秘密結社『星闇の覇者』~お嬢様の遊びが世界を変えるらしい~

あざね

オープニング

プロローグ 平凡な朝のこと。






『えー、それでは次のニュースです。若者の引きこもりが話題になるようになって久しいですが、昨今はそういった事例が増加傾向にあり、専門家の間では日本の旧態然とした教育に課題があるとされています。この問題について、政府は抜本的な対策を取れないまま――』



 朝のニュース番組は、今日もこれといって代わり映えしない内容を報じている。政治家の裏金や芸能人の不倫報道、そして引きこもりの増加と社会への懸念。漠然とした不安や不満を口にするくせ、物事の本質については二の次で、とりあえず数字と金銭ばかりを気にしていた。

 私はそんな下らない公共電波に呆れながら、朝食に出てきたスクランブルエッグを口に運ぶ。柔らかな口当たりのそれは、寝ぼけた頭に優しかった。



「玲華、そろそろ出ないと遅刻じゃないのか」

「んー、今日は電車が遅延するから、もう少しだけ大丈夫」

「そうなのか? ……どこにも、そんな情報は出てないけどな」



 お父様がパジャマ姿の私にそう急かすけど、こちらは気にせずコーヒーを一口。

 どこにも情報が出ていないのは、当たり前のことだった。何故ならそれは『これから』起こること、なのだから。

 もっともお父様に説明しても、理解はしてくれない。

 これまでも、ずっとそうだった。



「お父様こそ、今日はまだ会社に行かなくていいの?」

「あぁ、今日は久しぶりにな」

「ふーん、珍しい」



 でも、そのことを恨んだりはしていない。

 だってお父様は普通の人、だもの。大手IT企業の社長として時間に追われる毎日を過ごしているし、私の『趣味』に構っている余裕がないのも理解できていた。

 そんなこんなを話している間に、私は朝食を終える。



「ごちそうさまでした。……そろそろ、着替えてくるね」



 私はお父様にそう告げてから、食器を流し台に運んだ。

 そこに置いておけば、あとはお手伝いさんが綺麗にしてくれる。ついでに手を洗ってから、自分の部屋へと向かった。

 広い廊下を進んで右へ曲がると、そこが寝室。

 諸々の『趣味』の品が転がっているが、特に気にせず私はクローゼットから制服を取り出した。ささっと着替えて、姿見の前に立つ。



「ん、寝ぐせもナシ……と」



 服に皺がないことも確認してから、一つ息をついた。

 鞄を手にして、中身を確認。教科書に必要なプリント、それと――。



「『タロットカード』も、準備よし!」



 これで、用意は大丈夫。

 私は改めて鏡に映った自分を見て、一度だけ両頬をパンと叩いた。そして大きく息を吸い込み、こう宣言する。



「さあ、今日も一日を楽しもう!!」――と。







『えー、本日は人身事故によりダイヤが大幅に乱れており、ご利用のお客様には大変ご迷惑をおかけして――』



 最寄りの駅に着くと、そんなアナウンスが聞こえてくる。

 私がお父様に言った通り電車は遅延し、人の波はいつもより大きなうねりを作っていた。その隙間を縫うようにして進むと、少しだけ開けた場所に自分と同じ制服を着た女子高校生を見つける。


 肩ほどまでの栗色をした髪に、愛らしい横顔。小柄な女の子はこちらに気付くと、その円らな瞳を輝かせて笑みを浮かべた。

 そして大きく手を振りながら、私の名前を呼ぶ。



「星野さーん! おはよー!!」

「えぇ、おはよう。宮原さん」



 彼女の名前は、宮原理子。

 同じ私立高校に通っている友人――いや、親友といって良い存在。実家は近くにある青果店という話で、とにかく純朴そうな印象を強く受ける女の子だった。

 私は軽く微笑みながら、彼女の隣に並ぶ。

 すると宮原さんは、ウキウキとした様子でこう言った。



「ねぇ、今日の休み時間にまた『占い』してよ! 恋愛運!」

「……また? 一昨日、占ったばかりでしょう」

「だって、星野さんの占い、ズバズバ当たるんだもん!」

「だからって、頼りすぎ」

「えー!? 良いじゃない、減るものでもないし!」

「まったくもう、本当に朝から無邪気なんだから……」



 ころころと表情を変える親友に、私は呆れて肩を竦める。

 それでも、彼女の愛らしい姿に思わず笑みがこぼれてしまった。本当に私は、宮原さんには敵わない。入学してから一年が経つけれど、いまの学校に馴染めているのも、きっと彼女の存在があるからだった。



「えへへー……それじゃ、昼休みにお願いね!」

「仕方ないわね。それじゃあ、昼休みに」




 至って平凡な朝の光景。

 嫌いではない、そんな日常の景色。



「でも……」



 やっぱり、どこか刺激が足りない。

 そう思って私は、放課後に待っている『あの時間』に思いを馳せるのだった。


 

――

新作です。

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