イベルダとレベリウス
1
アーデンの繁華街の朝は、夜の店に向けての仕込みや、昼間の職人たちへの食事の提供、仕入れなど、存外に忙しい。
飯屋の主人であるイベルダは、女に見合わぬ体格と力仕事をこなしている。
「イベルダ、弁当頼むよ」
レベリウスがいつものとおり孫六と二人分の弁当を注文する。
あいよ、とイベルダは気前よく返事をすると、手際よく弁当を仕上げた。
「いつも見てるが、本当に手際がいいな」
「……、ありがと」
「いつもの元気がないじゃねえか」
レベリウスがこえをかけても、イベルダはどこか上の空のようである。
「イベルダ!!」
「ご、ごめんよ」
「何かあったのか?」
「実は。……」
イベルダがいうのには、妙な男がイベルダの周りをうろついているらしい。
「妙な男、ねえ」
「何かをしてくるっていうわけじゃないんだけど、どうにも気味が悪くてね」
「心当たりは?」
わからない、とイベルダは首を横に振った。
「どうにかならないもんかねえ」
「わかったよ。いつも世話になってる礼だ、なんとかしてやろうじゃないか」
レベリウスがそういう途端に、イベルダの顔が輝き始めた。
「是非ともお願い」
イベルダが持たせた弁当は、いつもより重くなっていた。
どうりで、と孫六は、いつもと違う弁当の中身を見て納得した。
「安請け合いしよって」
「でも、いつも世話になってるじゃないか、親方だって」
「とかいいながら、儂を頼ろうとしたのではないのか?」
孫六がたずねるのへ、レベリウスは素直にうなずいた。
「で、その怪しい奴の面体や様子などは聞いておるのか?」
「いや、それが。……」
「馬鹿者、それを知らずしてどうやって我らがその者を見つけ出すことが出来るというだ」
「まあ、イベルダの店に来ているのは確かなんだ、店を張り込めばどうにかなるよ」
「ここはどうする」
孫六の言葉に、レベリウスは絶句した。
「そういうのを粗忽というのだ。全く。……」
「どうしよう、親方」
「請合ったものを今更なかったことには出来まい。しばらく、工房の方は閉めるしかないだろうな」
「研ぎの依頼とかが来たら。……」
「だったらお前がやれ。交代で見張ればどうにかなろう。まずはお前が行け。その後は儂が何とかする」
「親方、すまねえ」
「まったく、とんだ『師匠』をもったものだ」
孫六は苦笑した。
翌日から、イベルダの店にレベリウスが張り込みを始めた。
イベルダの店には昼夜を問わず客がひっきりなしにやってくる。昼は弁当を目当てに、夜は酒と肴を目当てに。
レベリウスは店に居つくことで客の動向をみていたが、これといって怪しい客はいなかった。
むしろ、
「仕事はどうした?」
「こんなところで入り浸るなよ」
と、レベリウスに対して声をかける人たちがいたくらいである。
数日張り込んで、レベリウスはイベルダにその『妙な男』がいたかどうかをたずねたが、イベルダによるといなかったらしい。
「もしかすると、レベリウスがいたことで、警戒したのかも」
イベルダの言葉に、レベリウスは、
「ということは、俺が知っているやつか?」
とたずねた。
だとしたらおかしい。アーデンの町はさほどに大きいわけではなく、とくにレベリウスは鍛冶屋という特性上、町の人間の大半と接している。
イベルダが言う通りであるならば、その『妙な男』はレベリウスを知っていることになる。そして、レベリウスを知っているということは、少なくともこの町の人間である可能性が相応にある。
そして、レベリウスは町の人間の大半を接していることから考えても、レベリウスが知っている者である可能性は否めない。
「そうなると、俺じゃ意味が無いな」
事実、レベリウスであれば、誰が『妙な男』なのか判然としない。とにかくレベリウスは店が終った頃に店を出て、家に戻った。
レベリウスから話を聞いた孫六は、
「妙な話よの」
とつぶやいた。
「だろ?」
「お前の言うこともさることながら、だ。もし、お前の知っている人間であれば、イベルダの知り合いということも考えられんか?」
「あ。……、確かに」
「だが、イベルダは『妙な男』とだけ言っておるのであろう?それこそ妙な話だとは思わんか」
「確かに。……」
「つまりはこういうことだ、イベルダはその男を知らん。だが、その男はレベリウスを知っているかもしれん。そのくせ、お前はその男が誰かは分からん」
孫六は考えこんだが、
「明日からは儂が店に張り付こう。工房は頼んだぞ」
「わかった。親方も気をつけてな」
「へまはうたんよ」
孫六がイベルダの店にやってきたのは、意外にも初めてである。
「儂は孫六といって、レベリウスの工房で世話になっているものだ。レベリウスから話を聞いている。今日から世話になる」
「ああ、あんたが、レベのお弟子さんね?」
「あ。ああ、そうだ。師匠が、世話になっている」
「いいえ。……、でも面白いわね。レベはあなたの師匠なのに、レベはあなたのことをいつも『親方』って呼んでいるのよ」
イベルダが笑った。
「確かに。……、それよりも、その例の『妙な男』というのは?」
「そうそう。ここのところ姿を見せてはいないけど」
「その者の人相風体。……、つまりどんな男だったか、憶えておるかね」
「ええ」
「ならば、絵師。……、画家、であったか、その人に様子を描いてもらうのが好かろうと思うが」
「それはいい考えね。……、マゴロクさんは、言い回しが面白いわね」
「よく言われる」
アーデンの町に画家は多くない。せいぜい四、五人といったほどで、それも、ほとんどが屋敷に出入りしている画家であったり、あるいは旅に出ていたりして、見つかったのは一人だけであった。
「私に、依頼ですか」
画家のマーカスはイベルダに対して戸惑っているのは明らかであった。
「そうなのよ。で描いてもらいのがあってね」
「……?」
「ようするに、似顔絵を描いてもらいたいのよ」
「探し人か何かですか」
「そのようなところね。お願いできるかしら?」
「わかりました。では、少しお待ちください」
マーカスはスケッチ用の紙とペンを用意すると、イベルダは早速覚えている限りの特徴をマーカスに伝えた。マーカスは受け答えをせず、一心不乱にペンを動かしていく。
しばらくして出来上がったスケッチを見たイベルダは、
「うん、この通り。あんた、腕がいいじゃない」
と、誉めそやした。マーカスはまんざらでもない顔をして、
「ありがとうございます」
と、すこし頬を赤らめていた。
これ、とイベルダは謝礼として銀貨数枚と、弁当を手渡した。
「これは、ご丁寧に」
「それくらいの仕事をしてもらったから。あまり食べてないようだから、たまにはうちに来なさいな。繁華街の飯屋。わかる?」
「ええ。機会があれば、お伺いします」
きっとよ、とイベルダは似顔絵を持ってマーカスの工房を後にして、孫六の待つ飯屋に戻った。
イベルダから見せられた似顔絵を見た孫六は、
(はて、どこかで。……)
と思案したが、思い出せない。というより、似顔絵の顔は間違いないく見たことのない顔のはずなのだが、しかし孫六は見覚えがある。
どこかであったのか、あるいはすれ違ったのか。
(そうではないな)
孫六は似顔絵を、それこそ穴が開くほど眺めていると、
「この目つきか」
と、思い出した。それは、
「黒づくめの連中だ」
ということである。何度か黒づくめの連中に襲われている孫六である。この鋭い目つきは、孫六が知っている限りでは、黒づくめの連中の一人に違いない。
「なにかわかった?」
イベルダがたずねてきたので、孫六は、
「見たことのない顔だな」
とごまかすしかなかった。イベルダが飯屋の準備をしている最中、孫六は、
(もし、こやつが黒づくめの連中であるならば、なにゆえイベルダを狙っているのか)
と、せっせと仕事に取り掛かっているイベルダを眺めながら、疑問に思った。
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