第3話 町へ

 イノシシを倒したあの日。

 夜中に何とか抜け出し、月明かりを頼りに現場に向かった。

 しかしそこには残骸すら残っていなかった。やっぱりあのスライム共が食べたんだな。


 よくも俺の獲物を食いやがったなぁマジでよぉ。でもアイツラも食われてたし、魔物ってのも食うか食われるかなんだな。俺も食ってたし。


 イノシシは諦めて、またスライムをちょいちょい摘む生活に戻った。

 最初は強くなっていく実感があったが、今ではすっかり変化を感じられなくなってしまった。


 かといって、遠くまで狩場を求めて行くのも現実的じゃない。

 うーん、どうしたもんか……と悶々としていた、ある日。

 村に、見慣れない連中が現れた。


 革鎧を身にまとい、背中には大剣や槍を背負った男たち。

 おぉ、すげぇ。ファンタジーって感じじゃん。


 だが、俺が目を奪われたのはその後ろを歩く一人だった。

 ローブを着て、杖のようなものを持った、明らかにそれっぽいやつ。


「ま、魔法使いだ!」


 思わず叫ぶと、ローブの男はニヤッと笑った。


「残念。弓士だよ~」


 笑われてしまった。一行はそのまま村長の家へ向かっていった。

 魔法使いじゃなかったのか……。いや、でも魔物がいるんなら魔法使いもいるだろ?頼むからいてくれ、俺も使いたいんだよ、魔法。


「兄貴、あの人達なんなの?」


「冒険者だよ、イノシシを倒すために村長が呼んだらしいぜ」


「ふ、ふ〜ん……」


 ――すまん、言えることはない。


 まさか俺が倒したとは言えないし、スライムに喰われたなんて話しても誰も信じないだろう。


 でも、冒険者か。

 俺は勇者と魔王が出てくる系の物語を妄想していたが、そっちのルートもあるよな。うんうん、分かってる。みなまで言うな。


「冒険王に俺はなる!」


「何言ってんだ?」


          ◇◆◇◆◇


 彼らは村の空き家に泊まり、毎日山に入って魔物を探していた。

 居もしない魔物を探し続けるその姿に少しばかり罪悪感はあったが、黙っておくことにした。


 それに、彼らの回りをちょろちょろして色々と話も聞けた。


 冒険者になるには13歳以上で、犯罪歴がなければ誰でもなれるらしい。

 冒険者になれば、魔物から取れる魔石を換金できるし、色んな仕事の依頼も受けられる。評価が高まれば、身分まで保証されることもあるそうだ。


 そして、俺が一番気になっていた魔法使いについて聞いてみた。


「魔法使い? 俺も見たことないなぁ。国に何人かいるらしいけど」


「すっごく希少なんだよ、見つかったらすぐに連れて行かれるって話だし」


「冒険者にはいねぇな。魔法使えるやつは最初から自然に使えるようになるらしくて、そもそも冒険者にはならないっぽい」


 ……とのことだった。


 俺は非常に落胆した。魔力無限大の賢者無双ルートが消えてしまったじゃないか。


 落胆する俺を見て哀れになったのか、彼らは「剣も大事だぞ!俺が稽古をつけてやる!」と言いだしたのでボコボコにしておいた。


「はあぁ……魔法、使いたかったなぁ」


「ねぇ、あんちゃん。あんちゃんが強いのって、本当に魔法じゃないの?」


「俺が強いのはそういうのじゃないんだよ。まぁ、魔法使いだと分かったら連れて行かれるらしいし、自由に使えないならあんまり意味ないか」


「ふ~ん……」


 冒険者たちは10日ほど村に滞在し、そのまま去っていった。

 ちゃんと稼げたのかは分からないが……気づけば、彼らのことも日常の中で薄れていった。


          ◇◆◇◆◇


 月日は流れ――俺は13歳になった。


 今日も畑を耕している。

 もちろん農家になる気なんてない。三男坊の俺には継ぐ畑もないし、自力で開拓すれば作れないこともないけど、それはまた別の話。


「今行商が来てるだろ、あれと一緒に町に行くよ。兄貴が二人もいるのに居残っても仕方ないし」


 なんて言いながら、兄貴が居なくても村を出る気満々だったんだよなぁ!

 だが何も波風立てる事はない、俺は仕方なく家を出て、家の人間も仕方なく見送るのだ。俺が家を捨てたわけじゃないし、俺が捨てられたわけでもない。そういうことだ。


「コーレ、あんたが出ていくのはいいけどさ、あの娘はどうするんだい」


 それを言うんじゃねえよオフクロ。俺にはあの娘は勿体ねぇ。


 鼻垂れ幼女だったオルヒは、キラキラ髪の美少女にジョブチェンジしていた。

 いつも俺にくっついてきて、俺もそれが可愛くて何度も助けてやった。……そりゃあ、意識しないわけがない。


 こんな田舎じゃ、近くにいる異性とくっつくのが普通だし、余ったら他所の村の余り物と強制結婚だ。


 俺も、オルヒのことは好きだ。けど――


 俺は、この世界を心から好きになれない。


 俺の本当の世界は、あの前世の世界なんだ。

 終わってしまったのかもしれない。けど、その記憶が曖昧なまま、区切りもつかずに心の奥に引っかかっている。


 あちらの父母が、俺の本当の親。

 あちらの兄弟が、犬や猫達が、俺の本当の兄弟。


 ――じゃあ、オルヒと結婚したら?

 それは本当の嫁なのか?


 もし、いつか奇跡が起きて帰れるとしたら……俺は迷わずここに残るのか?


 俺の人生はオマケなんだ。

 魔物を食らい、強くなって、冒険者として活躍して、きっとどこかでやられちまう。そんな人生だ。


 俺はあいつと一緒にはなれない。


          ◇◆◇◆◇


「よう」


「あんちゃん」


 だが放置ってわけにもいかない。辛いが頑張ってお別れするんだ。


「俺は町に行くよ、元気でな」


 さよなら、幸せになるんやで。


「私も町に行くから一緒だね」


「ふぁ!?」


 にっこり微笑んで言う。おいおい、こいつ俺のこと好きすぎぃ!


「俺は冒険者になるんだ、ずっと町にいるわけじゃないし、お前を守ることも出来ない。それにお前はこの村のみんなが好きだろう?」


 俺と違ってこいつは愛されキャラだからな。


「ん?私は働きに出るんだけど?なにか勘違いしてない?」


 にやにやして下から見上げてきやがる、すっとぼけた事を言っているが完全に確信犯だ。

 だが俺には元々その気はねぇんだ、吹っ切れちまってるよ。


「べ、べべちゅに何も無いが?俺は明日もう行くが?」


 俺はクレバーに返した。


「行商のおじさん達と一緒に行くんだね。じゃあ私、急いで準備しなきゃいけないから!」


 そう言ってぱたぱた走っていく。


「まったく騒がしいな、そんなところも最高だぜ」


 俺はその足で町を目指した。着の身着のまま金も無しに。


          ◇◆◇◆◇


 死にかけた。


 棒切1つ持たずに長距離を移動するなんて無謀だった。いや、旅未経験の俺には無謀だった。

 この世界には魔物がいるのだ。危険な野生生物だっている。

 だから、人が集まる土地は利便性だけじゃ決まらない。

 まず第一に、魔物の脅威から身を守れるかどうか――それが最優先だ。


 前の世界であれば集落と集落の間に大きな距離を開ける意味がなかった。

 特に平地が続いているのであれば、水路を掘ってでも平地全てを農地に変えるのが人類の営み。

 水と土がある限り、途切れない農地と人の営みが続いていた。


 一方こちらではそうはいかない。

 野生動物は蹴散らせても、魔物には逆に蹴散らされるのだ。

 だから村は「点」だ。森と荒野に囲まれた、安全という奇跡の点。

 水場は届く範囲にあればいいし、隣村が遠くても歩けばいいんだ。


 要するに隣村はクソ遠い。そして町はウルトラ遠かった。行商人から聞いてはいたが、こんなもん13歳がトコトコ歩いてたら死ぬわ。

 隣村まで3日、そこからいくつかの村を経由して、町までは10日を超える距離だ。


 村々で食料を買うことすら出来ない俺が生きていたのは、なんか野生の勘的なやつの働きだ。

 なぜか食い物のありそうな場所が分かる、食えると分かる、実際食っても平気だった。水場も分かるし腹を下すこともない。無敵なのでは?


 そうして大変な苦労の末、俺は町に辿り着いたのだ。隣には可愛いオルヒも居るし、素晴らしい結果に感無量である。


「あんちゃん、立ち止まってないでさっさといくよ。」

 ぺこぺこと行商人に礼を言っていたオルヒに促され、町に入る。

 門番は居たが検問とかは無かった。城門があるわけでもない、柵で囲った大きな集落みたいなもんだな。


 この地域を治める辺境伯の領都には立派な門があるらしいが、俺達の村は国境付近じゃなく魔物の領域に近い、人類領域単位でのガチンコ辺境である。

 あの辺りの村なんかじゃ人攫いですら輸送費用で赤字が出そうだ。ガキの頃に攫いに来た連中は何がしたかったんだ?


 辺境すぎるんだよ、そりゃ俺も死にかけるわ。

 死にかけてフラフラで「せめて最後は前のめりに」なんて事を考えていたら行商人と娘っ子に追いつかれた。


 ボロボロの荷車だがロバっぽい謎生物が引いているもんな。こんなんでも歩くよりは早いし体力も維持できる。

 辺境の村に行くのはお上からの依頼で生活必需品を運んでいるとのことで、帰りの荷車の上は多少の手芸品と野菜が乗ってるだけだ。軽いもんだろう。


 拾ってもらった俺はぐったりしたままオルヒに叱られ続け、今は明確に立場が下だ。早く逆転したい


 なにはともあれ、町へ着いた。俺はこの町で冒険者として成り上がるぞ!



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