第47話 世界樹
僕は……
首はまだ、繋がっていた。
目の前には砕けた日本人形。
そして床に突き刺さった斧。
床には、蔦が落ちていた。
斧で断ち切られたようになっており、片側は僕の首に伸びていた。
ヒリ……
もう締め付けられる感覚はないのに首に残る痕、その痛みがそのまま恐怖に変わる。
もしあのまま、締め上げられていたら……
ゾクリ。
背筋が、凍るようだ。
目の前にいる日本人形もそうだ。
何故か砕け散っている。
まるで何かに叩き壊されたような、あるいは破裂したようにも見える。
僕は音を立てないようそっと手を横にずらした。
指先に当たるノートの背表紙。日記だ。
僕は日記を掻き抱き後ずさった。
日記、日記……
尻餅をついた状態でずるずると下がるとやがてどこかの机にぶつかった。
ガタッと言う音を立て机が僅かに動いたけれど、砕けた人形も、切れた蔦も、床に突き刺さる斧も、動きはしない。
窓の外、伸ばされていた枝は天に向いている。
暴れていた大木は沈黙し、紅い雨も上がっていた。
トンカントンカン、小気味の良い音が外から聞こえてくる。
日記、日記……
僕は抱きしめた日記が気になった。
日記は、無事だろうか。
外装に問題はない。
中を確認する。
いつもの、日記だ。
ペラペラとページをめくっていく。
無かったはずの日記がまた書かれていた。
【日記82ページ目】
あぁ、ダメなのにダメなのに。
どうして傷つけてしまうの?
いけないよ、いけないの。
あの人に嫌われちゃう。
私はあの人に嫌われたくはないと言うのに。
あの子は強くて賢いの。
でもね、本当は弱くてもろい。
頑張って、努力して、磨いて。
真面目でしっかり者だけど、すごくすごく我慢しちゃう。
でも、そんな我慢を、弱味を見せないから、誰も気付かない。
我慢して、我慢して、我慢して……
ずっと我慢してたから、決壊してしまったの。
ダムみたいにね。
暴れて、壊して、それが自身の裏返しと気付かずに。
壊れたフリをして、あるいは壊れて見せて。
もしかしたら本当に壊れてしまったのかもしれないそんな危うさも、全部全部押し込めて……
いつか終わる夢の果て、どうか手遅れになる前に、気付いて欲しいと願ってた。
手遅れが何か知らぬまま、私はそれでも願ってる。
終わりくる未来の前に、不死鳥の如く蘇る事を。
静かに刻む時の音。
今は終わりを告げる音。
木こりはついに斧を振るう。
大きくなりすぎた木を切るために。
全てを終わらせるために。
ーーーー
窓に駆け寄り下を見る。
どこから出てきたのか、眼下にはまた日本人形達が斧を持ってトンカントンカンと木を切ろうとしている姿が見てとれた。
削られる事を厭わず、大木は静かに立ち尽くしていた。
あの暴れた木は何だったのだろう?
なりをひそめ、沈黙を守る様は嵐の前の静かさとも、白装束に身を包み髻を切り落とした武将のようにも見える。
力を持つ者の責を問われるように立ち尽くす大木の雄大な事。
力強く、逞しく、何者にも負ける事のない大きな木。
嘆きの紅に濡れるあの、目を奪われる妖艶な煌めきを誰も奪う事はできないだろう。
僕は、見惚れていたのかもしれない。
いたたまれなくなった日記が、僕の手から滑り降りる。
日記は僕に見せるようにページを開いた。
【日記83ページ目】
大黒柱って、家の中心で全てを支える柱なんだって。
ひび割れてしまったら、その家はもうダメでしょう?
ほら、もうすぐ終わるね。
物語の幕はいつか降りるものだから。
ただ、あなたに幸せになって欲しかった。
私の願いは捻れて切れてしまったけど、どうか最後の時だけは、あなたの心が救われますように。
ーーーー
日記はこれしか書かれていなかった。
ただ愛おしむように書き連ねられた
それは一種の恋文にも似て切なげだ。
静かな教室。穏やかな空間。
そして何より、
それは雪溶けのように儚い、誰かの日記だった。
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