第4話 完璧美人生徒会長なんて存在するはずがない
正面校舎の時計は、8時55分を指していた。
入学式の開始時刻は9時。
あと5分――その場に辿り着いた俺の顔には、余裕なんて微塵もなかった。
面倒事を避け、リスクを徹底的に管理したとしても30分前には到着する予定だった。
――そう、“あの中二病お嬢様”と“恐ろしい執事”に遭遇するまでは。
首を左右に振って、さっきの出来事を頭から振り払う。
ひとつ、深呼吸。気持ちを切り替えて受付を済ませると、クラスと席番号が書かれた紙を渡された。
それを頼りに、体育館に用意された新入生用の席へと向かう。
当然周りには知らない人間しかいない。
俺自身がそれを望んだのだが、その現実を目のあたりにすると委縮してしまう。
やがて、入学式が始まった。
退屈な校長の話が終わり、形だけの拍手が一巡した後、来賓挨拶。
紙に書かれたことをただ読み上げる、心のこもっていない新入生代表の挨拶。
空気はゆるやかに緩みきっていた。
前のめりになって聞いている者なんて、まずいない。
"入学式"という名前がなければ今すぐにでも退席したいくらいである。
――そして。
「続いて在校生代表、生徒会長・久遠理鶴より、挨拶です」
司会の声とともに、壇上に一人の少女が現れた瞬間、それまで完全に弛緩しきっていた空気が、ビリッと音を立てて張りつめた。
真っ直ぐな背筋。無駄のない歩き方。
一歩一歩が、しなやかで、静かで、確信に満ちている。
髪色は白銀。だがよく見ると、黒のメッシュが混じっている。
赤いシュシュで結われた高めのポニーテールが、後ろでふわりと揺れていた。
まるで――鶴のように気品があり、鋭さと柔らかさが共存している。
制服の着こなしは完璧で、誰が見ても一目で「只者ではない」とわかるオーラをまとっていた。
「え、誰……」
「めっちゃ美人じゃね……?」
「あれが生徒会長とかマジかよ......!」
小声が飛び交うが、そのどれもが称賛と羨望に満ちていた。
“高嶺の花”という言葉は、こういう存在のためにある。
だが――。
(……どこかで、見たことあるような……?)
ざわつく空気の中で、一真はひとり首を傾げていた。
目元、髪の印象、姿勢――どこかに引っかかる。
そしてその鋭い眼差しを見たとき、背筋に悪寒が走った。
(……なんでだ。今の視線、なんか、妙に刺さる……)
どこで見たのか――思い出せそうで、思い出せない。
結局既視感の正体には気づけないまま入学式を終えた。
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