約束通り俺がぶん殴って止めてやるよ

森山休郎蔵

第1話

「綺麗なお花畑をみていると、どうしてこう気分がよくなったりするのかな? あなただったら、なにか理由とか思いつかない? グスタフ」


「目の前にあるから、余計にわからなくなっちまってんだろうぜ。全部引っこ抜いちまえばどうだ?」


「最低! だからあなたって町のみんなから嫌われるのよ? そこんとこ、ちゃんとわかってる?」


「俺のことをそういう人間だと認識しながらわざわざ話かけてくるやつらが悪いだけだろ」


「……ねえ、グスタフ」


「なんだ?」


「アランのことなんだけど」


「あの臆病者の雑魚がなんだって?」


「逆よ、アランって勇気がありすぎるの。だから困ってるのよ」


「勇気? あいつが?」


「だって私を守るために、アランってあなたに殴りかかったりしたことすらあるじゃない?」


「言われてみりゃあ、そうか。悪童で有名な俺に、あんななよなよしたやつがなんだってあんな行動を取ったんだろうな?」


「だから私のためだって」


「ならよかったじゃねえか? 誰からも避けられてる、てめえを好いてくれるやつがいてな」


「私……アランのこと勇者様だと思ってるの」


「は、自分に好意を抱く男が、特別な人間じゃなきゃ嫌だってか?」


「茶化さないでよ? アランは絶対に魔王を倒す勇者様だって」


「いいかルシア? 教えてやるがな、てめえは別に世界の中心いるわけじゃねえんだぜ? この瞬間にも、自分の身近にいるやつが勇者かもしれねえっつって、自分勝手な妄想してるやつなんてのは世界に山ほどいるんだよ」


「……そんなこと私だって、知ってるわよ」


 ルシアは顔を青ざめながら早口を吐き出す。


「どうかしてたんだと思う。少し前にね、アランに私の勇者様になってほしいってお願いしちゃったのよ……アランったらあれから本当に勇者様になろうとしてる。魔王のことも自分が倒すって意気込んじゃってるの。……いっそアランが本当に勇者様だったなら心配とかしなくていいんだけど」


「……なんだ、そりゃ?」


 思わず、俺は呆れてしまった。

 しかしそんな穏やかな空気が一変する。


 ルシアは咳きこみだした。

 血がこぼれている。


「……大丈夫だから、ちょっと待って。……すぐに落ち着くから……」


「別に俺はてめえの心配なんかしてねえぞ?」


「ほら、治ったわ」


 ルシアが笑顔を浮かべる。


「だろうな? てめえの病気が大したことないもんだってことは、とっくの昔にわかってんだ。なにせうつるって話が本当だったなら、俺もアランの野郎もぴんぴんしてるわけがねえからな?」


「そうね、あなたって時々いいこというわよね?」


 ルシアが俺をみあげてくる。


「それでもね、グスタフ。一生のお願い! もしも私が病気で亡くなっちゃったとして、アランがそれでも勇者を目指すことをやめないようだったら、あなたが彼のことを止めて!」


 俺はにやりと笑う。


「好きなだけぶん殴っても、いいってんなら引き受けてやってもいいぜ? あの野郎、弱いくせに毎度のごとく俺に突っかかってきやがるからムカついてたんだ」


「いいわ! だから約束よ?」


「面倒くせえな」


「約束!」


「っけ」


「ありがとう。ちょっとだけ、安心できたわ」


 ルシアはふらつきながら、花畑のそばを歩く。


「最近こうやって毎日運動してるの。意味があるかはわからないけれど、あなたやアランと同じくらい、私も生きていたいから」


 俺はルシアの隣を歩いた。


「そんな速度じゃ、俺との競争には勝てそうにねえな?」


「いつからあなたとわたし、競い合うことになったのよ?」


「棄権したいなら勝手にそうしやがれよ」


「……受けて立つわ。期限は?」


「てめえが俺に勝てると思ったとき挑んでこいよ」











「アー、なんだって、俺はいまんなってガキんころの記憶を思い出しちまったんだ?」


 王都の酒場のドアを蹴破り、路上にでる。

 松明を持った人影たちが横切っていく。


 酔いが回って、視界がよくみえない。

 ん?

 

 なんか助けてください、とか聞こえてきた気がする。

 あれか?

 裏路地んなかに、女、引っ張りこもうとしてやがる野郎の集団がみえたぜ。


「うらあ!」


 俺は正義の拳を野郎どもに食らわせる。

 嘘だ。

 好きなように暴力を振るえるこの瞬間が、一番楽しいんだよ。


 助けた女は悲鳴をあげて、逃げ去っていく。

 さっきまで犯罪行為に浮かれてた野郎どもはというと、恐怖に顔を引きつらせやがってる。


 つまんねえんだよ!


「しけてやがんなっ!」


 俺はぶっ倒れた野郎どもや、野次馬どものことも放置して、この場から離れる。

 冒険者ギルドにでも寄って、日雇いの仕事とか探してこなきゃ、ならねえんだ。

 夜でもなんか依頼の一つや二つくらいあんだろ。

 酒を買うための金がいるんだよ、こっちは。


 冒険者ギルドの扉を乱雑に開く。

 掲示板に貼られた依頼に目を通しにむかう。


 近くのテーブルを囲んでる冒険者どもから、俺の耳の穴まで声が届いてきた。

 気に食わない人間をパーティーに入れて、ダンジョンに置き去りにするだとか。

 田舎からでてきたばかりの新人の女にいい顔して近づいてから騙して、パーティーに勧誘して人気の少ないダンジョンに連れこむ、だとか。


 いい依頼があんまりなくて、掲示板とにらめっこしていた俺の苛立ちを加速させるようなこいつらのうるせえ声のせいで、気持ちいい酔いがさめそうになる。


「うらあ!」


 俺は正義の拳を食らわせる。

 あー、すかっとするぜ。


 テーブルを囲んでやがった連中は、とつぜん仲間がぶん殴られたことにブチ切れたようだ。

 そうこなくっちゃな!

 うらあ!

 うらあ!

 うらあ!



 ……あ、冷てえ?

 床?


「ここどこだ?」


「牢屋んなかだよ! 馬鹿野郎が!」


 鉄格子の外に、見知った看守のおっさんの姿がみえる。

 なるほどな、また犯罪行為で捕まっちまったのか俺は。


「なあ看守のおっさん、酒くれよ?」


「ふざけんな! 反省しろ!」


 いつものように看守のおっさんはぐちぐちと、なんかいってきやがった。


「なあグスタフ、お前はいったい何度ここに戻ってくれば気が済む? 今年でもう、十八なんだろ? いい加減大人になれよ!」


 人が返事しないことをいいことにずっと話し続ける気かよ、このおっさん。


「お前と一緒に王都へ連れられてきたアランのやつは立派に騎士なったっていうのに……。お前のほうは教官殴って、クビ。そこからようやく次の仕事みつけたと思ったら、今度は同僚ぶん殴りやがっただと? 馬鹿野郎が」


 看守という名のうるせえ鳥が鳴いてやがるが、そんなことには構わず俺は冷たい地べたで眠りにつく。

 看守がアランの話題を持ち出しやがったせいで、芋ずる式にルシアのことまで思い出しちまった。

 ガキんころ過ごした町が魔物に滅ぼされたのが、もうだいぶ昔のように感じてきやがるぜ。 


 けっきょくルシアとやる予定だった、競争は行われることもなかったんだったな。

 あいつは病気でくたばることこそなかったが、あっさりと魔物にやられちまった。

 人生ってのはよくわからねえもんだ。

 なんだかんだこの女は、死なずにずっと生き残っていきやがるんだろうなって、そう思ってたんだがな。


 そういや、アランの野郎は見習いからちゃんと騎士になれたのか。

 だからあんとき、言っただろうが俺は。


 ガキのころみる幻想なんてもんは大抵の場合、叶わねえってな!

 アランはルシアのいう勇者様じゃなくて、そこらへんにいるただの騎士だったってわけだ。

 だけどよ、勇者と比べりゃ格が落ちるかもしれねえが、騎士だって悪かねえか。


 悪童は年を重ねて、こうして牢屋んなかだしよ。


「……ひさしぶりにあの花畑がみてえな……」


 全部、燃えちまったからもう二度とみれねえが。





 牢屋の外って空気がうめえ。

 俺も、もう二十歳か。

 問題起こしすぎて冒険者としてはもう働けねえし。

 次はなにすっかな?


 王都からは離れて、港町とかむかってみるのもいいかもな?

 酒のツマミに魚のフライとかすげえいいな!

 一杯いただくとしようぜ。


 ありがてえことに新しい町にきて早々、仕事がみつかった。

 用心棒……なんだよ、それ?

 めちゃくちゃ俺むきの仕事じゃねえか!


 ガキんころから腕っぷし強くて、喧嘩にも負けたことがねえんだよ俺。

 財布もふくれたし、さっそく酒だ!

 浴びるように飲むぜ。


 今日も浴びるように飲んだ。

 酔いが回っているが、次の仕事があるらしいな?


 さらってきたガキを、取り戻しにやってくる親がいるから痛めつけろだと?

 そんなこと言いだしやがるもんだから、雇い主とはいえ正義の拳を見舞っちまったぜ。

 ガキを誘拐してんじゃねえよ!


「うらあ!」


 お前はもうクビだ! 

 だってよ。

 それならそれで辞めさせられる前に……俺のことをこきつかいやがった礼を、てめえらにしてやろうじゃねえか!


 うらあ!

 うらあ!

 うらあ!


 また仕事なくなっちまったよ。

 だがまだ金はある。

 今日も酒場に直行だぜ!


 あ?

 元雇い主の野郎が、両手で数えきれねえくらいの手下呼んできて、復讐にきやがったってわけか?

 せっかく、いま酒飲んでのに。


「うらあ!」


 俺の相手をするには、そんくらいじゃ、もの足りてねえなっ!

 うらあ!

 うらあ!

 うらあ!


 酔いが回る。

 回る。

 回る。



 

 って冷てえなこの床。

 また牢屋かよ。

 また犯罪行為で捕まっちまったぜ。


 しかも知らねえ町だから、看守も知らねえやつ。

 ラッキーって思ったのも最初だけだ。

 この看守も酒くれねえ。


 こいつもまた俺に説教してきやがる。

 ――故郷の村を救ってくれた勇者を名乗る若者のように素晴らしい人格者もいるのに、お前のような屑を仕事柄、目にするばかりだから嫌になる、だって?

 知るかよ、そんなこと俺にいうな!


 で?

 勇者なんてもんがこの世界に本当にいるのかよ?

 どうせ自称、勇者だろ?

 名前、いってみろよ?


 アランだって?

 名前が同じだけか……?

 髪の色……背丈……ほかの特徴まで。

 聞けば聞くほどアランの野郎にそっくりだ。


「そいつ、いまもあんたの故郷の村にいやがんのか?」


「彼なら最近、この町から船に乗って旅だったよ。なんでも、別の大陸を回りながら魔王を倒すために必要な情報を集めていく予定なんだとか」


 別の大陸に船で旅立っただと?

 こうしちゃあ、いられねえ!

 あー、くそ、なんで俺はこんなときに牢屋なんかにいるんだよ!

 

 


 ったく、ようやく牢屋から解放された。

 ずいぶんと日にちが経っちまったが、いまからでもすぐに探しにむかわねえと……。

 はあ……。

 あの野郎を追いかけるだなんて、本音をいえば面倒ったらありゃしねえが、それがルシアとの約束だからな。


 船に乗るにも金が必要だ。

 なんかいい仕事とか転がってねえか?


 こんなときに迷子かよ。

 さっさと泣き止んでくれ!

 俺は急いでんだ。

 なんだって、こんなときにガキなんか連れて町んなか、歩き回んなきゃならねえんだよ。


 もう夜かよ……。

 ガキの親はみつかったが時間の無駄だったな。

 え、お礼にこんなにたくさん金くれるって?


 こんだけありゃ、余裕で船には乗れるよな?

 でももう夜か。

 今日は酒でも飲んで気合いれ直すとすっか!




 はじめて船に乗って海を越えて、新しい大陸にきてみたが、いまんとこ変わったもんはあんまねえな。

 いや、そんなことねえか。

 ちょっとばかし、俺の暮らしてた大陸とは景色が違うな。


 船に乗ってるときに、乗客が死者を蘇らせることができる魔法の話をしてたな?

 そんなもん本当にあるもんなんだろうか。

 ……興味ねえな。


 アランの特徴を伝えながら、道行く人間に話を聞く。

 あいつが勇者名乗ってんなら、すぐにみつかるだろ。


 なんとかって町でアランのやつをみかけたって目撃情報が手に入った。

 ずいぶんと活躍してるみてえじゃねえか。


 しかし勇者やめろって言いに行くわけだが、アランのやつは大人しくいうこと聞きそうか?

 ま、好きにぶん殴れっから、簡単に従ってくれないほうがいいか。



 おい、アランのやつはまた次の町に旅立ったあとだって?

 アランのやつ、いったいどこにいきやがったんだよ。

 なんだなんだこの騒ぎ?


 魔物の群れ?


 アランのやつが退治したって話じゃなかったのかよ。

 なるほどな。

 勇者がいなくなったあとを狙って襲ってきたのかもってことか。

 いや、ちょっと待てよ?

 敵からも、アランは勇者だっていう認識をされてんのか?


 それじゃまるで本物の勇者みたいじゃねえかよ。


 なんだよ、この町の連中……。

 俺がアランは勇者ってたまじゃねえっつったら、顔色変えて怒りやがる。

 なんなんだよ!


 くそ。

 とにかくいまはそんなことより、町を襲ってきやがる魔物の群れと戦わねえとな!

 こんなところで俺はくたばるつもりはねえんだよ!


「うらあ!」


 雑魚をいくら倒そうと、意味がねえ。

 群れのボスはどいつだ!

 一人で突っ込みすぎだって?

 知るか!

 俺の勝手だろうが!


 うらあ!

 うらあ!


 みつけた。

 こいつが群れの親玉に決まってる!


「うらあ!」


 やっぱこいつが親玉だったみたいだ。

 くたばった瞬間、町を襲ってきてた魔物の群れがいっせいに退いていきやがった。


 ざまあみやがれ!


 なんか気分が悪りい。

 町をでるとき、さすがは勇者様のご友人ですねって言われた。

 俺の名前はそんなんじゃねえし、アランのやつだってそんな名前じゃねえんだよ。

 ふざけやがって。



 二十一歳になって結構な日にちが経った。

 行く先、行く先で勇者アランは、評判になっている。

 もう、あいつのこと無理に止めようとしないほうがいいんじゃないか?

 そう思えてきた。


 思えばルシアのやつもアランが本物の勇者様だったら心配しなくてもいいのに、とか言ってたっけか。

 あいつはもう本物だよ。

 めちゃくちゃ強えー魔法使いなんかを仲間に加えてるみてえだし。

 ようはあいつが本物の勇者だから、優秀なやつが集まってきてるんだ。


 どうっすかな、これから……。

 やることなくなっちまった。


「そうだ。ためしにルシアのやつを蘇らせてみるのも悪くねえんじゃねえか?」


 都合のいいことに、アランのこと追いかけてるうちに、死者蘇生の魔法についての情報たくさん集まってたんだよな。

 ちょうどこの近くの森に隠された階段があって、地下にその魔法陣がとやらがあるらしい。

 魔法使いじゃなくても、いくつかの素材さえあれば起動できるんだとか。

 

 偶然にも必要なものは揃ってるんだよな、全部。

 たまたま俺の手元に集まっちまった。



「本当にありやがった、地下への階段……」


 なかは、ダンジョンになってるみたいだな……?

 魔物がでてきやがるし。

 しかも一体、一体が強えこと、強えこと……。

 

 だが俺はてめえらより、もっと強えんだッ!

 俺の拳のほうが、てめえらの牙や爪よりも強えんだッ!

 受けてみやがれ、俺の拳をッ!


 ほらよ……一番奥まで辿り着けたぜ。

 やっとここまでこれた。


 この魔法陣の上に、すべての素材を置く。

 そしてこの呪文を唱えればルシアが生き返る。

 本当に、またあいつに会えんのか……?


 ……別に、俺は会いたかったわけじゃねえがな。


 なんで、なにも起きねえ?


「なんだてめえ?」


 いったいどっから現れやがった?

 これまで遭遇してきた魔物どもとも、なにかが違げえ。


 なんなんだこの魔物……。


 俺は拳を構え、その魔物を睨みつけてやった。

 そしたら魔物は、自己紹介をはじめた。


 ……魔王軍の幹部だと?

 通りでほかの魔物とは違うわけだ。

 魔王軍の幹部が、俺にいったいなんのようだよ。

 まさかてめえらの目的も、死者蘇生か?


 は、いまなんつった?

 死者蘇生の魔法なんてものは最初から存在しない、だって?


 死者蘇生の噂をにおわせて、強者をここへ誘って、そいつの肉体を使って新たな強力な魔物を生み出すことが目的だった?

 

 ……俺はまんまと、てめえの企みに騙されたってわけか。


 ふざけんなよ……。


「うらあ!」


 流石は魔王軍の幹部!

 だがな、俺の拳のほうが上だッ!


「ほら、な……? やっ、ぱり、俺の……拳の、ほうがッ、上だった、ろ、うが」


 くそが、俺の体にとんでもねえ怪我、負わせやがって……魔物風情がよ。

 痛てえんだよ……。


 地上までこの傷で戻れる気がしねえ。

 酒に酔っぱらってるわけでもねえのに、視界がかすみやがる。

 てか、けっきょくルシアは生き返らねえのかよ。


 だったら、いったい俺はなんのためにここまで旅をしてきたんだよ。


「――だれ、だよ? てめ、ら?」


 魔王軍の幹部?

 さっきのやつとは同僚だと?

 それも二体も現れやがった……。


 もともと、さっきのやつの計画を奪い取って、自分たちのために強力な魔物をつくる予定だった?

 だから俺があの幹部を倒してくれて、無駄な手間がはぶけた、ありがとう……ってか?

 ざけんじゃねえぞ!


 べらべらと、わけのわかんねえことぬかしてんじゃねえぞ!

 俺は一度たりとも忘れたことはねえんだからな!?


 てめえらの親玉が差し向けてきやがった魔物の群れのせいで……ッ。

 よくも俺の故郷を滅ぼしやがったなッ、魔王の手下どもがッ!

 



 







 なんだ……真っ暗だ。

 なにもみえねえ。

 俺は死んだのか?


 死んだならルシアに会えるんじゃねえのかよ。

 一人か。

 ま、悪くねえ。

 もともと俺は一人だったんだ。


「――グスタフ。君とルシアの気が合ったのは町の嫌われ者同士、必然のことだったんだと思ってる」


 ……この声、アランの声だ。


 うっ、なんだこれ。

 この光景は――。

 人が死んでる。

 たくさん人間が、俺の手で。

 俺の拳によって、亡くなっていく。


 やめろ、俺の拳をこんなことのために使うんじゃねえ!


 止まった?

 それに俺の前に立ってるてめえは、アランなのか?

 騎士見習いを一緒にやってたときに、最後にみたきりだったが、滅茶苦茶変わったなお前。


 

 くそ、せっかくアランのやつに会えたのに。

 声が出ねえ。

 体がいうことを聞かねえ。


 アランは手に持っていた派手で凄そうな剣を鞘に納めた。

 そして俺をみた。


「……君は知らないだろうけど……。あのとき魔物に傷つけられたルシアは、最後の最後まで……向こう見ずな君のことを案じていたんだ」


 そう言葉を吐き捨てたアランが拳を振り上げ、俺へむかって疾走し、突っ込んでくる。


「彼女との約束通り! 俺が、君のことをぶん殴って止めてやるよ、グスタフ!」


 アランの拳が、俺の顔を打った。


「あ、らん?」


 体の自由が戻ってきた。

 

「久しぶりだね、グスタフ」


 ガキのころのような笑顔をアランのやつは俺にむけてきやがった。







 壊れた町の景色。

 かがみこんで涙を流している子供の姿。

 行方不明となった誰かを探して歩く、人々の顔がみえた。


 この景色をつくっちまったのが俺なのかよ。


「君は魔王軍に操られていただけだ。だから、そんな顔をする必要はない」


 アランは俺にそう言ってくれるが、とてもそういう風には考えられねえ。


「あのさ、グスタフ? ルシアならきっとこういうと思うんだ。もとからあなたは悪党でしょってね」


 俺はアランに目をむける。


「おい、さすがに俺もここまでの悪党に成り下がってたつもりはねえよ? 俺は俺なりに正義を振るってた!」


「君のなかではね? 王都で過ごしていころ牢屋のなかに何度入れられたことがあったか覚えてるかな? もちろん俺だって町の同年代たちにいじめられたとき、君のいう正義の拳とやらに助けられたことは何度もあったし、だから感謝もしてる。なんだったら君に憧れたことだってあったんだ。だけど、あのころにも何度も指摘したけど……君は人助けのやり方が下手くそなんだよ!」


 俺は昔を思い出した。


「……てめえは昔からそうだった。弱い癖にそうやって、俺に変に突っかかってきやがる」

 

 睨みつけてやった。

 アランはまったく動じていない様子だった。


「グスタフ。悪いけど、いまは君よりも俺のほうが強い。これからは間違ったことをしようとしたら、俺が君を止める。それがルシアとの約束でもあるんだ」


「……っけ」


 アランは苦笑した。


「君のことを超えるのは本当に大変だった。騎士見習いとして修行を積もうと、騎士になろうとまったく君より強くなれた気がしなかったし。途方に暮れたこともあったけど、ルシアに昔いわれたように勇者にでもなれば、君のことだって止められるようになるんじゃないかってそう考えるようになった。そしたら……」


 俺は呆れた。


「本当にてめえが、勇者だったのかよ?」


 アランは頷く。


「冗談みたいな話だけど……。ある日とつぜん、女神さまが俺の前に現れた。なにを隠そう、この剣はそのときもらったものなんだ」


「……あいつらはてめえの仲間か?」


 広い宿の別室から顔だけをだして、様子をうかがってきている少女やら女性やら老人の姿に俺は目をむける。

 彼らがいっせいに顔をひっこめた。


 アランは困ったように笑う。


「彼らは、俺なんかにはすぎた仲間たちだよ」


「は、そんな風に自分のこと下げてっと、アランはもっと自分を誇りなさいよ、つってルシアのやつから言われちまうぜ?」


 俺は立ち上がった。

 これ以上、ここにいる必要もねえだろう。

 こいつはもう立派な勇者様だ。


「ま、なんだかんだ、ようやくお前に会うことができてよかった。迷惑もかけちまったし、悪かったな? あばよ!」


 アランが叫んだ。


「待ってくれ! 俺と一緒に君にも魔王を倒す旅についてきてほしいんだ!」


「ふざけんな! 断る! まさか、いまの状態の俺を連れ歩く気じゃねえだろうな? てめえは!?」


 魔物に捕まったあと、俺は魔物にされちまった。

 人間だったころの原型なんてほとんど、残ってねえ。

 全身を隠したら、なんとか周りの人間にはばれずにすむかもなってそんな感じだ。

 町をでたらダンジョンにでも住み着いて、そこで魔物どもをぶっ殺しながら、残りのわずかな余生を過ごしていこうと思ってんだ。

 俺の、第二の人生がはじまったんだ。


 アランは言った。


「君がそうなってしまった責任を感じてる」


「なんでてめえがそんなこと感じるんだよ?」


「旅をするなかで、死者を蘇らせる魔法の噂は耳にしてた。そのときから君がもしその話を耳にしてしまったら、ルシアのことを蘇らせようとするんじゃないかってそう思ってたんだ。だから俺は魔王を倒すための旅のかたわらで、死者を蘇生する魔法の情報も集めていたんだけど、結果、一歩遅れてしまって、まんまと魔王軍のいいように友人である君のことを魔物に変えられてしまった。勇者になったのに、一番付き合いの長い、君のことを俺はちゃんと救うことできなかった」


「なに言ってやがる? 心底、気に食わねえ話だがな、てめえは俺は救いやが

っただろうが? 俺はだから、いまてめえの前にいるんだろうがっ」


 アランは無理矢理つくったような笑顔で俺に言った。


「救ったか……。その言葉を、俺は受けて入れてもいいのかな?」


「さっさと受けいれろよ、うぜえな」


「わかったよ、受け入れる。ただし、俺が君のことを救ったのだというのなら、今度は君が、俺のことを救ってくれ!」


「…………」


「子供のころからずっと近くにいた自分が絶対に超えられなかった強者。それがグスタフ、君だったんだ! 魔王軍は強い! だから君の力が俺には必要なんだよ!」


「……そこまでいうなら、いいぜ? ついていってやるよ? ただし、てめえの仲間たちがいいって言ったらな? ま、こんな魔物野郎のこと受けいれられるわけがねえだろうがな!」


 寛大な拍手が起こった。

 決まりですね! とか、前衛が増えて嬉しい、とか、たくさん食いそうじゃから、今から腕がなるわい、とか。

 口々に声がきこえてくる。


 なんだなんだ、この能天気な集団は!?

 アランのやつは、こんなやつらと魔王を倒しにいくつもりなのか?


「これからよろしく、グスタフ」


 アランがそう俺に手を差しだした。


「っけ、わかったよ。この俺がてめえらのこと助けてやるよ」


 それならそれで別にいいぜ?

 やらなきゃいけねえことがまだ残ってたからな。




 



 


 こうして勇者どもの仲間に加わって、魔王を倒すための俺の旅がはじまったってわけだ。

 あの日から、もうだいぶ時間が経ったな。


「そういえば、グスタフ」


「なんだ?」


「この前、女神様が言ってたんだ。魔王を倒したあと、少しだけルシアの魂と会う機会を与えてやれるかもしれないって。それも俺よりも君のことを先に彼女と会わせてくれるらしい」


「……別に俺はルシアのやつに会いたいとはまったく思ってねえんだがな」


 たき火から遠ざかり、俺は体を動かす。

 そしたらアランの仲間の魔法使いの小娘が、俺のとこへ歩いてきて、なにやってるんですか?

 だとか聞かれて、みたらわかんだろ、体を動かしてんだっつって俺は答えてやった。

 物好きだよな。

 こいつだけじゃなく、剣士の女も、治癒使いの爺も。

 アランのやつも。

 現実がみえてねえんだ。

 俺は魔物なんだよ。


 だから町や村には入らねえつってんのに、俺のこと無理やり連れていこうとしやがるし、いい加減にしやがれよ。

 てめえらがよくても、ほかの人間からしたら迷惑なんだよ。


 俺は人間を虐殺をしまくったんだ。

 操られてたから悪くねえ、ってアランのやつは言ってやがったが、そもそも蘇生魔法なんてもん求めてなけりゃあんな目に遭うもこともなかった。


 俺の欲のために、たくさんの罪のない人間が犠牲になっちまったってことだ。

 魔物を殺そうが、魔王を殺そうが、死んだ人間はもう生き返らねえ。

 なにせ蘇生魔法はなかったんだ。


 この罪を償う方法は探しても探しても、どこにも存在しねえんだよ。

 それがわかってたから、俺は魔物としてダンジョンで暮らしたかったんだ。

 

「魔王のもとに辿り着くまで、なんとかもちこたえてくれよ……」


 女神も不思議なことをしてくれるもんだ。

 こんな罪人にもう一度、ルシアと会うチャンスをくれるなんて、そんな報酬があってもいいのかよってな?


 それともあれか?

 アランのやつには俺の力が必要だから、それまでの間、絶対にくたばるなって檄を飛ばしてきてやがんのか?


 そんなことされなくても俺は魔王のもとまで必ず辿り着くがな!

 だってよお、まだやらねえといけねえことが俺にはあるんだからよ!


 アランのやつがこっちにきやがった。


 野営してる場所の近くに花畑があったから、それを俺はみてたんだ。

 満月の下の花畑を、あとから加わったアランのやつと一緒に眺める。


 こいつとこうしていると、思い出しちまうな。


 俺とルシアとアラン。

 あの花畑で、三人で何度も顔を合わせては同じ時間を過ごしたんだ。

 いま、わかったぜ。

 俺にとっての帰る場所はあそこだったんだな。


 アランのやつがそばにいると、さっきまで変哲もなかった花畑が、とたんに故郷の景色にみえてきやがった。

 魔法使いの小娘や、剣士の女、治癒使いの爺も加わって、みんなではしゃぎだす。

 俺以外がな。


「……こいつらみんな、こうやってるときは楽しそうだな」


 仲間に囲まれるアランのやつをみながら、俺はルシアに誓う。

 

 ――お前との約束はちゃんとやりとげるぜ?


 そうさ、アランのやつが勇者を名乗らないといけねえのは魔王なんてもんがいるからだ。

 だから約束通り俺がぶん殴って止めてやるよ。

 魔王相手に正義の拳を振るうときがくるなんて、まったくもって楽しみすぎんだろうが!


 そんで、そのあとはアランの好きにすりゃあいい。

 もう俺たちがいなくても、こいつは一人でやっていけるはずだ。


 例え、その後もアランが勇者を続けていくことを選んだとしてもな。

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