第7話 中二病令嬢の更正を命じられるわけがない

『深淵に導かれし真理よ……我が終焉と理を識る刻は、今ここに――!』


 映像が終わった瞬間、室内の空気がピタリと凍りついた。


 俺は言葉を失い、ただ立ち尽くす。


(……う、嘘だろ……?)


 葬ったはずだった。

 過去に封印した黒歴史。

 それが今、フルHDの高画質で“証拠映像”として再生されていた。


 ローブを着て杖を掲げ、風に髪をなびかせながら夕日を背にポーズを決める俺。

 顔が引きつっているのが、自分でもわかる。


「驚いているようだな、真城一真」

 生徒会長・久遠理鶴は紅茶を啜りながら、まるでこれはただの“確認事項”で、本題はこれからだとでも言いたげに言った。


(……まさか、これを見せるためだけに呼ばれた……なんてことはないよな)


 本命は、これを“脅し道具”に何かを命じられる。そんな予感しかなかった。


「……お嬢様はな」

 唐突に、生徒会長の口調が変わる。


「この映像に映る貴様との出会いをきっかけに、少しずつ……いや、加速度的に変わっていった」


 その声に、わずかに揺らぎが混ざる。


「毎朝、“おいしい”って笑顔で飲んでくれていた私の紅茶が、ブラックコーヒーに負けたときの気持ち……貴様にわかるか……?」


「え……?」


「昔は、“理鶴お姉ちゃん”って呼んでくれていたんだ……それが今や、“サーヴァント”……だぞ……」


 理鶴の肩が、小さく震えていた。

 その背中から滲み出ていたのは、怒りではなく――悔しさだった。


(……この人、シスコンだ……)


 だがその情緒は長く続かない。

 生徒会長はすぐに平静を取り戻し、ぴしりと姿勢を正す。


「小雀お嬢様は貴様のクラスにいる、ひときわ目立つ、美しく尊き女性だ」


「さっきも言いましたが、そんな“生徒会長の妹”らしい方となんて会って――」


 その言葉が終わる前に、理鶴の目が細まり、例の“睨み”が飛んでくる。


(……この視線、まさか……)


 思い出す。

 朝、木の上にいた中二病少女。

 その場に現れた黒服の執事。

 そして、俺を射抜くように睨んできた目――それが今、目の前にある。


 “お嬢様”という呼び方。そして俺の影響で中二病になったという話。最悪の形でつながっていく。


「……まさか……。あの中二病少女が、生徒会長の妹……!?」


「ようやく思い出したようだな。貴様の影響で、小雀お嬢様はあのような姿になった。ならば、責任を取ってもらうのが筋というものだ」


「責任って……」


「貴様に、小雀お嬢様を“元の姿”に戻してもらう。つまり、"更生"だ」


 意味のわからない理不尽な要求に、俺は自分でも信じられないほど熱くなって言い返していた。


「ふざけないでください……! 中二病が自分の責任なんて、理屈が通っていません!」


 ここで引いたら負けだ。

 俺はそう思いながら、続けざまに声を荒げた。


「どうせこの動画を"脅し道具"に、協力を迫るつもりなんでしょう!? ですが、それと貴方の妹と関わるのとじゃ大差ないんです!貴方の妹と関わるくらいなら――俺は黒歴史を晒されるほうを選びます!」


 覚悟を決めて叫ぶ俺に、生徒会長は静かに立ち上がる。

 

「協力……?」


 紅茶のカップを音もなく置き、鋭く言い放った。


「違う。これは"命令"だ、真城一真」


 冷気すら帯びた声。

 そこには、冗談も交渉の余地もない。


「貴様は何か勘違いしている。この件を、決して“感情”ではなく、“事実”で処理するのが久遠家の主義だ」


 机に一枚の紙が置かれる。見覚えのないそれは、罪状が並んだリストだった。

 それを次々と理鶴が読み上げる。


「久遠家の別邸に無断で侵入――住居侵入罪」

「敷地内の果樹を無断で収穫し、リンゴを食した――窃盗罪」

「さらに、木の枝を破損――器物損壊罪」


「残念だが、どれもまだ時効じゃない」


 予想外からの追撃に、開いた口が塞がらない。


「貴様は高校生活が危うくなるとでも思っていたかもしれないが――違う。この命令を断れば、危ぶまれるのは貴様の人生そのものだ」


 生徒会長の目が冷たく光る。


「来週の金曜までに、“改善の兆し”を見せてもらう。健闘を祈るよ、真城一真」


 それだけを告げられ、俺は何も言い返せないまま生徒会室を後にした。


 ――頭が真っ白なまま、廊下を歩く。


 何が起きたのか、正直整理できていない。


 この先が真っ暗だという感覚だけが、やけに鮮明だった。

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