2.5次元の君に恋をした

如月キャシリア

第1章 理想のヒロイン、降臨

 人は誰しも、“絶対に譲れない理想”ってものを持っている。

 俺にとってそれは、二次元のヒロインだった。


 現実の女なんて、うるさいし、近寄ってくるだけで気持ち悪いし、なんかこう……臭い(精神的に)。

 小学生の頃に色気づいた女子にセクハラまがいのことをされたトラウマのせいか、それとも単純に性分か──とにかく俺は、女が生理的に無理だ。

 美人だろうがアイドルだろうが、胸がでかかろうが谷間が見えてようが、見ただけで胃がキュッとなって吐きそうになる。


 そんな俺が唯一“恋”を感じるのは、創作の中だけだ。

 俺の描いた漫画のヒロイン。名前は【聖詠のミリア・アーデルハイト】──銀髪のツインテールに、凛とした瞳。騎士姫として魔族に抗う強くて儚い美少女。


 誰が何と言おうと、俺の理想はこの子であり、それ以外は全部ノイズだ。


 


 ──そして今、俺は、その理想の化身に出会ってしまった。


 


 「……っ!」


 それはコミケ三日目、昼過ぎの企業ブース近く。

 汗と熱気と殺気が入り交じる灼熱地獄の中、まるで空間が切り取られたように、一人のコスプレイヤーが佇んでいた。


 銀髪のツインテール。微笑みながらこちらを見つめる瞳は、俺が描いたミリアそのもの。

 布の質感、装飾のこだわり、ブーツの擦れ具合に至るまで完璧──いや、完璧以上。

 身体も、信じられないほど……いや、言葉にしようとすると脳がバグる。


 何より、その圧倒的な**“ヒロインオーラ”**。

 それが、俺の前に立っていた。


 「あなたが……“Asakura_Naoki”さん?」


 彼女がそう言った瞬間、全身の神経が逆立った。

 やばい。吐き気が──いや、出ない。 何だこれ。


 「え、あ、えっと……そう、ですけど……?」


 「やっぱり! 私、あなたの“聖詠のミリア”のファンなの。特にあの第五話、あの台詞──“剣は心、斬るは覚悟”ってとこ、大好きで……」


 ドクン、と心臓が跳ねる。


 あれだけ女性に近寄られると反射的に背けていた俺が、彼女には目が逸らせなかった。

 むしろ、もっと近くで見たいと思った。何なら、声も、仕草も、全部記録したい。


 「私、コスプレイヤーやってて。ミリアの衣装、自作で仕上げたの。どうかな……似合ってる?」


 「に、似合ってるどころか……完全に、あの子がここにいるって感じで……」


 言葉が詰まる。こんなこと、今まで一度もなかった。

 どれだけ巨乳美女が胸を押しつけてこようが、アイドルが笑いかけてこようが、俺の体が拒絶反応起こして吐きそうになるのに。


 でも今、俺の胃袋は静かだった。

 ただ、心臓だけがうるさくて、手のひらがじっとりと汗ばんでいた。


 「……あ、私、“レイ”っていいます。モデル兼コスプレイヤーやってるんだけど……今日は、あなたのキャラにどうしてもなりたくて、来ちゃった」


 「レイ……さん……」


 脳が焼ける。

 この人が、俺のミリアを演じてくれてる? この完璧な姿で?

 そして、目の前でこんな笑顔を──


 「……また、会ってくれる?」


 その一言で、俺の人生は変わった。


 


 ──この人、女なのに。

 ──いや、女どころか……生きてる“ヒロイン”なのに。


 


 なぜだ。

 なぜ俺の体は、この人を拒絶しない?

 なぜ、こんなにも惹かれる?

 なぜ……こんなに、ドキドキしてるんだ……?


 


(第1章・了)

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