君に贈る殺意と愛

ks1333

プロローグ:無感情の選択

「……任務完了」


無線機に短く告げると、俺はその場を後にした。


夜の雨が冷たく、しとしととコンクリートを濡らしていた。

一発の銃声。それだけで、ひとつの“仕事”は終わる。


この街の片隅で、名前も知らない男を撃った。


ただそれだけのことだ。


「おい、怜人。お前、最近躊躇いがないな」


無線から、組織のオペレーターが声をかけてくる。


「任務を遂行しただけだ」


「冷たいなぁ。もうちょっと、感情ってものがあってもいいんじゃねぇの?」


「感情を持って殺しなんかしてたら、とっくに潰れてる」


俺は心のどこかで、そうやって言い訳を繰り返してきた。


「まあ、お前のそういうところ、俺は嫌いじゃねぇけどな。次のターゲット、決まってる。データは例のルートで送っておく」


「了解」


無線を切り、ポケットからスマホを取り出す。


表示された依頼内容。


──ターゲット:白川財閥 当主


──潜入先:霧ヶ峰高校


──潜入条件:白川家一人娘、白川七海との接触


(……学生か。面倒だな)


だが、逆らう選択肢はない。


組織に拾われた日から、俺は“殺すためだけの存在”になった。


学校に通っていた記憶は、すでに遠い。


友達も、家族も、もういない。


あの日、俺の家は燃えた。


家族は皆、俺の目の前で焼き殺された。


それを“救ってくれた”のが、組織だった。


「生きたければ、殺せ」と。


殺すことでしか、生きられない世界に、俺はもう染まっていた。


「感情を持たなければ、楽だよな」


そう思った。


そう思っていた。


──けれど。


あの日に起こった出来事、それを忘れる事ができなかった。


(……まぁ、どうでもいいか)


もう、“あの日の俺”は死んだ。


今の俺は、ただの殺し屋。


感情のない、仕事だけの、黒川怜人。


「さて、明日から……高校生、か」


誰にもバレずに、潜り込む。


ただそれだけのことだ。


俺は濡れたフードを深く被り、暗い夜の街を歩き出した。


まるで、そこに居場所など初めからなかったかのように。


──次の任務は、“白川家の壊滅”だ。


何も、躊躇う理由はない──


ただ、この時の俺はまだ気づいてなかった。


ターゲットが『白川家』と聞いて密かに胸が高鳴っている自分に──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る