第22話 みっつめ、視線の先に

 音楽室の中に入る。


 分かってると思うけど、誰もいない。


 ピアノが勝手に動く?

  わけあるんだよね、怪談だもんね。


 もう驚かないよ。


 ものすごい数の視線を感じるけど、しつこいようだが誰もいない。


 分かってるよ。

 飾られた音楽家たちの肖像画が動くんだろ?


 あぁ、知らんぷり知らんぷり。

 すごく見られてるけど知りませんよ。

 僕には何も見えてないし聞こえてませんから……


 なんて、無視を決め込んでいたら突然雷の轟音がした。

 同時に、ピアノの鍵盤が激しく打ち鳴らされ有名な音楽家たちが声なき声を張り上げて歌う。

 大地を揺らす大地震かのように思えたのは一瞬。

 一斉にガタンと音を立てて肖像画も止まった。


 軍隊の整列を思わせる華麗なだった。


 ……


 …………


 なんと言うご都合主義。

 普通これだけ揺れたら何かしら落ちている事だろうが、揺れる前と変わりゃしない。


 ……唯一変わっているとすれば、先ほどまであった視線だろう。


 有名音楽家達が思い思いの方向を見ている。


 ……本来はこうなのか?


 いや、違う。


 視線の方向が不自然な肖像画もいる。


 よく見るとどの肖像画も顔を歪め、目を背けているように思えた。


 視線の先を目で追うと

  1人だけ明らかに何かを見ている肖像画がいた。


 その視線の先には

  ……ピアノがあった。


 ピアノの方を調べてみる。

 ……ピアノに異常はない。


 ないのだが代わりに

  引き裂かれた着物と、古びた琴。

  そしてその琴の弦は全て切れていた。


 ……なんだ?これで終わり?

  ……拍子抜けだな。


 雷に打たれたように焦げた琴。

 覆い被さるように置かれた引き裂かれた着物。


 もしかしたら、誰かいたのかも知れない。


 その誰かも、雷に打たれて消えたのだろうか。

 琴の中央にバリバリと砕けた大穴が空き、そこを中心に焦げている。


 ズタズタに引き裂かれた事以外美しいままの、不自然なほど汚れていない着物。

 誰かが作為的に置いたようにも見える。


  何故?


 僕には分からなかった。


 もう考えるのもやめよう。


 ここにはもうこれ以上何もない。


 なんとなくそんな気がして、探すのをやめた。


 次のスポットは美術準備室。


 隠された肖像画だったか?髪が伸びるとかって話だけど、ぜひ隠したままにして欲しいところだ。

 石膏像が動き出す、だっけ?

 どんな動きを見せてくれるやら……

 できれば優しくエスコートしてもらいたいね。

 追いかけられたりしたくないし。


 自嘲気味に次の事を考えながら音楽室のドアを開けて廊下に出た。


 振り返らずに。


 だから知らない。


 後ろに、肖像画とは違う視線がある事に。


 音楽室に似つかわしく無い日本人形が、肌着のままそこにいた事を。

 その人形が、赤子を抱えるように大事そうに焦げた板を抱えていた事を。

 そしてその板に、切れた弦が絡み付いていた事を。

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