第16話 帰路につけそうだ
アンノウンがスッと消え、床にコトリと黒く輝く魔石が落ちた。倒した、ということだ。俺は目の前のそれに手を伸ばそうとしたのだが。
「あっ……」
急に力が抜けた。地面が近づいてくる。それなのに足を前に出して体を支えることも敵わない。ふっと意識が遠のく。
「じいちゃん⁉ どうしたんだよ⁉ ねえ、起きて!」
「ヤマトさん⁉ ヤマトさん! しっかりして!」
「Sévalin!」
遠くで健人とサシャさん、それにミクちゃんの声が聞こえる。答えなければ、と思うのだが、思いだけが空回りして、声にならない。使っていなかった能力を使って、強引にパワードスーツを動かしたからその反動だろうか。
「じいちゃん! いやだよ、起きてよ!」
健人の悲痛な声が聞こえる。とにかく、答えなければ。健人を悲しませるわけにはいかない。
「健人……大丈夫だ……。心配かけて……すまない」
俺は床を見つめたまま、ようやく声を絞り出した。顔を健人の方に向けることも敵わない。体が重い。バッテリー切れでアクチュエータの補助が得られないからだ。幸いアクチュエータのロックはされていないけれど、重さはそのまま俺の体に掛かってくる。如何ともし難い。
「じいちゃん、もしかしてバッテリー切れ? それさ、おれの『電撃』で動かせたりする?」
「さっきは……俺ので……出来た……。だから……きっと健人でも……」
「分かった!」
健人が俺の手を握った。少しすると、何だか力が入るようになった気がする。
「健人……ありがとう……一旦手を……離して……」
腕を引き寄せ、まずは四つん這いになる。横にさっきの黒い魔石が見えた。俺はそれを拾い、ベルトに下げたポーチに入れる。そして立ち上がる。スーツのアシストのお陰で、何とか立っていることはできる。とはいえ健人にチャージしてもらった電力は僅かだ。
「おれ、まだ元気だからさ、上に戻るまでの間、おれがチャージするよ」
そう言って健人が俺の手を再びぎゅっと握る。
「バッテリーのことだが、少し前に迷宮探索者が来たから、届けるように頼んでおいた」
「ありがとうございます、教授。……バッテリー、届けてくれる人がくるそうだ」
俺が言うと、健人は少し残念そうな顔をした。
「バッテリーが届くまでここで待つの?」
健人に尋ねられて、どうするか、とサシャさんの方を見る。そしてしまった、と思った。自分のことで精一杯で気付いていなかったが、彼女も満身創痍だった。
「サシャさん! 酷い怪我だ。すまない、無理をさせて……」
「ヤマトさんのせいじゃないし、もちろん健人君のせいでもないよ。戦うって決めたのはあたしだし、怪我をしたのはあたしの力不足。だからそんな風に言わないで。あたしは大丈夫。そのうち回復するし」
彼女は脇腹の傷を押さえながらも、笑顔を作って答えた。無理をしているのは明らかだが、彼女の気持ちを重んじるならこれ以上俺から何か言えるものでもない。
「ここでバッテリーの到着を待ちながら休んだ方がいいかな?」
「ううん、戻った方がいいと思う。強い魔物を倒したとはいえ、ここは迷宮の最奥じゃないみたい。まだ先がある。ってことは、また魔物が出てくるかもしれないってこと。前のフロアは大体魔物を倒しているから、今はいないと思う。それに……一回止まってしまったら、もう動けなくなりそうなんだよね」
サシャさんは少し困ったように笑った。確かに、それは俺もそうだ。さっきもあのまま、ずっと倒れていたいと思った。
「健人、すまないが電力を供給してもらえるか?」
「もちろんだよ!」
健人が嬉しそうにまた俺の手を握った。
「おれ……ずっと何もできなかったからさ。ずっとミクに頼りっきりだったし、今もじいちゃんとサシャさんに助けてもらってさ……」
「そんな風に思う必要はないんだよ。無事でいてくれて本当に良かった。それだけで良いんだ」
俺は健人の頭を撫でる。それでも健人は俯いていた。だが、彼は少しして顔を上げ、
「ミク、ずっと守ってくれてありがとうね。サシャさん、じいちゃん、助けにくれてありがとう」
皆にそう言って頭を下げた。
「じゃあ、戻ろう」
サシャさんがそう言って、出口の方へ足を進める。
「ミク! 一緒に来なよ! ここは危ないよ。せっかく助かったんだから、帰ろうよ。……あ、きみにとっては帰るところじゃないだろうけど……でも、悪いところじゃないしさ。ここよりずっといいよ」
「Elan verien thal dor’mira」
ミクちゃんがついてきていないことに気付いた健人が、振り返って彼女を促した。健人は俺と繋いでいない方の手を彼女に伸ばしたが、彼女がそれを取ることはなかった。困ったようにその手を見つめていた。
「ミクちゃんに色々聞くことはあると思うけど、迷宮管理局もあなたを傷つけたりはしないよ。大丈夫だから、一緒に行こう?」
サシャさんも彼女を促すが、やはり彼女は首を横に振った。誘いに乗りたいのを、必死で振り払うかのようだった。
「何か……ここに留まらなければいけない理由があるのかもしれない。もしかしたら、それが義務なのかもしれないけど……。でも、色々事情は変わったんだ。ついてきたいって気持ちが少しでもあるなら、一緒においでよ」
俺も声を掛けた。彼女は暫く悩んでいたが、やがて何かを決意したかのように健人の手を取った。
「よかった。ミク、一緒に行こう!」
健人が嬉しそうに笑った。こうして俺たちは、全員で地上を目指すことになった。
還暦過ぎたけど、孫がダンジョンに呑まれたのでパワードスーツ着て最前線に出ることにした 須藤 晴人 @halt_sudo
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