5

 孫六にとって、アーデンの町を離れるのは三度目で、ミレバル王国より外へ出ることははじめてである。

「外の世界、か」

 レベリウスの家でくつろいでいる孫六がつぶやくと、

「緊張しているのかい?」

 そうレベリウスがたずねてきた。

「緊張、というよりは、外の世界に何があるのか。楽しみでしょうがない、といったところかな」

「たしかに、王国の外に出るのははじめてだもんな」

「レベは、その『神の森』とやらへは行ったことがあるのか?」

「いや、話に聞いていたくらいで、実際に行くのははじめてだ。ここからだと、それほどかからないらしいけど。で、どうするつもりなんだ?」

「なにがだ」

「あのイシュタールってガキを連れて行くだけが目的じゃないだろう?」

「ようやく、おまえも少しは物を見抜くということを覚えたようだな」

 孫六はひとしきり笑うと、

「あの剣を打ったという、エフィーネトーンとかいう人物に会うて話がしたい。どういう材料を使っているのか、どのように打っているのか。この年になってまだ新しいことを知れるというのは、僥倖というほかあるまい」

「モノ好きだな、親方は」

「モノ好きでなければ、こんな仕事は選ばんよ」


 孫六たち一行は、アーデンの町を出発する。孫六とレベリウス、当事者であるイシュタール。案内役としてアーシェルフェートンの四人と、ウィリシュの配下の二人が護衛としてついて計六人となった。

『神の森』はミレバル王国より北にあって、ひときわ大きい、遠目からでも後光をさしているのが見える、黄金の木の一群である。

「あれか?」

 アーデンの町を出て、まだミレバル王国を出ないうちに、孫六が指さしたのみたアーシェルフェートンが、

「そうです。あれが、目指す場所の『神の森』です」

 と答えた。

「ほう、ここからでもあれだけ見えるということは、相当大きいのだろうな。世の中は広い」

 孫六が歎息すると、一行はミレバル王国を後にした。


 道中はさしたることもなかった。

 とはいえ、王国の外には盗賊団や怪物たちなどがいて、多少なりとも自衛のために戦った。

「親方はつええな」

 レベリウスは孫六の実力を何度も見ているが、孫六は単に修業を積んだだけではなく、実戦経験も豊富に映る。

「関の町から京の都へ行く途中には野盗や、追いはぎなどが多くあったからな。自然と身に着いただけのことのよ。無論、剣術の修業の成果もあるかもしれんがな」


『神の森』の神々しさは、異世界からやってきた孫六にも通じるようで、孫六は肚の底から歎息するなり、両手を合わせて何度も擦った。

「なにしてんだ、親方」

「お前には分からんか、レベ。これは。……、じつに畏れ多いことよ」

「たかがエルフの集落だぜ?」

 レベリウスは理解ができない。たしかに黄金色の荘厳さはある。だがそれだけの話で、普段の姿とは考えられない、孫六の様子に、戸惑ってさえいる。

「このマゴロクという御方は、よほど敬虔な心の持ち主のようですね、あなたと違って」

 アーシェルフェートンがレベリウスに微笑みかけると、うるせえ、とレベリウスもやり返す。

「とにかく、中へ入りましょう。案内しますから」


 アーシェルフェートンは結界を苦もなく解き、孫六たちはエルフの集落へ入ることが出来た。

 あれは、と孫六が指さしたのは、そこに人だかりができていたからである。アーシェルフェートンは、

「イシュタール、君のことですよね?」

 とイシュタールに向かった。イシュタールがうなずくと、一人のエルフが近づいてきた。

「イシュタールじゃないか!!今朝、エフィーネトーンの剣を盗んだな?」

 その言葉を聞いた孫六は、

「今朝、と申されたか?」

 と割って入った。

「人間か?」

「これは申し遅れた、儂はミレバルのアーデンという町で鍛冶屋をやっている孫六というものだが」

「はあ、それがどうかしましたか?」

「いや、これなるイシュタール殿が、剣を持ちだしたのはずいぶんと前のことではござりますまいか?少なくとも今朝、というのは違うように思うが」

 エルフは、ああ、と孫六の言い分を理解したようで、軽やかに笑った。

「人間と我々エルフとでは時間の流れが違うのだよ、これは私にも分からないが、我々の時間の感覚と、人間の時間の感覚は違うらしい」

 孫六はしばらく考えこんだが、

「犬猫が人よりも早く死ぬようなものか」

 というと、

「たしかに、この大陸の獣たちは、人間より早く衰えて死ぬ。分かりやすい考え方だな」

 エルフはにこやかにうなずいた。

「それよりもだ」

 エルフはイシュタールに剣を出すようにいうと、イシュタールは折れた剣を差し出した。

「こりゃ。……」

 エルフはしばらく絶句した。

「だれが、こんなことを?」

「儂だ。申し訳ない」

 と孫六はこれまでの経緯を詳らかに伝えた。

「愚かにもほどがある」

 そのエルフはあきれ返った顔でイシュタールを見た。縮こまるイシュタール。孫六は、

「そのエフィーネトーンなる御仁をさがして、こちらに参った次第。是非ともお取次ぎを願いたく存ずる」

 わかった、とエルフはエフィーネトーンを呼びに行った。


 ほう、と孫六が目をまるくしたのは、エフィーネトーンが女性だったことである。

「エフィーネトーンでございます」

「孫六と申す。以後お見知りおき願いたい。この者は、レベリウスと申す」

「そうですか。……、あら、アーシェルじゃない。久しぶりね」

「そうかしら?最後に会ったのは二百周期前だから、つい最近だよ」

「確かに、久し振りってほどでもないか。……、イシュタールは?」

 ここだよ、とアーシェルフェートンがレベリウスの後に隠れているイシュタールを引っ張り出した。


 ずいぶんな事をしてくれたわね、というエフィーネトーンの声が低くなっていく。イシュタールは委縮しながら何度も謝っているが、エフィーネトーンはゆるす気配はない。

「エフィーネトーン殿、貴殿の剣を折ったのは儂なのだよ」

「孫六さん、私は剣を折られたことよりも、盗み出して台無しにしたことよりも、このバカエルフの向こう見ずに怒っているのです」

「向こう見ずか。確かにその通りだな」

「イシュタールのことはひとまず後にして、まずはこの剣をどうするか。それが先決であろう」

「確かに。ですが、方法はあります」

 こちらに、とエフィーネトーンが孫六たちを案内したのは、森のはずれにある鍛冶場であった。

 鋼を溶かす溶鉱炉、金床、研ぎのための台車など一通りそろっている。孫六はこの鍛冶場の様子を見て、

「エフィーネトーン殿が打った剣は、無垢のようだな」

 といった。

「素材をそのまま使って鍛えますが、孫六さんは違うのですか?」

「そのまま鍛えるというのことはあまりせんな。長年染みついたくせというやつで、造り込みをせねば、気がおさまらんのよ」

 と、孫六は自身が普段からやっている作刀のやりかたをエフィーネトーンに教えると、

「実に面白いやり方ですわね」

 と、エフィーネトーンが食いついてきた。

「一度見てみたいものです」

「いつでも来られるがよい。……、今一つ聞きたいのだが」

「どうぞ」

「あの剣に使っている鋼がどういうものかを知りたい。見せてもらえまいか」

 エフィーネトーンが、溶鉱炉の近くに転がっている鉱石を孫六に見せた。鉱石は、一見すると普段使っている鋼の原石と変わらないようである。

「あれが、どうやってあのような極彩色に変わるというのか」

 と、孫六が不思議に思っていると、

「では、お見せいたしましょう」

 と、エフィーネトーンが鉱石を溶鉱炉の中へ入れた。しばらく転がしながら様子を見ている。頃合いを見計らって取り出した鉱石はその場に太陽があるようにみえるほど赤く染まっていた。

 エフィーネは金床に鉱石を置き、はさみで挟んだまま、力強く鎚を振るう。


 赤い鉱石が伸ばされていき、剣の形に近づくにつれて、あの極彩色があらわれはじめた。孫六は、なぜ打ち方に多少の甘さがあったのか、ここにきてわかった。

「力が足りんな」

 孫六がつぶやくや、近くにある鎚を取ってエフィーネトーンの鎚に合わせて打ち始めた。

 すると、剣は極彩色から変わって吸い込まれるような黒に、さらに対極の白色となって輝いた。

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