もしもガストがストをしたら

きょうじゅ

本文

 唐突に何だが、わたしはガストの常連である。ファミリーレストラン『GUSTO』、夢咲駅前店。自宅から近いわけではない。通っている高校から近いのである。夢咲女子高等学校。友達とだべりに来るときもあるが、毎日毎日ガストに来たがる人間はわたしの周辺にはわたし自身を除いておらず、したがって一人で来るときの方が圧倒的に多い。


「ご注文、お待たせしましたニャ!」


 きょうのわたしの注文はメニュー番号165番、『うな重 梅』である。


「お食事、楽しんでくださいニャ!」


 言われなくてもそうしている。ガストはいい。サイゼリヤほどせわしなくないし、ロイヤルホストほど気取ってないし、びっくりドンキーと違ってドリンクバーがある。ドリンクバーだが、意外とコーヒーがおいしいのも高評価ポイントである。しかしそれより何より重要なのは、ガストというところは、一人客が一人でダラけていても何にも言われない、何ら問題にされない空気が流れているということだ。他のファミレスでは、こうはいかないのである。


「いらっしゃいませー お好きなお席にどうぞー」


 猫ロボに配膳業務の大半を奪われ、やる気も仕事も少ない店員の挨拶が響き渡ると、“彼”が店に入ってきて、私のいる席から数えて三つ向こうの二人掛けに座った。


“彼”とは誰かというと、私と同じこの店の常連である。夢咲女子高等学校の姉妹校である夢咲高等学校(※男子校)の制服を着て、いつもこの店にいる。人のことは言えないが、ほとんど店の景色の一部となっている。学校が終わる時間がだいたい同じくらいだからだと思うが、二日に一日、いや三日に二日は遭遇している。


「……」


 ガストの注文はタッチパネル式なので、彼が何を注文したかなんてのは注視していないと分からないのだが、彼がきょう注文したのも私と同じ、うな重であった。なんで注視しているのかって? そりゃ彼のことが気になるから……だと思う。うん。


 しかし気になることというのはそれだけじゃないんだ。かれこれ二週間くらいのことだが、最近の彼は私が先に来ていた場合、何か毎回私と同じメニューを注文しているような気がするのだ。偶然かもしれないけど……そんな偶然ってある?


 そこで、ためしに追加注文をしてみた。うな重のあとにあんまり重いものを頼むのもなんなので、抹茶ゼリーにした。そしたら、私のところに抹茶ゼリーが届くのに遅れて、彼のところにも抹茶ゼリーが運ばれていった。ちなみに抹茶ゼリーしか注文しない場合、店員が抹茶ゼリーだと言って持ってくる。軽いからだと思う。どうでもいいか、そんなこと。


 翌日。私が委員会の仕事で遅れて店に入ると、彼は既にいた。注文のメニューは、現物を見ただけでは特定できないが、冷麺系のメニューのどれかだと思う。……私も冷麺を頼んでみた。彼は冷麺のあとに、白桃のパフェを注文した。私も、同じことをする。


 彼が一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を戻した。白桃のパフェがおいしい。ちょっと高いのが難点ではあるが、この際経費である。何の経費だって? それは内緒だ。


 たぶんきっと、これから何かが始まる。ひょっとしたらもう始まってる。まだ名前も知らない、彼と私の物語が。


 たとえば明日突然、ガストがストをしたとしよう。そうしたら店の前で途方に暮れる私に、彼はこう声をかけるのだ。


『三駅向こうにステーキガストがあるけど、そっち行きませんか? 一緒に』


 ああ、恋の予感とは。なんと甘美なるものであろうか。


「なんてね。まあ、現実はそんなに甘くないって」


 などと言ったまま、二週間が経過した。『同じもの注文ごっこ』はいまだに継続していたり、日によっては無理だったり(既に皿が片付けられている日もある)することもあるのであるが、実は明日、このガストは休みである。ストはしないが、店舗内清掃のため24時間の休業だそうだ。


 まさか事前に知っている休業の日に店の前にいるわけにはいかないので、たまにはサイゼリヤにしようか、それともびっくりドンキー、とか思いつつ、結局例の『三駅先のステーキガスト』に行くことにした。三駅先にステーキガストが存在するのは事実なので。


「あ」


 と彼が言った。そう、彼がステーキガストにいたのである。いつもはあのガストに居るのだから、ここにいることはあまりないだろうと思う。


 たまたま、空いている席は彼の席の隣しかなかった。隣の席に座る。胸、バクバクドキドキ。


 ステーキガストは全部の皿が似たようなものなので、同じものを注文する小技はここでは使えない。というか、もう、そういう段階じゃない。と思う。


「あの」


 私は思い切って声をかける。


「良かったら、なんですけど――」


 震えるぞ心、焼けてるぞステーキ。そして、交換しようぜLINE。


 結論から言えばOKでした。私たちはとりあえず「LINEを交換した、友達未満の何か」に発展した。


 これはLINE社にとっては小さな一歩だが、私の青春にとっては大きな飛躍だ。


「お料理、楽しんでいってくださいニャ!」


 こいつらってここにも居るんだな、と思いつつ、わたしは心の中でニヤつきを止められない。ニャ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もしもガストがストをしたら きょうじゅ @Fake_Proffesor

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ