第13話   鍵のかかった引き出し

台所シリーズ第4部「台所の世界をかえる」知覧

第13話 鍵のかかった引き出し



だれが、この国の開かずの引き出しを埋めこんだのだろう。父の開かずの引き出しも、海の一粒のようだ。あの特攻隊記念館だけで、太平洋を一粒分。


悲しみが怒りに変わり、さらにその怒りが膨れ上がったら、どうにかなってしまいそうな気がする。

 自宅のリビングのテーブルに置き忘れたSwitchの白シャツ。今を生き、今を歌う君が言った「当事者意識」という言葉が、まるでブーメランのように、私の57年をまっぷたつに引き裂いていく。


戦争を知らないというわけではない。私は育ててもらったのだ。血と汗と、見せない涙で。


この国は、引き出しどころか、いくつものものすべてを奪ってきたのだから。


なんで、もっと早く気づかなかったのだろう。気づいたからって、変われる? 変われない?


飛行機が降りる準備を始める。鳥のように、ライト兄弟が孵したグライダーが、たった200年でクジラのような燕に進化した。バラコさんが言う「品種改良」という技術革新のおかげで、みんなで飛びたいという夢が、たった100年で実現した。


私は、57歳で、この羽田に何度降り立ったのだろう。羽田に降り立ったのは37年前の大学1年の夏。鳥と同じこの風景に涙を流していた。迎えに来た家族は、満面の笑みで私を迎えてくれた。お月様のようにふっくらとした顔で。


羽田を見上げると、いつでも思い出す。成人式さえしていなかった私に、この羽田が、成人になったことを教えてくれた。


飛行機が下りる。その重力のバランスを崩さぬような息遣いとともに、モナ・リザの微笑みのように、知覧の盆踊り大会が、7歳の夏の夜に浮かんでくる。


いつでも、父の手に引かれながら歩いた距離の横で、あの忘れられない光景。思い出しては、やっぱり忘れようと、幻だと言い聞かせていた幼い私が見た光景。


花火大会。何千の火の玉に囲まれていた。「おとうさん、白い魂みたいなものがたくさん見える」と言った私に、父は静かに前を見つめながら言った。「それは、いきたかった人たちの魂なんだよ。こんなにたくさんいるんだよ」って、確かに言った。


何日も眠れなくなった。


怖いけれど、ずいぶん後になって、お母さんに聞いた。「知覧で、火の玉みたいなものを見た。すごい数だった」と。


お母さんは言った。「昔はよくあったのよ。火の玉が。土葬だったからね。骨にリンという成分が含まれていて、それが反応すると火の玉になるのよ」と。


高校の化学の教科書で習った「リン」という言葉が、ポンと出てくるのが不思議だった。


もしかして、お父さんは、まっすぐ前を見ながら、考えてくれていたのかもしれない。どちらにしても、もうお母さんに聞くのはやめようと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る