ダンの要望
【インディ500】
2060年5月30日。
メモリアルデーの前日、ダン達はインディアナ州にいた。
インディアナポリス・モーター・スピードウェイの観客席の中。
観客数40万人が見守る中、インディアナポリス500マイルレースの決勝レースが行われるのだ。
「33台が11列って、最後尾は不利すぎるよな。モトクロスなら横1列だからそんなでもないけど。」
縦長に並んだレーシングカーを見て、レイフが苦笑していた。
「バイクはバイク、車は車だ。四駆なりの迫力があるんだから黙って観戦してろ。」
バイクより車好きなダンが冷ややかに言う。
「はいはい、俺達は兄貴に付き合ってるだけだしな。口出ししないで黙って見てるよ。」
ダンの隣で苦笑しているリリィ。
まるで興味のない彼女には、苦痛とも言える時間だろう。
「エリーは楽しめそう?ダンに付き合わせちゃってごめんなさいね。」
「気にしないで、何かの参考になるかも知れないし。」
新たな装置を生み出そうとする意欲は衰えていない。
46歳、まだまだ現役科学者なエリーが見守る中、33台のレーシングカーがスタートした。
オーバルトラックを200周走っての500マイルレース。
平均時速350km/hで走り抜けるレーシングカー。
世界三大レースの一つであるインディ500を、大興奮で見守る観客達。
「んー、キティなら軽く優勝できるレースよね。」
「ゼットだってイケるだろ?あいつが制御してりゃクラッシュも起こらないしな。」
「そうね。でも耐久性はどうかしら。単車だと500マイルは──」
ポンと手を打つエリー。
顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「新装置のアイデアが浮かんだのか!?」
「新装置というか、耐久性のアップを目指すわ。」
「マジで!?」
特別なメンテを必要としなければ、長距離のツーリングが可能となる。
「ふふ、ゼットとの二人旅──世界一周旅行も夢じゃなくなるかもね。」
「うはーっ、すんげぇ楽しみだ!頑張ってくれよエリー!」
「うるさいぞお前ら。カーレースの場でバイクの話はするな。」
「いいじゃねぇかよ別によー。」
ギロリ。
ではなく、冷めた目で見られて口ごもる。
まるで興奮しているようには見えないが、ダンなりにレースに熱中しているらしい。
肩をすくめ合い、静かにするレイフとエリー。
そしてレースは終わりを迎える。
優勝者が伝統にのっとり牛乳を飲む。
そしてキルトの贈呈。
勿論賞金も贈られるが、優勝者以外にもボーナス賞金が与えられる。
『決勝一周めをトップで通過したドライバー』
『最後に予選を通過したドライバー』
など、様々なケースのボーナス賞金があるのだ。
また、準優勝者には『最も速かった敗者』
初参戦で最上位獲得者には『ルーキー・オブ・ザ・イヤー』
の称号が与えられる。
そんなレースに大満足のダン。
端から見れば冷めた観客だが、いつもより口数が多く、家族には興奮している事が見て取れる状態だった。
「良かったなー、兄貴。生で見れて。」
「ああ。これも瞬間移動のお陰だな。」
どんなに遠くても、問題なく行けてしまう瞬間移動。
女神となった妹に感謝する。
「どこでも一瞬で行けるしな。あん時は俺も助かったなー。ゼットがいきなり故障とか、焦りまくりもいいとこだったぜ……。」
連絡して、すぐにシルビアが駆けつけ、あっという間に直ったゼット。
出先でも、何の問題もなく──
「え?あれ?もしかして可能じゃね……?」
何が可能なのかと尋ねるエリー。
レイフがニッと笑う。
「ゼットとの二人旅!シルビアが一瞬で来られるなら問題ないよな!」
「言われてみればそうよね。じゃあ、行っちゃう?」
「んー、行くのは60になってからだな。ダイヤより旅費を望むぞ俺は。」
アメリカでは60歳のお祝いにダイヤモンドが贈られる。
それから10年毎に盛大なお祝いがされるのだ。
「60じゃ遅すぎない?体力だって衰えるのよ?」
「それなりに鍛えてるから大丈夫だろ。その日に向けて更に鍛えるしな。」
頑張ってと笑うエリー。
ダンが不思議そうに声をかける。
「エリーは一緒に行かないのか?」
「ええ。二人旅の邪魔はしないわ。それがレイフの人生のご褒美なんだもの。」
夫婦で話し合った未来の夢。
ちなみにエリーは科学博物館巡りをする予定なのだ。
「人生のご褒美か。俺は特に無いが、リリィはやりたい事あるのか?」
「いいえ、私の望みは叶いましたから。神様にお会いできて、一緒に宴会までできるんですもの。これ以上望んだら罰が当たりますわ。」
ふふっと笑うリリィ。
彼女の信仰心も変わっていない。
そんな会話をしながら、メモリアルデー前日は幕を閉じた。
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