03. 本性に気付いた夏(1)

 家の前にかれたたたみの上に置かれたお地蔵さんの後ろで、子供たちが鐘を鳴らしながら、「お参りくださーい! お参りくださーい!」と声をあげていた。通りがかった大人たちは、百円から千円くらいの額を、紙で作られた箱のなかに入れていく。


 その海沿いの町の一区画には、十二軒くらいの家の前に、そうした「小さなお寺」が毎年一日だけ現れる。


 高校三年生の夏――最後の夏休みに、隣町の果てにある村を訪れたとき、この光景を目の当たりにした。友達の康太こうたはこれを「お地蔵さんの盆休み」と呼んでいた。


「盆休み」というには相応ふさわしくなく、お地蔵さんたちは炎天下のなか、家ののきの下で、陽の光を一身に浴び、あるいは影のなかに身をひそめ、お金を「供えない」ぼくたちをとがめるかのような、鋭い視線をたゆまずに送っていた。


「おれも小学生のときは、がっぽりもうけたもんだよ」

「じゃあ、あの箱の中のお金は、子供たちがもらえるんだ。全額もらえるの?」

「うん。小学生には似つかわしくない高収入だよ。一日鐘を鳴らして……ほとんどは、涼んだりしているけど、そうしてれば、二、三万円くらいもらえるんだから」


 康太とそんなことを話しているうちに、木造の二階建ての立派な門構えの家に着いた。松の木が黒々とした影を大通りに落としている。門をくぐって飛び石の上を踏んでいく。


 左手は庭になっていて、瓢箪ひょうたんの形をした池や威圧感のある立派な石灯籠いしどうろうが見えた。少し盛り土になった部分には、小さなほこらがあって、稲穂のようなものの横に徳利とっくりさかずきが供えてあった。


「遠くからわざわざ来てくれてありがとう」

 康太の姉の優子ゆうこさんは、麦茶とお茶菓子を持ってきてくれた。


 ポットのなかで、氷を浮かばせながらそそがれるのを待つ色濃い麦茶は、上品なかおりを優しくいている。なんだか、おしとやかな女性を連想させた。


 立方体の透明なゼリーのなかには、数寄すきらした金魚の姿をしたお菓子が化石のように埋まっていて、輪切りにした檸檬れもんはすのように底の方で咲いていた。


「ちょっとお手洗いに……」

 そう言って康太は部屋を出ていってしまい、大学二年生だという優子さんとふたりきりになってしまった。


「受験勉強はしなくていいの?」

「ぼくは、就職をするつもりなので」

「ふうん……そうなんだ」

 優子さんはエアコンを止めて、窓を開け放った。二階のこの部屋に、涼やかな浜風が迷いこんできた。


「こっちにきて」

 手招きをする優子さんの顔は、優しい笑みを見せてはいるものの、どこかぼくをおびえさせる雰囲気があった。座布団の上にあぐらをかいたまま、ぼくは優子さんを見つめ続けた。


「ここからの景色は綺麗なのよ。千弘ちひろくんが思っている以上に。だからきて」

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