第7話 喋る肉の塊

 朝。久しぶりにベッドで目が覚めた。

 しかし硬い。木板の上に薄い布を敷いてあるだけだからなぁ。田舎では乾いた藁がたっぷり使えてよかったよ。


 今日は買い物だ。予算は銀貨三十枚。単純換算は難しいが30万円くらい?一般家庭の一ヶ月の稼ぎより少し多いくらいだ。

 昨日は喜んでいたが、命を賭けた代償としては微妙なところだな。


 宿にもう1泊分の金を払い、町で買い物に回った。

 生活雑貨とそれを入れるカバン、簡単な火打金や塩を少々、それと丈夫なナイフを買って最低限必要な物が揃ったと思う。

 一応冒険者向けの武器も置いていたが高い。冒険者なんて金無しばかりだろうに、銀貨五十枚の剣とか誰が買うねん。借りパクした棍棒を使い続けることにした。


 残った金が銀貨十枚と少し。これで服を買いに来たんだが……。


「おばちゃん、いいの見繕ってくれよ。金ならある!」


 ドンッ!


「これっぽっちじゃ足りないよ。古着の上下くらいでぎりぎりだね」


 服たけぇ……新品の服一着で銀貨十五枚だとさ。ぼったくってね?


「なんで新品の服が一着で半月分の生活費がかかるの?」


「これ一つ作るのに半月かかるからだよ」


 まじかよ。かかりっきりってことは無いだろうが、それでも素材の代金も考えたら安いのか?

 仕方ないので丈夫そうな古着の上下だけを購入した。大切にしよう。


 ……金を貯めてオルヒに服を買ってやったら喜びそうだな。やる気が湧いてきたぜ。

 この日は買い物をして、プラプラと町を歩くだけで一日が終わった。

 ゆっくり見て回ると、町には色々な仕事がある。沢山の人がそれぞれ自分の仕事をすることで町が成り立つんだ。


 町中での仕事は一日で辞めてしまったが、なんとなく俺もこの環に入りたい気持ちになった。

 報酬安いしやらんけど。



 というわけで、翌日からも魔物を狩って魔石集めを頑張った。

 初日の最初こそ苦労したものの、魔物を食べてパワーアップしてからは余裕すらある。

 魔物はいくらでも湧いてくる。そして、魔物領域に少し踏み込むだけで魔物の質が上がる。


 外縁部の魔物たちは正気を失った様に攻撃するばかりだったが、ほんの少し踏み込むだけで知恵を使う魔物達が現れる。

 群れを作って連携したり、罠を張っていたりだ。全て構わず殴り飛ばした。


 強い魔物、賢い魔物、魔素の多い魔物たち。とても美味しい。

 魔石の買取価格は同じなのに、つい奥へ奥へと進んでしまう。

 踏み込むほどに空気が甘くなっていく。鼻腔をくすぐるのは魔素の香り。背骨が熱くなる。ここで俺は生きる価値を実感できるんだ。


 だけど俺は、毎日町に戻れる距離にしか進まなかった。行き帰りは全力ダッシュになっているが、それでも町に戻って身を清めてからオルヒの食堂(おじさんの食堂)へ通うことにしている。

 毎日ここで飯を食っていれば俺は人間でいられる。そう信じたかった。


 ギルドで昇格を告げられたのは、季節が変わって肌寒くなってきた頃だった。


          ◇◆◇◆◇


「銀級だ、この町には他にベテランの三人しかいないんだぞ。ありがたく思え」


「ありがとうございます」


 仕事終わりの冒険者が多い夕方の時間に告げられたので、周囲の冒険者たちもこちらに注目している。彼らと関わったことなんてほとんど無いんだが、それでも俺を祝福してくれた。

 いつも面倒くさそうにしているギルドのおっさんすらニヤニヤしていて逆に居心地が悪いな。


「おめぇの女にも教えてやれよ。酒場の女と良い仲なんだろう?」


「酒場じゃなくて食堂です」


 ギルドに居たらずっと弄られそうなのでさっさと出た。

 銀級、早かったな。町に来てからまだ季節が一つ変わっただけだぞ。


 なんで早かったか。そんなの簡単だ、それだけの魔物を狩り続けたから。

 魔物というのは恐ろしいものだ。人よりずっと強い。五人で一匹の魔物を狩るならまだしも、一人で百の魔物を狩るのは異常なんだ。

 既に棍棒すら使わずに魔物を狩る俺が最強すぎる。



 とりあえず銀級になった事を喜んでおこう。これは俺が人間社会で認められたという証。立派になったなぁ俺。


 金もかなり貯まった。

 毎日魔物を狩っているが、日帰りな上に武器を使わない俺はほとんど経費がかからない。

 それで一日に平均月収の2~3倍を稼いでいるんだ。魔石は変わらず高値で売れるし、たまに魔物の皮や角も持ち帰って売っている。これが良い稼ぎになるんだよ。


 そうだ、オルヒに服をプレゼントしよう。寒くなってきたからな、俺の銀級昇格祝いだ。

 俺のお祝いなのでオルヒへプレゼントする。何故ならそうすると俺が嬉しいから。

 完璧な理論だな。こういう時、素直に笑顔で受け取るやつはポイント高いよ。


 明日は休むことにして、宿へと戻った。服屋はとっくに店を閉めてる時間だ。

 宿で湯を三杯頼む。身を清めるのは部屋でやる派である。今日は気分がいいので、運んでくれるねーちゃんに銀貨をがばっと握らせてやった。

 このねーちゃんとは、それなりに話す仲になっていた。この宿の娘なんだそうだ。

 びっくりしていたが、今日の稼ぎの一部でしか無いんだぜ?


「コーレくん、ずいぶん羽振りがいいのね」


「あぁ、今日は銀級に昇格したんだ。それはお裾分けだよ、いつも助かってる」


「銀級!?銀級ってすごく少ないんでしょ?コーレくんってすごかったのね」


 ねーちゃんがこちらに寄って、俺の胸に手を当てた。

 無防備なうなじにむしゃぶりつきたくなる。馬鹿な、そんなこと出来るわけがないだろう。

 適当に手を振ってごまかし、桶を一つだけ持って部屋に上がった。


 部屋で服を脱ぎ、慎重に体を拭う。毎日血塗れになってるので、そのうち変な病気にならないか心配になるわ。あいつら毒とか持ってそうだし。


 コンコンコン。


「ちょっと待ってくれ」


 急いで服を着直してドアを開けた。


「おまたせ。でもそんなに警戒しなくてもいいんじゃない?」


「恥ずかしがり屋なんだ」


「ふーん……」


 きれいな湯を受け取り、汚れた湯を渡す。

 最初は自分で持って上がって、最後は自分で持って降りる。毎日これだ。


 彼女の足音が離れたのを確認して、再び服を脱いだ。

 二度目のお湯でやっとサッパリする。石鹸でもあればいいのになぁ、動物の脂と灰を混ぜるんだっけ?でも灰も何でもいいわけじゃなかったはず。前世で経験しておけばよかったな。


 仕上げの三杯目を受け取り、ゆっくりと拭き上げた。よしよし、これで今日もダンディーでクレバーなコーレ様が完成だ。


 キ……。


 その時、小さくドアが鳴った。

 俺は裸のまま飛び上がり、ドアが開く前に押さえつける。


「関心しないな。若いねーちゃんのやることじゃないだろ」


「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃない。コーレくん、ちょっとお話ししようよ。私に興味ないの?」


「……俺、オバサンにしか興味を持てないんだ」


「そ、そうなんだ……」


 気配が遠ざかっていく。

 何か大切な物を失った気もするがこれでいい。

 もう誰にも肌を見せることは出来ない。勿論オルヒになんて絶対だ。


 それに、部屋で二人っきりになんてなったら、俺は構わず彼女を食ってしまうかもしれない。

 魔素の無い、美味しくない肉のタワー。

 俺は、町の人間がそんな風に見えるようになっていた。

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