評判

1

 トーハン・アーデンが気づいたのは、ゲインズの剣が変わっていた事であった。

「その剣は、町の鍛冶屋によるものか?」

「その通りでございます」

「レベリウスとかいったか、あの青年か」

「いえ、それが、マゴロクという、クロムンド・バトーの件についてこちらにきた。……」

 トーハンは忌々しげに口元をゆがめ、

「あの奇妙な老人か」

 といった。

「あの老人、鍛冶をするのか」

「ええ」

「その剣を見せてみろ」

 ゲインズが腰から剣を外し、トーハンに捧げ渡した。鞘から剣を抜いたトーハンは、

「なんだこの珍妙な形は?」

 と、笑った。

「片刃で湾曲している。ゲインズは、いつから湾曲刀シミターに宗旨替えをした?」

「そういうわけではありませんが、マゴロクの剣は、名品です」

 そのようなものか、といいつつも、あきらかにトーハンは疑わしい目つきをしている。

 鞘に戻してゲインズに返すと、ゲインズは腰に戻した。

「そのこともそうだが、あれからどうなった」

 黒いミサのことであることは想像に難くない。ゲインズは、

「方々手を尽くし、また各方面に協力を仰いでおりますが、これといった手がかりはまだ得られておりません」

「いずれ、あれとは決さねばならぬだろう。ミレバル王国を崩壊させぬためにもな」


 孫六の野鍛冶は評判が良く、その点でもレベリウスは、負けている。

「親方は万能だな」

 愚痴とも称賛ともとれるように、レベリウスは言う。

「万能なものか、鍛冶屋は打つ以外には能無しだ。真に万能というのであれば、それは百姓たちだ」

「百姓?なんだそりゃ?」

 孫六はため息をつきながら、

「この町にも小麦を育て、野菜を育て、儂らの腹を満たしてくれるものがおろう。それが百姓だ」

「なるほどな。……、でも、その百姓達だって、鍛冶屋が打つ農機具がなければ何もできないぜ?その意味じゃ、万能じゃないだろ」

「ならば、この世のだれもが万能ではない、ということだな」

 あ、そうか、とレベリウスは照れながら笑った。

「ときにレベ。あれは出来上がったのか?」

「マルコス爺さんのやつか?あそこにある」

 レベリウスが指さした先にあるのは、枝の伐採につかう鉈が置かれてある。

「見せてみろ」

 孫六に言われて、レベリウスが鉈を渡すと、孫六は北の山へむかう、といった。


 北の山、正式にはナバリィ山というが、ナバリィ山の白樺の枝を二、三ほど打って切れ味を確かめてみる。

「まあまあの出来だな」

 ついてきたレベリウスにいうと、レベリウスはまんざらでもない顔をしていた。

「これを少し研いでから、マルコス老に渡してくれ。無論、代金ももらってな」

「それなら事前にもらってある」

「であれば、早く渡してきなさい」


 工房に戻り、レベリウスは研ぎをすませてマルコス老のいるところへむかい、工房へは孫六一人になった。

 自然、脇差に手を置く。例の黒づくめの連中が襲ってくるとも限らないからであるが、このときは幸運にも襲ってくる事はなかった。様子見を決め込んでいるのか、それとも思惑があるのか、それは孫六には分かるわけがない。

 ただ、いつ攻められてもいいように、対処だけはしておかねばならない。孫六がそう考えていた時、レベリウスが戻ってきた。ゲインズを伴って。

「これは、ゲインズ殿。どうされた?」

「実は、我が主、トーハン・アーデンが、あなたに会いたいということを仰せになっていまして、お迎えに上がりました」

「ご領主さまが?」

「はい」

「しかし、ご領主さまとは、道場主殿のことでやりあったが?」

「それはそれ、今回は、違う事で会いたいということでございます。あの、よろしいでしょうか?」

「まあ、会う分には差支えないが、今からかね?」

「急な事で申し訳ない。無論、衣装恰好は問いませんので」


 トーハン・アーデンの館に向かった孫六とレベリウスであるが、本来であれば控えに通されるところを、それをせぬまま、謁見の間に連れだされた。

 謁見の間では、すでにトーハンが待っていた。

「よくきたな」

 トーハンが孫六に声をかけた。孫六が床へ腰を下ろそうとするのへ、

「それはよい」

 とトーハンは断った。

「ご領主さま、お話があると伺ってまいりましたが」

「そこのゲインズに剣を鍛えたのは、お前で間違いないのか」

「左様で」

「一つ、頼みがある」

 トーハンは、近々ミレバル王国の首都、カンタレスまで出向いて国王であるケレマウス陛下に謁見しなければならない。そのため、護身用として、剣を一振り頼みたい」

「依頼ならば、承った」

「ここを出るのは十日後だが、それまでに頼む」

「承知した。で、なにかご要望はおありかな」

「要望とは?」

「例えば、材料や意匠を施すなど。なにか」

「陛下に謁見するゆえ、それにふさわしい造りのものを頼む」

 心得た、と孫六は答えた。


 工房に戻った孫六は早速刀造りに取り掛かる。

 いつものように鋼を選定することから始め、心鉄のための折り返し鍛錬、造り込み、素延べの鍛錬、形を作り上げて、火造、土置き、焼き入れ、焼き戻し。研ぎを終えて出来上がった。

「さて、レベ」

「??」

たがねはないか」

「タガネ?」

「この度は、この刀身に、彫り物を入れようと思う」

「彫り物?」

 刀に装飾のために彫りをいれることを、刀身彫という。いわば、これは刀工たちの芸術作品、といったくらいのもので、刀の強度を保たせながら、装飾性をつける作業になる。

「これならあるけど」

 と、レベリウスが持ち出したのは、持ち手のついた、尖ったものだった。

「これは、千枚通しか?」

「いや、親父が使っていたピックだよ。気に入った剣には、これを使って装飾をしていた」

「なるほど、ならば、これを使って彫るとするか」


 金床に刀を置き、レベリウスに固定させると、孫六は薄く筋を彫り、形を作った。そこから、慎重に、丁寧に少しずつ彫っていく。金属を叩く、規則正しい高音が工房に響く。


 しばらくして彫り終わると、孫六は、刀に勢い良く息を吹きかけた。そこから出てきたのは、雲をつかんだ龍であった。

「なんだこりゃ?」

「これは龍だ。昇り龍といってな、縁起ものだ」

「よくわからねえが、俺にはスネイプルのようにしか見えないな」

「スネイプル?」

「地を這って、シュルシュルと動くやつさ」

「それは蛇ではないか。儂が言っているのは龍だ。似てはいるが、全く違うものだ」

 ふうん、とレベリウスは言うが、様子から見て、恐らく分かっているようには思われない。

「まあ、よい。あとは鞘などを仕上げれば終わりだ。二日後には、領主さまのところへ持っていけるだろう」


 その二日後には、すっかり出来上がった一振りの刀を持って、孫六はトーハンのいる館へと向かった。

「できましたか」

 応対したゲインズが、胸をなでおろすようにいうと、

「約束を違える真似はせんよ。あとは、ご領主さまが気に入るかどうかだが、ゲインズさん、あんた、この中身を見てみるかね?」

 そのようなことは断じてできない、とゲインズは恐ろしげに首を振った。それを見た孫六がからからと笑う。

「と、とにかく、謁見の間へ」

 孫六たちが謁見の間にとおされて、しばらくしてから、トーハンがあらわれた。

「出来たのか」

「これに」

 孫六は刀をゲインズに渡し、ゲインズが捧げ渡すと、トーハンは厳かに刀を抜いた。


「……、ほう」

 と、トーハンはため息をついたきり、微動だにしない。差し込む日の光で刀身が光ったとき、

「見事よ」

 と、誰に聞かせるでもなく、恍惚とした声でいった。

「ありがたき幸せ」

 孫六が返答した。

「で、いくらだ?」

「それは、ご領主さまがお決めになること。儂の腕をどれだけで買うのか」

「逆にこちらを値踏みするというのか」

「そうともいえますな」

 トーハンとゲインズはひとしきり笑い、

「銀貨二千枚でどうだ」

 と、いった。

「に、にせんまい?!」

 レベリウスが思わず知らず高い声を上げた。

「それでよかろう」

 にべもなく孫六いうのへ、レベリウスは孫六に、銀貨二千枚の価値を教えた。例えば、普通に暮らせば一生食うに困らないし、そうでなくとも、少々の贅沢をしたところで、滅多に減らない、といった。


「それがどうした」

「それが、って、親方」

「儂はな、金のために鍛冶屋をやっているわけではない。無論、飯を食うたねにしてはいるが、それよりも、この腕をいくらで買うてもらえるか。その物差しでしかない」

「もし、銀貨一枚ださないといったら?」

「それまでのこと。商売は終わりだ」

 トーハンは、

「実に見上げたものだ」

 といった。そして、

「その腕をこの町で埋もれさせるのはちともったいない気がする。一緒に、カンタレスまで同道せよ」

 と、孫六に言った。

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