じゃあ次は――


「おのれ魔獣め!この聖騎士ダルトンが相手だ!」

「ダルトン様!」

「聖騎士様が来てくれたぞ!」


 ――もっと痛そうにしてみよう。


 都合よく前に出てきた鎧の大男。大きくてやりやすいので、鎧ごと腹に喰らいついて中身をずりずりと引き出してやった。


「あぎゃああああああ!!」


 あぁいい悲鳴だ。心地いいな。


 人間たちも恐怖で壊れだしたようだ。武器を放り投げて逃げる者、崩れ落ちて震える者、大声で何かを喚き散らす者。様々な反応を見せてくれる。


 しかし人間の腹は不味いな、後で全部喰ってやるからな。その前にたっぷり遊ばせてくれ。

 泡を吹いて大便を漏らした大男を放置して、まずは逃げた人間の脚を刈ってやろうとした。


 ガギンッ!


『グルア?』


「化け物め、この俺が相手だ。お前のような魔を狩るのが我が一族の使命」


 俺の爪を止めた?面白い格好した奴だ、着物に刀?サムライ?初めて見るぞ。


「魔物……元は人か?吸血鬼ではないな!」


 ひゅん、鋭い音がして伸び上がっていた胴が撫で斬りにされた。毛皮で守られた皮膚を破り血が噴き出す。

 早い、剣筋が見えない。こんな強い人間もいるのか。


「フッ!」

 返す刀で首を狙われる。


 ガンッ!


 避けずに前へ出て、剣の柄に近い所を額で受けることで難を逃れた。額が切り裂かれて頭が割れたが。それでも俺は生きている。


「なっ!?ばけものが!!」


 馬鹿だな。首筋を切り裂けば勝っていたかもしれないのに、首を落とそうとしたのか。

 ゆっくりと削り合うことに耐えられなかったんだろう。一撃で終わらそうしたミスだ。

 踏み込み過ぎは恐怖の現れ。もう剣の間合いじゃない。

 捕まえてしまえば終わりだ、お前の頭も砕いてやろう。


「思い上がるなよ!」


 裂帛の気合と共に何かが振るわれ、伸ばした両腕が切り落とされた。まいったな、それ脇差しってやつか?


「死ね!」


 いい気合だ。俺、こういうやつ好きだな。

 でも死ね。


 ズドンッ!


「……!!…………無念」


 尻尾を鋭く固めて胴を貫いてやった。

 人間は手足でしか戦わないからな、不便なものだ。こいつも俺のようになれば俺より強かったかも知れないのにな。


 切り裂かれた腹を塞ぎ、落とされた腕を新たに生み出した。さあ続きだ。


「ば、ばけものだぁ!」

「にげろっ!にげろぉ!」


 こいつの様に戦おうとは思わないのか?じゃあ違う方法で俺を楽しませろよ。


「クソッ!こんな、こんな化け物にやられてたまるか!」


 中には武器を構える者もいた。

 いいぞ、ヤケクソになれ、希望を持て。


「助けて、助けて、おねがい、助けて」


 泣き喚いて動けない者もいた。

 心配するな。助けは無いがまだ殺さない。


「ぎゃあああああ!!いでぇ!くそっ!あああああ!!」


 いい声だ、すごく気分がいい。しあわせだ。どうしてこんなにもヒトの声が馴染むのだろう?


 人間は多い。走り回って傷つけてやればそこらじゅうから悲鳴が上がった。


「あるだけの矢を放て!槍を投げろ!魔術師はまだか!」


 楽しい!戦う意思が絶望に塗り替わっていく!さあ、お前も悲鳴を上げろ、みんなで合唱しよう。全員たっぷり苦しめてから殺してやる。




「準備できました!空けてください!」


 戦場に声が響く。女の声だ、ローブを纏った女が杖を突き出してこちらを睨んでいる。

 その姿を見て思い出した。忘れちゃいけないものを。


「……オ」


「ソルタラクス・イリュミナシオン!」


 ゴウッ!

 集められた魔素が火炎へと変質し、猛烈な勢いで襲いかかる。

 それをただ見つめていた。俺の知らない間に、立派な魔法使いになったその姿を。


「オレ…ハ……」


 足を止めた俺を魔炎が包む。あいつが俺にくれたもの。俺を終わらせるもの。

 燃え上がる。俺の中の魔素も炎に変えて。


「オマエ…ト……」


 俺が消えていく。悲しくはない。俺の中には喜びだけがあった。

 最後に考えてしまった。絶対にやっちゃいけない事だったのに。何かが繋がった気がした。




 俺自身を燃料として燃え上がる炎の中で、俺は幸福を思い出して死んだ。

 もう二度と、あいつと笑い合うことはないと思っていた。

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