第4話

 小染遊夕こぞめともゆ、18歳の大学生。主業はイラストレーター。

 

 今までの人生を、出来上がりの料理とでも喩えようか。


 最初はほっこりと温もりで、胃腸を満たすようなものであった。

 そして時間が経つに伴い、温度やもちもちがとんずらしてしまい、冷たさが舌に当たった途端、心臓の回りを空虚が蔓延はびこっていた。

 最後は徹底的に醜い色に染まり、そこから散ってきた気配に鼻が犯され、みっともなくなって。


 ところで、料理は腐ったら捨てていいのに対し、人生は腐ったら捨ててどうすんの、さすがにダメじゃない。


 けれど、そうであっても心配はいらない。と前向きに思っていたいの。


 一旦出来上がった料理としてこの世に生まれたら、先に待っているのは食べられるか捨てられるかという変えようのない定めでしょうが。


 人生は途絶えずに変化するものである。ただいつ来るか不確定なのはちょっと嫌だね。


 そこで、待ちに待った私も、遂に変化を迎えた。


 すべては大学に入る前の春休みのことだった。


 両親は事故で他界。

 詳しくは外出していた時、高速運転中の言い合いから大喧嘩で暴れ出し、大型トラックとぶつかってしまったという経緯だった。  


 さすがに悲しかった。

 別に「毎日厳しく要求されて縛られて、暴力でも常に振るわれている」という見飽きた小説世界にいないし、むしろ普通ならば家ではしょっちゅう寛容な雰囲気が漂っていた。


 でも、脳のセーフガードか何か、二度と目を開いてくれない両親を目に収め、情緒のダムは崩れてもいなく、「もー二人とも何してんの」としか思わなかった。


 あの二人、私が物事ついた時から喧嘩ばかり。


 私に優しかった彼らの間に、矛盾ばっかりで向き合わずに、お互いに全然相手の立場で問題を考えてあげない。まるで敵みたい。


 一緒にいてそんなに辛そうだったら別れたらいいじゃない。とその問題を日々考えまくっていた結果、「私」という存在を矢面に立たせてしまった。


 私がいなければ、二人とも一秒も待たずに離婚届けを出して自分なりの生活へと踏み出していたのでしょう。


 そこから、罪悪感が身を包み、学校で遭った虐めを加えて、私の生活は腐っていった。


 別にそれで両親に恨みやしない。そうする資格もない。

 私は、本当についていないなって内々嘆くしかなかった。


 故に両親を死なれてから、私ははじめて、どこかの解放感を覚えてくる。

 嗚呼ああ、こういう言い方、私救いようのないやばい子かも。


 信じられないけど、神様からの補償というか、色々あって、ある巡り合わせである方から歌舞伎町にある風俗店の所有権をもらったことを機に。

 下北沢にあるこの家を売り、イラストレーターの収入で高田馬場の賃貸マンションに引っ越し。


 思い出とかノスタルジーとか拘らないので、結構あっさりとすべての手続きを終わらせ、3月末を迎えた。


 あの日の午後、売り出した家に最後の訪問。


 この前忘れたいくつかの小物を片付けただけでそこを出た、なんだか逃げる気半分で。

 パーカーのフードを被り、もう関係のないハウスを後にした。


 冬も旅立ったら程良い気温に恵まれ、街路樹のこずえに緑が芽吹いたばかりの早春、私の背中に寒気しかくっついてこなかった。


 生活は変わるように見えていたが、本当に変わっていくかという不安を抱えながら小田急線の電車に乗り、新宿駅に向かおうとしていた。


 快晴の空に見守られ、車窓越しに街が流れていた和む景色だったのに、私の目に映るのは、はじめて学校で虐められた日の土砂降り。


 虐めてきたクズどもに肝が潰れたわけでもなく、ただ同じく変化への不安であった。

 変化が欲しいのに本当に来たら逆に不安なんて、きっとどこか拗れていたね。


 意識を元に戻し、この不安を覆すべく、すぐ大事件が起きないかなとかとんでもないことを思い始めていたその時だった。


 「──ッ!」


 まるで私の思いを応えるように。

 

 午後の静まり返った車内を、甲高い悲鳴は揺り動かす。

 隣の慌ててきた人に私は当てられたり押されたりしてきていた。


 二、三秒も経たずに大騒ぎ。


 「あの人ナイフ持ってる...!」

 「逃げて!!!」


 緊急停車ボタンが発動され、耳に障る音が響き渡った。


 え、通り魔?

 いや、マイナスの意味で応えないでよ神様。


 私もはっきり見えていた。僅か二、三メートル先にナイフを握りしめ、魂の飛んだような顔している男が突っ立って。


 そして動き始めた。

 ちょっと運が悪いか、繊細な体であまりボリュームのない私は、驚かれた人だかりにぽつんとした位置まで吐き出されてしまい......


 やばい、目が合った。


 走馬灯とか閃く隙間なんてまったく許さずに、すでに突っ込もうとした男がいた。


 対して成す術のない私は、本能的に体を強張らせるしか何もできていなかった。


 別に、私は死ぬか死なないかどっちでもいいけど、ただ死ぬなら即死でお願いしたいなあ。

 痛いの絶対耐えられなくて嫌だから。

 そう祈りながら、おでこを車窓に預け、開き直っていた私。


 「──バシッ!」


 「ズブッ」じゃなくて「バシッ」。

 鈍器からの打撃みたいな音。

 体に痛みどころか異様感すらなかった。


 「ぐあっ......!」

 「ドタッ!」


 誰か痛い声を叫び出してて、あとは躓く音...?


 引き潮のように、揺れていた電車はようやく歯止めがかかって。


 ずっと横に視線を翼々向け、何があったか全部わかった。


 通り魔がこっちに刺さってくる寸前、彼の耳に突然畳んだ折り畳み傘が届いた。

 あるそこそこいい顔しており、同い年に見える男の子がやったのだ。

 

 一旦傘に打たれて叫んだ通り魔が蹌踉そうろうして構えを崩されるとほぼ同時に、男の子は素早く素手でナイフを奪い取り。

 ひいては相手の膝の横を蹴りながらそのまま地面に倒れさせた。


 しばらく反抗していたが最後は動き一つもなくなった通り魔を慎んでいそうに押さえ、男の子は後ずさっていた人たちに向けて口を開いた。


 「手伝ってください!ナイフ取ったんで!」


 して人たがりの中からたくましい男二人が駆け寄ってきて一緒に通り魔を押さえ込み、男の子は安堵するように体を起こした。


 やや荒れた息と刃に赤く染められた掌。


 あの時、私は男の子の名前が常若裕司とこわかひろしだと知る由もなかった。

 さらに彼は私の人生における二つ目の変化である人だなんて。


 

 


 


 



 


 


 


 


 


 

 

 


 



 


 


 

 


 


 


 


 


 


 

 

 

 


 

 

 

 

 

 


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トップクラスの顔を持ちながら割と人気なし謎だらけの彼女と体から関係を結んでしまったら、儚い日々を迎えていく件 敗野 @haino202104

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