第28話


玄侑に、彼と先代、そして『嘆き』についての説明を受けた後、香月はそれについて考えることが多くなった。

香月の力を封印したのは『奴』……つまり『嘆き』だと、初めて神世に来たときに玄侑が説明してくれた。その『嘆き』が妖魔を生んでいるのなら、妖魔が『玄侑』の属性である夜にしか現れないのも、『嘆き』が封印をした証である香月から流れる黒の血を欲して妖魔が襲ってきたのも、全て説明が付く。

とすれば、鷹宵が言っていた、十六~七年前から妖魔が人世に多いというのも、理屈が通る。香月が生まれたからだ。この事実を香月がひどく憂えていると、玄侑は香月の命と『嘆き』の封印を分けて考えるよう、説いてくれた。


「もし奴が封印をしなければ、君は蓮平で俺の力を増す遣い手として重宝されたはずだ。そして力を有したまま蓮平に居れば、もっと早くに俺が君を見つけた。だから最近妖魔が多いのは奴の所為であって、君の所為ではない」


まっすぐに香月を見、はっきりとした声音で説く玄侑の言葉に、香月は彼と会って掬われたのは、これで何度目だろう。それほどに彼は香月のことを命の価値ある人間と認め、前を向くよう促してくれる。

そういう意味では香月は神世に来た頃と何ら変わっていないような気がするが、しかし右も左も分からなかったあの頃に比べて、少しは自ら判断ができるようになった気がする。丹早や白陽と話すことが出来たし、その結果玄侑に帰るものがあった。それは香月が自信を得ることにも繋がり、蓮平に居た頃とは違う時間を歩いていると分かる。闇は必ず明け、次の時間が来るのだと知れたのは、香月の人生において、大きな転換だった。

そう振り返るだけの時間があった中で、夜斗が玄侑に頼まれて、香月にあつらえた着物を屋敷に持ってきた。こればかりは香月が行動した結果とは言えないものだが……。


「玄侑さま、お買い求めになりましたねえ……」


香月の部屋にずらずらと持ち帰ってきたものを並べた彼女の感嘆の声に、香月に見繕えといったのはお前だ、と玄侑は反論した。その隣で香月が赤くなったので、それを見た夜斗はなんとも微笑ましい気分になる。


「いえ、まあ、悪いことだと申し上げているわけではなく……。ええと、なんというか、意外だったので」

「別に良いだろう。しまう場所に困るわけでもなし、お前だって目の保養になるだろうが」


この、常に物事に対して淡泊だった主が、自分の言葉に少し動揺しているように思えるのも、夜斗にとっては新鮮だ。やはり先だってのやりとり通り、主と香月の間には確固たる絆が生まれているのだ。そう思うと、主を思う眷属として、喜ばしい気持ちを噛みしめる。それを露わにすると、主のへそが曲がってしまうといけないので、言葉にすることは控えるが。


「はい、それはもちろんです。特にこの金銀の刺繍はキラキラしていて美しいと思います。私が烏だからでしょうか」

「そうだろうな」


夜斗と玄侑の会話で、夜斗の変化(へんげ)の姿が烏なのだということを知る。


「夜斗さんも、鷹宵さんのように大きくなるのですか?」


香月が問うと、私は若輩者ですから、と夜斗は笑った。それに対して鷹宵が、夜斗はそれで良いのですよ、と言った。


「あなたが年かさの女だったら、香月さまは神世で萎縮してしまったでしょうね。年若のおなごが二人居ると言うことは、お互いにとってそれだけで価値のあるものです。そうですよね、玄侑さま」

「さあ、それは俺に聞くべき問いではないと思うが」


確かにそれはそうだ。


「しかし、屋敷のおなご二人が華やかな衣装に目を輝かせている姿は微笑ましいでしょう。帝都で楽しまれたようで、何よりでございました」


茶化す鷹宵に、玄侑はやや口を曲げる。眷属二人にやり込められている玄侑というものを見たことがなかったため、この光景は香月にとってとても新鮮だ。


「だが、香月には恐ろしい思いをさせてしまった。詫びてもすまないところだ」


奥歯を噛んで悔しそうな彼に、思い悩まないでください、としか言えない。香月の辛い心中を察したのか、玄侑は話し向きをやや変えた。


「鷹宵。際の揺れは作為的に行われていた。蓮平の悪事によるものか、あるいは……」


玄侑が言葉を濁すと、鷹宵もまた思案した様子で言葉を発した。


「では、今一度改めた方がよろしいですか?」

「頼めるか。白陽のよこした薬を飲んでいる間は、あまり人世へ出ない方が良いからな」


先日、白陽がこの屋敷にやってきた。玄侑への届け物だと言って持ってきたものは薬包紙に包まれた薬だった。

その薬は、今の玄侑が神世になじむよう純化するための薬で、白陽の熾す神力から出来ている。白陽の言によれば、香月を得て、強さと弱さを同時に持った玄侑がそれでもなお、香月を求めるのであれば、半身である己を御する以外にない。その為の薬ということだった。

自分を嫌っていた白陽が何故、と思えば、おそらく神山で香月と何かあったのだろうと推測できた。だから薬をありがたく受け取れたし、それ故今の玄侑と人世の気は相性が悪い。それを理解している鷹宵は即座に頷いた。


「急ぎ、人世へ参りましょう。玄侑さまは治癒に専念してください」


立ち上がった鷹宵はそのまま部屋を出て行く。玄侑がそれを思案する様子で見守る横で、心配そうな香月を気遣って夜斗がことさらに着物の話題を向けた。


「香月さま。せっかく夜斗が持って帰ってきましたので、いろいろ試してみませんか? 玄侑さまも香月さまがお召しになることを楽しみにして、お求めになられたのでしょうし」


夜斗の気遣いに玄侑も気づいて、そうしてみろ、と香月に求めた。香月がその言葉に、玄侑をじっと見つめる。


「玄侑さまのご心配が晴れないのに、私だけが楽しむ気持ちにはなれません……」


そうなのだ。憂いを抱える玄侑の前なのに、それを解消する術を持たない香月が脳天気に笑う気にはなれない。しかし玄侑はそれを否定した。

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