第3話 かいだん
教室を出る。
廊下は薄暗く夕焼けの赤すら入ってこない。外はいつの間にか曇ってしまったらしく空も濃いグレーに変わっている。
……直に雨が降るだろう。
学校なんて構造はどこも変わらない。大抵両端に階段があり、中間付近に踊り場があってそこにも階段があるはずだ。
迷った時は左手の法則。左手を壁に当てて進めば良いんだったよな……って、別に迷路に迷い込んだわけでもないのに何してるんだろう?
僕はひどく自信を失くしてしまっているようだ。
……気付いたら何か得体の知れない恐怖に支配されて指先が震えていた。
ゆっくり、ゆっくり……
僕は足音を立てないようにそっと歩いた。左手は壁につけたままだ。
ゆっくり、ゆっくり……
そーっと、そーっと……
コツッコツッ……
それでもわずかに響く自分の足音がやけに大きく聞こえる。
しばらく進むと少し広い空間に出た。踊り場かな?階段を探そう。
コツッコツッ……コツッ
おかしい。
僕は今止まったはずなのに足音が遅れて聞こえた。
僕は慌てて振り返った。
……誰も居ない……
僕は振り返った拍子に壁から手を離している事に気付いて慌てて手を伸ばした。
左手が壁に触れる。
良かった。
僕はそのまま壁伝いに進んだ。
どの教室も明かりがついていない。
もう誰も居ないのだろう。
少し進むと不自然に明るい部屋が見えた。
どこかの教室だろうか。
そっと中の様子をうかがう。
外には恐ろしく大きな木の幹が見える。
カサッ
風もないのに何かが足元に舞い落ちた。
ノートの切れ端のようだ。
ーーーー
【日記失われたページ】
私は妄想癖があるらしい。
本当なのに誰も信じてくれない。
私は……
おかしな学校に行く事がある。
おかしな学校には誰も居ない。
出口も、無い。
ある時突然その学校に迷い込み、
いつの間にか追い出されてしまう。
そこはあの人が居ないと、
来る事も行く事もできない場所。
そこは全てがあの人のもの。
でもあの人は、
ここを私のモノと言う。
……何故?
ーーーー
日記の主はおかしな学校と言った。ここがもしそうだと言うならこの日記に出てくるあの人を探さないといけないのだろうか?
あの人とは一体……
教室の中には机がたくさん並んでいる。
ガランとした教室、どの机にも何も置かれていないし何も入っていない。
床にはノートが一冊落ちている以外何も無い。
僕はノートを拾い上げた。
何故だかひどく気になってしまう。
僕はノートを胸に抱いて周囲を見渡した。
今、この空間は異常だ。
……早く家に帰りたい。
焦る気持ちとどこか冷静な気持ちとが入り混じって妙な気分だ。
しかしこのノート、なんだってこんなところに……
僕はなんとなしにページをめくった。
【誰かのノート】
今日から日記をつける事にした。
先生が日記をつけるように勧めたからだ。
でも、日記か……。
何を書けば良いのかな?
思いつく事なんて何もないな……。
ーーーー
日記……?
僕は背にじとりと嫌な汗が流れるのを感じた。
これはただの日記じゃない。
……さっき僕が読んだ日記だ。
この、お世辞にも綺麗とは言い難いが丁寧に書かれた文字には見覚えがある。
どうして、ここに?……
周囲を見渡す。
窓の外には日を遮る巨木。
おかしい。
掲示物も、黒板も……最初に居た部屋だ。
僕は、いつの間にかもと居た教室に戻ってきてしまったようだ。
……続きを、見ないと……
何故だかそう思った。
見てはいけない、でも見ないと……
妙な義務感に押されて僕は再びページをめくった。
【日記9ページ目】
今日テストの結果が出た。
今回もあの子が1位なんでしょ?そう思っていたのに……
あの子は1位じゃ無かった。
珍しい……
ーーーー
あの子、は おそらくあの子の事だろう。
いつも1位だったからなんとなく覚えてる。
学年トップをひた走るあの子は性格も良く正義感があって弱者に優しいと評判だ。
何をしても何でもこなせる子って羨ましいよなぁ。
……僕にはできない事が多いし、本当に羨ましい……
……あれ?そう言えば同じクラスになんか冴えない、中途半端な奴が居た気がする……
あの子はその半端者ともよく一緒に居た気がするな……
誰だったろうか……?思い、出せない……
【日記10ページ目】
時折どこか遠くを見ている気がする。
自分のようで他人のよう。
自分の事なのにまるで他人事のようで、そんな事ばかり言っていたらまた先生が黙ってしまった。
私の話は面白くないね、知ってる。
あの子の話をしよう。
あの子、1位が取れなくて落ち込んでたな……
でもあれは落ち込むって言うのかな?
何だかイライラしているようにも見えた。
自分はできて当たり前、周りも「あの子はできて当たり前」だと思ってる。
その当たり前が崩れて今回1位の子が注目浴びてたね。
私は下から数えた方が早いし関係ないけど。
私もね、みんなから思われてる。
私はできなくて当たり前。少しできてもまぐれ。
私もね、そう思うよ。
だから……
ーーーー
今回の日記はここで終わっている。
焦っていたのか最後の文章の終わりが読めない。
字とも記号ともつかない何かが書かれている。
殴り書きのような……
「黄色い薔薇だね」
誰かの声が聞こえた気がした。
耳元がざわついて振り返る。
誰も、居ない……?
慌てて周囲を探っても人の気配は、しない。
代わりに、窓際の1番後ろの席にある一輪挿しの花瓶に黄色い薔薇が一輪刺さっていた。
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