勇者の剣になった話

首謀S・R!

第1話 俺、異世界で勇者の剣になって抜かれそうになる

突然ですまないが、どうやら俺は『勇者の剣』になっているようだ


石とレンガの家が周りを囲むように立ち並ぶ広場にある噴水の前

そこに置いてある台座に刺さった剣が俺の今の姿だ


台座には「勇者の剣」という札が付けられていたので、俺は勇者の剣なのだろう


目のかわりとなる視界の感覚を広げ、さらに周りを感知してみる


街のあちこちが飾り付けられていて、どうやら今日はお祭りのようだった


勇者の剣を中心にして集まってきていたのは、多種多様な外見を持った獣人たち

噴水を包むように張られたロープの向こうから、こちらを珍しそうに眺めつつ、わいわいと騒いでいた


彼らの中に人間の姿がないのが気になったが、勇者に使われるようになれば世界を周ることになるのだから、そのうち人間も見つかることだろう


そんな風に考えていると、いつの間にか近くに立っていた「犬顔の男」が大声でしゃべりだした


「みなさま、お待たせいたしました!今回のメインイベント、勇者になろう選手権の開催です!」


観客たちの間から大きな歓声が沸きあがった


「ここにありますは、村長の家の地下から見つかってから10年モノの勇者の剣!」


「おおー」の声と共に、皆の視線が一斉に俺に向く


周囲に置かれたテーブルで飯を食っていた奴らも、手を止めてこちらを見ていた


犬顔の司会者はさらに言葉を続ける


「今年はついに、この剣を抜ける勇者は現れるのでしょうか?非常に楽しみで仕方ありません。今年こその期待を込めて迎えましょう、新たな勇者の卵たちを!選手入場!」


規制線を兼ねたロープの一か所に設けられた会場入り口の向こうから、今回のイベントに参加する屈強な男たちが並んで入場し、こちらに向かって近づいてきた


「勇気ある彼らに、勝利と祝福を!」


イベント会場を包む観客たちから、挑戦者に向けた応援と歓声が沸き上がった


---

一番手は『常に最強の男』こと「オブラ=イ=オン選手」


その顔はまさにライオン

その巨体は、はちきれんばかりのムキムキボディ


格ゲーに出てきたら飛び道具系の何かを撃ちそうなマッチョだと思った


ライオン顔は雄たけびを上げガッツポーズを取ると、そのまま勇者の剣の柄に手をかけ腰を落とし、剣を台座から引き抜く体勢に入った


丸太のように太い腕には血管が浮き上がり準備万端だ


彼の取り巻きと思われるトラ顔の連中が「ウォーッ」と歓声を上げ、続けて「イッキ」「イッキ」とコールする


飲み会か!?


俺のツッコミをよそに、犬顔の司会者が手を振り下ろしつつ開始の合図を送った


「はじめっ!」


「ふぐんんんんんんんんぬぬぬぬんうぬぬぬぬっ!!!がああああああっ!!!」


ライオン顔の男が剣を引き抜くべく両腕に力を込める


盛り上がる筋肉、真っ赤になる顔、吹き出す鼻血


だが、俺こと『勇者の剣』は微動だにしない


かなり力を入れられてると思うのだが

俺自身は何も感じないし持ち上げられる感覚もない


何も感じなさ過ぎて、指があったら鼻くそほじってるレベルだ


「そこまで」


時計を見ていた司会が、終了のコールをした


その場に力なく崩れるライオン顔


やはり抜く側に「勇者になる素質」がなければ、俺は扱えないのだろうか?


そんな疑問をよそに、ライオン顔はトボトボと退場門から出ていった


---

次はトカゲ系の種族と思われるマッチョ「キン=キ=ラリン選手」


司会から『きらめく上腕二頭筋の貴公子』と紹介されつつ入場


その名のとおり、光に輝く表皮の鱗が綺麗だ

そんな彼はそのリングネームに恥じない所作で、剣に手をかけた


「はじめっ!」


「ふんぬうううううううううううううううっ!!!」


貴公子?(疑)


「オヴェェェグォベロッ」


貴公子(笑)は気合いを入れ過ぎたのか、俺に向かって昼飯を吐き出した


きたねぇな!


帰れ!


貴公子(自称)は、そのまま失格になった


汚れた俺には桶で水がぶっかけられた


俺、勇者の剣であってるんだよな?


---

次の挑戦者は「フリー・ラン選手」

耳のとがったエルフっぽい姿の、誰が見ても筋力的に無理だなと思う優男だ


だが、意外と勇者の素質があるかもしれない

やる前から可能性を否定するのは良くないな


「はじめっ!」


優男は優雅なしぐさで剣の柄に手を置く

剣を抜くために力を込めたが剣は微動だにせず


「もうだめだ」


優男は開始早々に諦めた


「やはり参加することに意義があるよね」


は?


オリンピック精神が他の世界で聞けるとは思わんかったわ!


つーか、さっきから気になってたんだが

奴の挙動に対して、女性(メスケモ?)からいちいち黄色い声援が響くのがムカつく


異世界でもイケメンはモテるんだな、クッソ


---

「まったくイケメンはよぉ!クッソ」


俺の心の声を代弁しながらやってきた次の挑戦者は

筋骨隆々の低身長マッチョ「ドブ・ロック選手」


他の世界なら「ドワーフ」と呼ばれるかもしれないが、この世界では何と呼ばれるかはしらん


あと、どうでもいいけど酒くっさ

飲んだ状態で抜くんじゃねぇよ

こっちは伝説の勇者の剣


「ふううううんんんんぬううううううううううううっ!!!」


ルール守れ、酔っぱらい!


そんな俺の声を無視し、剣を抜こうと全力でうなり続ける低身長どぶろく


しかし、いくら力を込めても抜けない剣

無情にも過ぎ去っていく時間


そして、まき散らされるゲロ


「グォベロッゥオウェッ」


おまえもかっ!


さっきの貴公子といいコイツといい

この世界のマッチョは吐くのが当然なのか?そうなのか?


それ以前に、吐くほど飲み食いしてから参加するな!


今すぐ台座から抜けて逃げたくなったわ


あ、でも、俺(剣)が抜けたらこのどぶろくが勇者になるのか?

それもいやだな


そう考えてたらまた、桶で水をぶっかけられた


勇者の剣なのに扱いが雑過ぎだろ!


酔いつぶれたどぶろくは失格になり、退場門から出荷された


---

さて次は


おお!なんということだろう


天に向かってそびえるツンツン頭、伝説の鎧っぽい装備を身にまとい、数人の旅の仲間を引き連れた人物「デン=セッツノ選手」


犬の顔であることを除けば、見た目がいかにも「勇者」確定な挑戦者の姿が見えた


ついに、ついにやって来た

俺の無双伝説はここから始まる!


「転生したら勇者の剣になって無双した件」という物語を作れと、神は言っているに違いない!


さぁ早く抜いてくれ、お前のその手で!


勇者風の男は気合いを入れると、開始の合図とともに

全力を込めた腕で俺を台座から引き抜き始めた


「ふんぬうううううううううううああああああがががあああああああっ」


膨れ上がる筋肉、血走る目、気合いの入った雄たけび


俺は思った

奴は、格が違う!

そうだ、勇者の物語はここから始まるのだ!


全編数万ページにおよぶ俺らの物語は、やがて世界をめぐる伝説となる


その雄姿はこの異世界で未来永劫語り継がれることになるのだ!


「リタイアします」


はっ?


「いやー、やっぱムリだったわ」


勇者風の彼はそう言うと剣から手を放し、「だろうなーw」と苦笑いする仲間たちのいる見物席に向かって照れくさそうに頭をかきつつ、戻っていった


まてまてまてまて!?

あきらめるの早すぎだろ!


つーか、よく見たら奴の鎧の後ろはヒモで縛ってるだけ?


勇者っぽい恰好をしただけのコスプレ野郎じゃないか!


俺の期待を返せ!


あー


もういい


次は?

次!

いってみよう!


「えー、今年も勇者の剣を引き抜ける勇者は登場しなかったので、今回の剣は次回持ち越しという事で、剣だけに」


こら司会者!微妙にうまい言い方しやがって、って、まて

お前らどこへ連れていくつもりだ?


司会の終了宣言と同時に、どこかから現れた複数のマッチョが

台座ごと俺を持ち上げ移動させ始めた


「おーれーはーゆーうーしゃーのーけーんーなーんーだーぞーーーーー」


俺は叫び声をあげながら抵抗するも、その声は誰にも届くことはなかった


そして抵抗虚しく、俺はどこかの家の地下倉庫に台座ごと仕舞われることとなった


---

その夜、猫顔の老人がランタンを持って地下倉庫への階段を降りてきた


そして、台座に刺さったまま放置されていた俺を眺めながら言った


「うむ、魔王の奴、今年もまだ眠ってるようじゃな」


うん?どういうことだ?


「魔王がいなければ勇者も必要なかろう」


ああ、そういうことか


魔王復活の「リトマス試験紙」にされていたんだな俺は


てことは、本物の勇者の剣だったのか


扱いがアレだったけど


「という訳じゃ『異界の勇者』よ。いきなり呼びつけてすまんかったな」


猫顔の老人はそう言うと、持っていた杖で剣の柄を軽く小突いた


直後、勇者の剣から抜け出す感覚とともに、俺は気を失った


---

気が付いた俺は、どこかの病院のベッドにいた


病室に差し込む柔らかな日の光

遠くから聞こえてくるラジオ体操の音


向けた視線の先には、こちらを見ている看護師の姿


「先生、患者さんの意識が戻りました」


ああそうか、俺は…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る