第6話 私を笑わせた人
朝目が覚めるとその景色はいつもと違っていた。
鼻をさすくらいきついこの香水の匂いの正体は
「お母さん、なんで」
「おはよちょっと先生とお話しに来たのよ」
「あっそさっさと帰れよ」
眠気なんて、一瞬で吹き飛んだ。
自分の口から出たその声は、ひどく冷たくて、刺すような鋭さだった。
空気が凍りつくのが分かった。
昨日までの穏やかで幸せな気持ちが、まるで嘘みたいに感じた。
「久しぶりに来たのに、その言い方はないでしょ」
「じゃあ、どんな言い方だったらよかった?理想を押し付けないでよ」
問いかけに、母は何も答えない。ただ、少し顔をしかめただけ。
私は知ってる。
こんな風に言い返すたびに、「やっぱりリナは素直じゃない」「やっぱりあの子とは違う」って、心の中で比べてること。
私がこんな性格になったのは――きっとこの人のせい。
私とこの人たちは、血が繋がってない。
幼い頃、実の両親は事故で亡くなって、私はこの家に引き取られた。
でも、娘みたいに扱われたことなんてなかった。
2歳年下の妹、ミオ。
あの子はいつも「うちの子」として、優しく抱きしめられて育った。
私は、「引き取った他人の子」として、それなりに育てられた。
褒められたことなんてない
誰かに必要とされた記憶もない。
「……お願いだから、帰ってよ」
低く、かすれた声だった。
「ミオが心配してたわよ」
「嘘つかないでよ」
私は、知ってる。
ミオが私のことを“出来損ない”って、友達に笑って話してたこと。
私が家にいないと、空気が明るくなるって言ってたこと。
それを、知らないフリしてるだけ。
それとも、本当に気づかないほど、私には興味がなかったのかもしれない。
「もう……ほっといてよ!」
その叫び声に、母は少し眉をひそめただけだった。
何かを言いたそうにしていたけれど、何も言わずに立ち上がった。
「……また来るわね」
その言葉に、返事はしなかった。
ドアが閉まる音が、やけに響いた。
朝からしんどい
あの顔見るだけで不幸になるよ
早くこの空気から抜け出したい
「柳田さんおはよ朝ごはんです」
「ありがとうございます」
今日も質素なご飯
美味しくも不味くもない
だけど今日は喉を通らない
「あ、柳田さん食べ終わったら私の事呼んでくれる?先生が話したいことあるらしいの」
「分かりました、」
きっと手術の話だ、最近看護師さんが話してるの盗み聞きしたけどまた体が悪くなってきてるらしい
ご飯も二口くらい食べてやめた
さっきの光景がフラッシュバックして吐きそうになる
「勘弁してよ」
昨日までの出来事が嘘みたいだった
満桜と笑ってた自分も、未来を少しだけ信じられた自分も。
ふと、カーテンを開けてみた。
705号室の窓から見えるはずの、あの向かいの病院
カーテンは締め切られていた
「開けとくって言ってたくせに」
もしかしたら看護師さんに閉められたのかもしれないのに、すごく満桜にムカついた
病んだ時、泣きたい時、苦しい時、私はいつも独りだった
そうなったのは自業自得なのに
人のせいにして、こんな性格ほんと最悪
でも昨日すごく辛い時満桜が電話をかけてきてくれてすごく嬉しかった
頼れる場所があるんだと、思ったのに。
コンコンっ
誰かが病室の扉をノックした
「ごめんね〜柳田さん入るよ」
あ、そういえば看護師さんを呼んで、、忘れてた
「先生ごめんなさい全然食べれてなくて、」
「大丈夫だよ食欲無くなる時もあるもんね」
「すいませんっ」
「それで手術の話していいかな?」
先生はそう言って椅子に腰掛けた
「昨日の検査結果が出てね状態としては、やっぱりまた手術をしないとダメだと思う」
「死んじゃいますか?」
「無いとは言えないごめんね先生がこんなこと言いたくないけど、」
「あの」
「ん?どうした?」
「満桜のこと分かりますよね」
「あ、うん先生が受け持ってたよ、柳田さん最近会ってるらしいね他の看護師さんから聞いたよ」
「私の体を満桜にあげたら治りますか?」
本望だった
私なんかもういいから満桜を学校に通わせて
沢山友達作って人生を謳歌して欲しいと思った
だけど先生は暗い顔をした
「うーん先生わかんないやははっ」
嘘つくの下手すぎだよ先生
ほんとに治らないんだ満桜の病気
「で、話戻すけど手術今週の金曜にしていいかな?だから2日後かな」
「分かりました」
「ごめんねこんな直前に。ありがとうね親御さんにはもう伝えてあるからね、全力尽さていただきます。手術終わっても多分当分は入院生活続くんだけど大丈夫?」
嬉しい満桜とも会える
まだここに居れることが私の幸せで逃げ道だった
「わかりました」
「だから明日はやらないといけないことあるからここにいて欲しいの満桜くんには会わないで、できる?抜け出したらだめだよ」
会えないなんて我慢出来る、かな
「頑張ります」
「偉い!満桜くんのこと大好きなんだねぇ」
「ち、ちがいますよ!!」
好きってなんだろう
私のこの気持ちはすきなのかな?
「あはは動揺してるねぇ満桜くんと仲良くしてあげてね?あー見えてすごい寂しがり屋だから」
そうなんだ能天気なバカとか思ってたけど
「じゃあそうことだから、でも抜け出しそうだね高橋さんに見張ってもらう明日は!!」
「やめてください!」
「ふふふ冗談だよ」
そう言って先生は病室から出ていった
まだ10時だ
にしても今日は時間過ぎるのが遅すぎる
満桜今何してるのかな
カーテンはまだ開いてない
いやバカバカ!!なに満桜のことばっかり考えて、ほんとに好きみたいじゃん、、、
今まで人を避けてきたせいで好きなんて気持ち感じたことなかった
胸がきゅーってなるこの感じずっと病気のせいにしてたけどこれは恋なのかな?すごく苦しい
勉強でもして紛らわそっ
昼過ぎ。
昼食のワゴンが来ても、さっきと同じように食べる気にはなれなかった。
ふと外を覗くとカーテンが空いていて
満桜がご飯を食べていた
生きてたよかった何も無くて
「お食事中ごめんねぇ熱だけ測らせてね」
「今日は全然食べてないけど体調大丈夫??」
「はい大丈夫です気にしないでください」
「まぁそんな時もあるよね今日も満桜くんと会うの?」
「え、あっいや」
「ふふ抜け出してるの知ってるんだから誤魔化さなくていいよ」
「行ってきてもいいですか?」
「何かあったら責任は取れないけどちゃんと帰ってきなさいよ」
「ありがとうございます」
ここの人たちはみんな理解があって優しくていい人ばかりだ
ピーピーピー
「36℃ちょうど大丈夫そうだね気おつけてね満桜くんのことよろしくね」
「はい!ありがとうございます!」
「あ、一応栄養は取らないとだから点滴だけさせてね?」
「分かりました」
そうして時刻は12時50分になった
「行かなきゃ」
満桜の病室に満桜はもう居なかったもう出てるのかな
私はもう裏口を使わずに堂々と点滴をもって外に出た
外に出ると暑くてセミの声もうるさい程に
病院を出たらすく前にある河川敷
あと何回ここに来れるんだろうか
あと何回満桜に、あえるんだろう
「……いた」
あの後ろ姿。
猫背気味で、今日はスマホをいじってる。
やっと会えた
早足で満桜に近ずいた
「よっ!待った?」
「うわぁリナちゃーん!」
すごく可愛い顔してこっちを見てくる
にしても頬の笑窪が可愛い
「こっち来て!俺の隣!」
無邪気に笑うその姿をみて癒される
「もうすぐセミがっ!ね!もう出てくるよ!生命だよ!!」
「うぇぇセミ嫌いなんだけど」
「えー昼間にこんなの中々見れないのに〜!」
顔を膨らませて怒る姿も可愛い
「ははっリナちゃん今日も隠れて抜け出してきたの?」
「今日はちゃんと抜け出しますって看護師さんに行ってきたよ」
「あははよかったねぇ!」
こんな会話もすごく楽しい
「リナちゃん今日はなにしてたの?」
「そういえば、、、」
「ん?どしたの?」
「明後日手術だってさ、だから明日は会えないの」
一瞬沈黙が落ちた
満桜も同じ気持ちだったらいいのに
「頑張ってね手術」
「満桜より先に死んじゃったらごめんね」
「俺より先に死ぬなんか絶対に許さない」
「あはは何ムキになってんのよ」
「でも、寂しいね、明日も明後日も会えないよね」
「そう、だね」
「じゃあ今日はいっぱい遊びまくるぞ!リナちゃん!!」
そう言って満桜はたくさんのお菓子とゲームを芝生の上に広げた
「待ってどこでそんなお菓子持ってきたの」
「えへへへ隠してあるのこういう時しか食べれないの〜いいでしょいっぱい食べてよ」
「ありがとう満桜」
「人生ゲームからしよっか!俺これめっちゃやってみたかったんだよー!」
そう言ってどうやって持ってきたのか分からないくらい大きい人生ゲームを広げて一緒に遊ぶ
「リナちゃんこのクッキー美味しい食べてみ!」
「どう?」
「やばいこんな美味しいクッキー食べたことないよ」
「リナちゃんは笑ってる方が可愛いよ」
「なに?」
すごく嬉しかったどんな言葉よりも
「だってさっきまで鬼みたいな顔してたんだもーんモテないよ〜がははははは」
「なんて!?うっさい!
「てかなんで真夏に長袖でなの?汗だくだくじゃん」
「これはな!抜け出すための戦闘服なの!!」
「どんな戦いよ」
「病院脱出大作戦〜!」
満桜は両手を広げて、河川敷を駆け出した。
芝生に足を取られそうになりながらも、子犬みたいに跳ねてる。
「満桜!走ったらダメなんでしょ!!!」
「ちょっとくらいいいよ〜!リナちゃんはやくー!俺に置いてかれるよー!」
「子どもかっ!」
そう言いながらも、私は点滴のポールを引きずりながら、少しだけ早足になる。
もう抜いちゃおうかな
「やったー!リナちゃんが笑ったー!」
「笑ってねぇし!」
「はい嘘つき〜罰として俺と一緒にシャボン玉する刑〜!!」
「え、なにその意味わかんない罰」
「いいからこれ持って!」
そう言って渡されたのは、100均で売ってそうなシャボン玉セットだった。
「これも持ってきてたの?」
「うん!ずっと一緒にやりたかったの、ほらリナちゃん吹いてみて!」
しぶしぶストローを手に取って、吹いてみる。
ふわり、と風に乗っていくシャボン玉。
それを見た満桜はまるで小学生みたいに目をまん丸にして叫んだ。
「うぉー!きれーい!!まじで空飛んでるみたいじゃん!」
「空飛んでるんでしょ、それは」
「いや、でも、なんか生きてるみたいじゃない!?はぁーーすげぇー!」
本当に目をキラキラさせてる。
そこらの子どもよりも子どもらしくて、バカみたいに純粋で。
「よし、次は俺の番な!」
「え、まってその量入れすぎ」
「いくぞー!ふんっ!!」
吹き方を知らないのか思いっきり上を向いて吹いたせいで口に入った
「うわっ!!しょっぱ!なにこれしょっぱい!!」
「当たり前でしょ洗剤なんだから!」
「えぇ!?まじ!?毒じゃない!?俺死ぬ!?やばい!?」
「はいはい、うがいしときなって」
「えーん、リナちゃん助けて〜俺の命が〜」
「大げさあははは」
吹き出してしまった。
なんかもう、バカすぎて、面白い。
「やっと笑ったーーー!!!勝った!!!俺の勝ちー!!!」
「誰と戦ってんのよ!」
大声で笑って、走って、シャボン玉追いかけて。
まるで、入院患者じゃないみたいだった。
明日にはまた静かな病室に戻らなきゃいけないのに、そんなの、全部忘れてしまいそうになる。
「じゃあ次は、スイカ割りしよう!」
「ねぇ!?どうやって持ってきたのそれ!?」
「看護師さんの冷蔵庫にあったからもらった!」
「嘘つけもらってないでしょ!?」
満桜は笑いながら、目にタオルを巻いた
「じゃあ俺からね!せーのっ!」
「いや、棒は?」
「あ」
「忘れんなよ!!」
そうして、二人で笑って、ツッコミ合って、何度も何度も笑って。
日が傾くにつれて、河川敷に長い影が伸びていった
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