~憧れていた先輩~ 1
名なし葉っぱ
憧れていた先輩
私は、小さな広告代理店に新卒で入った。
「 野村 美波 です。分からないことだらけですが、頑張りますので、
よろしくお願い致します。」
緊張しながらも、短く挨拶をした私。職場の人達が、あたたかく拍手をしてくれた。
私は照れながら、職場の人達の顔を覚えようと、名前と顔を見ていた。
私の仕事は雑務だが、コピー取りや、お茶出しや、ちょっとした掃除など、
なにかと結構 わたわた していた。
二ヶ月くらいが 過ぎただろうか、仕事も少し慣れてきた。
「野村さん、すいませんが、これコピーお願いしていいですか?」
一ノ瀬さんだ。私の憧れている男性社員である。
私は、
「はい!こ、これですね、わかりました!」
と、笑顔で答えると、一ノ瀬さんも笑顔で頷いてくれた。
(か、か、かっこいい……)
私は多分、顔を赤くしながらコピーを取っていただろう。
一ノ瀬 政輝 28歳 独身 容姿端麗で、モデルや俳優をしていると言っても信じてしまうくらいだ。
お酒が好きで、特に今は ウィスキーが好きで詳しいらしい。
私は、一ノ瀬さんが同僚と話をしているのを、耳を尖らせ聞いていた情報である。
女性社員は、年配の人が私の他 3人いたが、
やはり、一ノ瀬さんは、可愛がられていた。
男性社員とも仲が良く、社長からも可愛がられるくらい。
人あたりが良く優しい一ノ瀬さん。
私から言うと、完璧理想の年上男性である。
私は、一ノ瀬さんに、恋心 と 憧れ を抱いていた。
―――――――――――――――
お昼、職場の人達は、外に食べに行ったり、お弁当だったりだ。
一ノ瀬さんは、必ずお弁当なのである。
私はそれを見る度に、彼女さんがいて作ってくれているのか、一ノ瀬さんが自分で作っているのか、気になって仕方なかった。
無論、私も お弁当だ。私はというと、一人暮らしなので、自炊した夕食の余り物がほとんどの おかずのお弁当だ。
しかし、一ノ瀬さんと同じ職場内という空間で食べれるだけで、
毎日、幸せな気持ちだった。
そんな ある日の お昼、
「今日、卵焼き 失敗してさー、―――――」
という、一ノ瀬さんの声が、
私の耳、いや、頭に、バッコーン と入ってきた。
……自分で お弁当を作っているんだ。
男性同僚と話しているのを、また耳を尖らせて聞く私。
男性同僚が、
「 なら、彼女に作ってもらえよ~ 」
一ノ瀬さんは、
「 いや~、最近 彼女と別れてさ、まぁ、
あまり会ってなかったのが原因っぽくてさ 」
私は、箸を持つので精一杯だった。
(…彼女と別れた?!
今、一ノ瀬さん、彼女はいない!!
一ノ瀬フリーー!!)
私は、変な咳ばらいをしてしまった。なぜか止まらない。
その時、私の止まらない咳を聞いた一ノ瀬さんが
私のところに来て、
「 野村さん、大丈夫? 何か飲んだ方がいいよ 」
と、水をくれた。
私は、嬉しさ と 驚きで、また咳が止まらなくなった。
でも、これ以上は心配させてはいけないと思い、
「 だ、大丈夫です、お水、あ、ありがとうございます 」
と言い、水を少し飲んで、下を向いていた。
私は赤面していただろう。
「 本当に大丈夫?なにかあったら、俺でよければ頼ってね 」
私は、その言葉を聞いて、下を向いて顔を上げられずにいた。
口から出た言葉は、
「 は、はい、…あ、ありがとうございます 」
その時の私の顔は、どんな表情をしていただろう…恥ずかしすぎる。
きっと、一ノ瀬さんは笑顔で頷いてくれて、自分のデスクに戻ったのだろう。
戻っていく足音だけは聞こえていた。
私は、( 一ノ瀬さんが…あの憧れの一ノ瀬さんが、私を気遣ってくれた… )
嬉しさのあまり、その後の一日の仕事は、ポーっとしていたと思う。
仕事が終わり、私は帰り道に本屋に立ち寄った。
ウィスキーのあれこれの本を買って帰った。
私は、自分のアパートに着くと、部屋に入り、
さっそく、買った本をルンルン気分で読もうとした。
一ノ瀬さんが 好きなお酒は今ウィスキーだ。
私は、なにかしらの共通点が欲しかったし、
もし、お話できる日がきたら、
ウィスキーの話で 会話が弾むかもしれない。
そんな単純な考えで、本を買ったのだ。
しかし、私はお酒は呑める歳だが(短大卒なので)
お酒は全く詳しくもなければ、弱い。
ウィスキーなんて呑んだら、一口で眠ってしまうと思う。
でも、ウィスキーの知識は あってもおかしくはないはず。
私は、ウィスキーの本を、むさぼるように読んだ。が、
全くというほど、わからない……。
やはり、ちゃんとウィスキーを呑んで、味を知らなければ
意味は無いのか。
でも、せっかく買ったし、味は知らなくても、
種類とかは知っておいた方がいいなと思い、
色々と覚えようと必死で読んだのだ。
短大にいた時よりも 勉強している気がした。
いつものように会社に行き、雑務をこなしていた私。
休憩中は、ウィスキーの本を読むようにしていた。
もしかしたら、一ノ瀬さんが教えてくれるかも、と期待しつつ…。
…しかし、一ノ瀬さんは、休憩中は同僚の人達と話しをしたりしていて、
私の方など見向きもしない。まぁ、いつもの風景だ。
気にせず、私は無心で本を読んでいた。
と、その時、
「 野村さん、ウィスキー好きなの? 」
と、爽やかな香りと 爽やかな声が、私の耳に入ってきた。
顔を上げてみると、一ノ瀬さんが 私を、、
いや、私の読んでいる本を見ながら、聞いてきてくれた。
私は、
「 えっ、あ、いや、ウ、ウィスキーって どんなのかなぁって思いまして…」
訳の分からない私の返答に、一ノ瀬さんが 微笑んで言ってくれた、
「 あはは、そうなんだ、女の子でウィスキーに興味があるなんて、
なんか意外でかっこいいなぁー 」
かっこいいのは貴方です…と言いたいのを抑えながら、
私は あたふたしていた。
一ノ瀬に話しかけてもらえた喜びと、
ウィスキーに対する自分の変な邪な考えに。
それでも、私は一ノ瀬さんと少しでも話したい一心で、
「 あ、あの、一ノ瀬さんって、お酒 詳しそうですよね…、あはは…」
と、私は照れ笑いしながら 言ってみた。
一ノ瀬さんは、
「 うん、お酒好きだよ、特に俺もウィスキーが好きでさ―――――― 」
私は、一ノ瀬さんがウィスキーが好きな事は よく知っている。
(まぁ、だから本まで買ってしまったし)
一ノ瀬さんは、ウィスキーの話をしてくれているが、
私の耳には、一ノ瀬さんの爽やかな声しか入ってこず、
嬉しさと緊張で、内容までは覚えていなかった。
そして、一ノ瀬さんは私に、驚きの言葉をかけてくれた、
「 野村さん、ウィスキー呑める?
俺の部屋に色々なウィスキーあるけど、
よかったら一緒に呑もうよ、俺の周りって 酒好きは多いんだけど、
なかなか ウィスキー が好きな人いなくてさ。
あ、野村さんがよかったらで全然いいんだけど 」
私は、嬉しさのあまり、直球で言ってしまった、
「 え?! 一ノ瀬さんの お部屋に、お邪魔していいんですか?!」
…今 思うと直球すぎる質問をした自分が恥ずかしすぎる。
「 あはは、いいよ、いいよ。
こんな若い女の子がウィスキーに興味があるなんて、
なんか俺も嬉しいしさ。よければ 明日休みだし、
今日仕事終わってからは
どうかな 」
私は、
「 はい!是非!」
と、笑顔全開で答えた。
一ノ瀬さんも、笑顔で返してくれて、
「あはは、野村さんって 元気で明るくて可愛いね、じゃ、後でね 」
私の頭の中は、お花畑状態になっていた。
一ノ瀬さんと話せた上に、今日 一ノ瀬さんのところにお邪魔できるなんて。
これは夢なんじゃないかと、私は自分の顔をつねった。
…夢ではない。
仕事も終わり、私は段々と緊張が膨らんでいく。
と、その時、
「 野村さん、もう仕事あがれる?」
と、一ノ瀬さんの爽やかな声がした。
「 あっ、はい!」
周りの同僚の人達は、一ノ瀬さんを少し からかった様子で
話しかけていたが、一ノ瀬さんは丁寧に笑顔で これからウィスキーについて私と話したりするんだと説明していた。
誰にでも優しく信頼のある一ノ瀬さんは、
私と二人で帰っても、誰も変な目では見なかった。
街中を二人で歩いていると、
女性達の視線が、一ノ瀬さんに集まっているのに気付いた私。
少し恥ずかしかったが、なんだか誇らしい気持ちにもなった。
一ノ瀬さんのアパートに着いた。
私は、一気に緊張と嬉しさが上がった。
「 どうぞ、入って 入って 」
と、一ノ瀬さんはドアを開けてくれた。
「 お、お邪魔します 」
一ノ瀬さんの部屋は、やはりオシャレで綺麗だった。
色々な種類のウィスキーの瓶が置いてあり、開いている瓶も沢山あって、
その香りだけで、少しクラクラしていた私だった。
私は、
「 わぁ、すごいオシャレな部屋ですね 」
一ノ瀬さんは笑顔で、
「 そうかな、ありがとう、でもウィスキーの瓶だらけでさー――― 」
と、さっそくウィスキーの話をし始めた一ノ瀬さん。
ウィスキーが本当好きなんだなぁと思いながら 話を聞いていた。
一ノ瀬さんは、
最近のお気に入りだというウィスキーの瓶を見せてくれた。
とてもオシャレなデザインで、一ノ瀬さんに よく似合う。
というか、一ノ瀬さんなら なんでも かっこよく見える。
「 野村さん、ウィスキーは呑めるの?」
と、一ノ瀬が聞いてくれた。
私は、
「 あ、私、お酒は弱いんですけど、
なんかウィスキーに興味を持ってしまいまして…」
と、曖昧な私の変な返答に、一ノ瀬さんは、
「 そっかそっか、なるほどね、うんうん 」
と、優しく爽やかな笑顔で返してくれた。
シックなソファーに座って話している一ノ瀬さんが 絵になる。
しかも、二人用ソファーなので、近くて緊張する私。
でも、このまま時間が止まってくれないかなぁ などと思っていた。
…かれこれ 4時間くらい話していた。
私の体感は4分だが。
一ノ瀬さんが言ってくれた、
「 あ、もうこんな時間か、どうする?野村さんがよければ
泊まっていってもいいよ?あ、心配しないで 何もしないし、
俺はソファーで寝るからさ。どうする?」
私は心の中で、
(ぇえ?!お泊まり?!なんか色々恥ずかしいけど、
少しでも長く一ノ瀬さんと一緒にいたい!
…私、、どうする?!)
私の口から出た言葉は、
「 い、いいんですか?!」
だった。なんとも感情むき出しな言葉。恥ずかしい。
一ノ瀬さんは、
「 あはは、可愛いね、うん、いいよ いいよ 」
私はまた赤面していたのだろう。
というか、一ノ瀬さんのベッドで寝れるなんて、
そんな幸せすぎることがあっていいのか?!
私は、
「 わ、私がベッドで寝るなんて申し訳ないので、
私がソファーをお借りしますよ 」
すると、一ノ瀬さんは、
「 じゃぁ、一緒に ベッドで寝るか 」
私は、思わず、
「 ぇえ?!」
一ノ瀬さんは笑いながら、
「あはは、冗談だよ、何もしないって言ったでしょ?
反応が可愛くてつい、ごめんね、あはは 」
私も、あはは と照れ笑いしながらも、内心は少しガッカリしていた。
やっぱり私は、子供扱いされてるよな。まぁ、しょうがないか。
一ノ瀬さんが、
「 あ、俺 少しウィスキー呑んでから眠るけど、野村さんは、
お酒弱いんだよね?ウィスキーは、やめといたほうがいいね 」
と、気遣ってくれた。
一ノ瀬さんは、最近のお気に入りのウィスキーを
高そうなグラスに注ぎ、今日はストレートでいいか と呟き、
クッと呑んでいた。
私は、かっこいいなぁと思いながら、一ノ瀬さんを眺めていた。
一ノ瀬さんは、
「 あ、ごめん ごめん、野村さん 何か飲む?」
私は、
「 はい!なんでもいいです!」
一ノ瀬さんは、オレンジジュースを出してくれた。そして、
「 俺、最近 夜は食べないんだ、
もう こんな時間になってしまったけど、
そういえば野村さん、お腹すいてない?大丈夫?」
私は、食べる事などすっかり忘れていた。
一ノ瀬さんを見ているだけで、お腹いっぱいだった。
「 大丈夫です!なんだか私もお腹すいてなくて 」
一ノ瀬さんは、
「 そっか、じゃぁ、明日なにか ごちそうするよ、
なんか ごめんね、俺、気づかなくて 」
…優しい、優しすぎる、やっぱり中身も外見も
かっこいい 一ノ瀬さん。
私は、
「 そ、そんな、ありがとうございます 」
一ノ瀬さんは、ニコっとしてくれた。
私は、あぁ幸せすぎる。もう何も食べなくてもいい。
一ノ瀬さんといるだけで、お腹も満たされる。
今日は人生最高の日だなぁと思い、一ノ瀬さんとの
二人だけの空間に酔いしれ、満たされていた。
が、しかし ジュースを飲んだからか、私は、
トイレに行きたくなった。
私は、一ノ瀬さんに 照れながら聞いた。
「 一ノ瀬さん、すいませんが トイレは…」
一ノ瀬さんは、
「 あ、そこ右に行って、すぐ左だよ 」
と、優しく教えてくれた。
私はトイレに入り、今から何の話をしようかなぁ、
一ノ瀬さんの寝顔 見てみたいなぁ などとミーハーな事を
考えていた。
とにかく私は今幸せだ、とにかく幸せだった。
部屋に戻ると、一ノ瀬さんはソファーで眠っていた。
こんな私のようなお子ちゃまでも、気疲れしてしまったのかな、
申し訳ないなと思いながら、、
…しかし、寝顔も バッチリ イケメンだった。
一ノ瀬さんのかっこいい寝顔も拝めたし、私も寝た方がいいかなと
思いつつ、ふと、テーブルの上のグラスが目に入った。
さっき 一ノ瀬さんがストレートで呑んでいたグラスだ。
しかも、まだウィスキーが残っている。
私は、呑んでみたくなった。一ノ瀬さんのお気に入りのウィスキー。
なんだか、悪い気はしたものの、残っているし…などと、
自分に勝手な言い訳をして、一ノ瀬さんを起こさないように、
そ~っと、グラスを手にとった。
あぁ、これが一ノ瀬さんが愛用しているグラス。
持っているだけで、幸せな気持ちになった私。
よし、少しだけ呑んでみようと、緊張しながらも、
呑んでみた。…こ、これが、ウィスキーの味…
…あれ?なんか、この味、わかる、私わかるかも?
とっさに グラスの残りをグッと飲んだ。
…こ、この味って、、
麦茶だ。
私は、一ノ瀬さんの寝顔を、体育座りして数分見つめてから、
『 一ノ瀬さん へ
急用ができたので 帰ります
楽しい時間を、ありがとうございました 』
と、書き置きし、静かにアパートを出た。
帰っている途中、無性にお腹がすいた私。
牛丼屋に立ち寄り、つゆだく大盛り牛丼を一気に食べ、帰宅した。
そういえば、最近彼女さんと別れたって言ってたなぁ。
それって、もしかして……。
私が買ったウィスキーの本は、酒好きの友達にあげた。
… 一ノ瀬さんと会社で会った時、私は……どうしよう…
~憧れていた先輩~ 1 名なし葉っぱ @happananasi
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