転入生は死神でした。

月瀬ゆい

推しは何次元?

「はあ、今日も推しが尊い……」


 スマホの画面を見つめ、うっとりと目を細める。黒髪のクールな少年が表示されている画面を、隣に座っていた友達がひょいとのぞき込んできた。


「毎日のように見てるよね、ソレ。確かシオンくん、だっけ?ヒスイもよく飽きないよねー」


 お互いに唯一の親友である本野ほんのアキが肩をすくめる。私はスマホの画面をアキの眼前に突き出し、満面の笑みを浮かべた。


「飽きるわけないよ。大人気アニメ刀ノ舞かたなのまいの黒幕キャラ、時雨しぐれシオンくん!このカッコいいとかわいいが調和した完璧な顔面からは想像できないほどの毒舌!初期は無口な謎キャラだったけど、物語が中盤に差し掛かるにつれて登場シーンが増えると、実は超毒舌って判明したんだよね。表情が変わらないから人間味を感じさせないけれど、実は主人公陣営と敵対する理由が最高に人間らしいモノってわかった時がね、もう堪らないんだよっ!」

「ふーん。めっちゃオタクだね。てか、いつも思うんだけど、ヒスイはリアコなの?」

「違うよ!ガチ恋勢と一緒にしないでよね。私はシオンくんを守って愛でたい派なんだから。ていうか、間違ってはないけど、オタクとかアキにだけは言われたくない……。あんたVTuber大好きじゃん」

「ふふっ、まあね。てかあたしの推し、昨日配信でさー!」


 オタク特有の早口で推しに関する話を繰り広げ、互いの話題が一段落した時、ふと教室がいつもより騒がしいことに気が付いた。


「ねえアキ、なんか今日みんなソワソワしてない?」

「あー、あれでしょ、イケメン転入生」


 私がこてんと首をかしげると、アキは興味なさげに簡潔な説明をしてくれた。


「なんか、今日このクラスに転入生が来るらしくて。目撃した子たちが、イケメンだったって騒いでんの」

「そうなんだ。今六月なのに、季節外れだね。しかも今日水曜日じゃん、めっちゃ微妙……。あ、後ろに空いてる席が増えてたの、そういうことか」

「うわ、せっかく説明してあげたのに反応薄くない?」

「性格のいい美形はフィクションだし、三次元は二次元に勝てないから。私にはシオンくんがいるし!」

「ド偏見じゃん……。まあ、わからないわけじゃないけどさ。あたしにもみくたんがいるし興味はないかな」


 それより……とオタク話に戻り、しばらく夢中で言葉を交わしていたら、担任のハジメ先生が入ってきた。立ち話をしていた子たちが蜘蛛の子を散らすように自分の席に戻り、私たちも口をつぐむ。


 熱血で定評のあるハジメ先生は、学校中にとどろくような大きな声を張り上げた。


「みんな、おはよう!さっそくだが、転入生を紹介する!」


 笑顔のハジメ先生の大声に、クラスがざわりとどよめいた。イケメンという前情報のおかげか、私とアイを除く全女子が頬を染めてしきりに鏡で自分の姿をチェックしている。


「これから同じ学び舎で生活する大切な仲間だ!……朝霧あさぎり!入ってこい!」


 こんな大声で呼ばれたら、私、羞恥心で死ぬかもしれない……。転校とは縁のない人生でよかった、なんてことをぼんやりと考えた時、ガラリと音を立てて教室のドアが開いた。


 ドアの向こうから姿を現した彼は、本当に同じ人間なのかと疑うほど完成していた。

 きめ細かい淡雪のような肌、端正な顔立ち、サラリと流れる黒髪、黒曜石をはめたような瞳、ほっそりとした手足、平均身長より低いであろう身長、カッコいいと可愛いの真ん中みたいな見た目。

 よくできたお人形みたいな彼を目に収めた一同は、その美貌に二の句を告げず、ただ息をのんだ。


 青年というよりは少年と言った方がしっくりくる、幼さの残る彼は、黒板に白のチョークで己の名を刻み、くるりとこちらを振り向いた。


「……朝霧シオン。よろしく」

「よろしくな、朝霧!お前の席は窓際の一番後ろな!」


 朝霧くんはハジメ先生にこくりとうなずいて見せると、こちらに向かって歩き出した。

 固まっていたみんながはっと我に返り、きゃあーっと色々なところから主に女子の黄色い悲鳴が上がった。ついでに朝霧くんと席が近い私とその周辺の人たちは殺意のこもった視線で睨まれた。私たちなんにも悪いことしてないのに、どうして……。


 というか、そんなことはどうでもよくて。


(待って。朝霧くん、シオンくんにそっくりっていうかもう同一人物?やばい、二次元の推しが三次元に降臨した?ちょ、理解が追い付かない。タイム欲しい、いや誰に言ってんだ私は。本当に似ている、これは脳の錯覚かな……。下の名前も一緒だし、画面の中からそのまま飛び出してきてるよ、これは)


 こっそり机の下でマナーモードのスマホを操作し、愛しのシオンくんを画面いっぱいに表示させる。三秒ほど画面を見つめ、バレないように朝霧くんに目を移す。


(はわわ……やっぱりどう見ても一緒、寸分の違いもないよ!ここは学校で刀ノ舞の舞台は江戸だから服装は違うけど、それ以外の相違点を見つけられないー!)


 交互にシオンくんと朝霧くんを見やっていると、ぱちりと視線がぶつかった。

 朝霧くんは私の目を見つめて、小首をかしげ、口を開く。


「……何?」

「ひょえっ!な、なにも……!」


 心臓がばくばく言っている。

 動いて喋る推しとか、そんなのもう、もう……!


(も、萌えが……爆発するー!)


 シオンくんと朝霧くんは見れば見るほどそっくりで、私は次元の狭間に迷い込んだのかな、なんてバカなことを考えるくらい混乱した。

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