第二話 ――黒衣の来訪者と、王都のざわめき
王都ベルグラード――その中心に位置する聖王城では、祝祭の準備が進められていた。
王国建国二百年を祝う式典。
貴族や豪商、各地の領主たちが招かれ、華やかな舞踏会と騎士団の閲兵式が催される。
王国騎士団の隊長ライガと、魔導団副団長シルビアは、今年の式典で功労者として表彰される予定だった。
「やっぱり目立つって最高ね。ようやく、私たちが“英雄”と呼ばれる時代が来たわけだし」
シルビアは誇らしげに胸を張り、黄金装飾のローブをひらめかせる。
「……おい、シルビア。あいつのこと、考えたりしねぇのか?」
「……あいつって、誰?」
「カイだよ、墓守の。三年前、俺たちが追い出した」
ライガがふいに漏らしたその名前に、場の空気が一瞬だけ凍りついた。
「……何、それ、今さら後悔?」
「違ぇよ。あいつの墓守って職業、あのままじゃ終わる器じゃなかった……そんな気がしただけだ」
「バカね」
シルビアはぴしゃりと否定する。
「あいつは“地味”で、“役立たず”で、“空気”だったのよ。
私たちは正しいことをした。不要なものを排除しただけ。
あいつが今どこで何してるかなんて、どうでもいいじゃない」
その瞬間、遠くで鐘の音が鳴った。
――ゴォン、ゴォン……
高らかな音ではなかった。むしろ、耳の奥を打つような、不吉で低く響く鐘。
「……今の、なに?」
「わからねぇ。城門の方角からだ」
次の瞬間だった。
「魔物だ! 西門から魔物の群れが侵入したぞッ!!」
兵士の絶叫が王城に木霊した。
「何だと!?」
ライガは腰の剣を抜き、シルビアも魔力を収束させる。
「王都は結界で守られてるはずじゃ……!?」
「突破されたってことだ。何者かの手によってな」
◆
――王都 西門 地下
門番の死体が、無残に折り重なっていた。
血は流れていない。代わりに、全身が氷のように凍てついており、眼窩は虚ろに開いていた。
「……門が開いたまま……?」
一人の若い騎士が呟く。
そこに、黒い霧が立ち込めた。
「ひっ……な、なんだこれ……息が……!」
空気が凍てつくような寒気が、兵たちの肺を締めつける。
やがて――その霧の中から、一人の男が歩み出た。
黒の鎧を纏い、無数の鎖を引きずりながら進むその男の姿に、兵士たちは一瞬で凍りついた。
「お、お前は……!?」
「久しいな、ライガ。シルビア。……俺を、覚えているか?」
その声は、かつて彼らが聞き捨てたもの。
今は低く、重く、そして――“威厳”に満ちていた。
「カイ……!? なんで……生きてる……?」
「俺は、死者と共に歩いていた。冥府の王としてな」
その背後――霧の中から、無数の骸骨兵、黒騎士、そして獣のような巨人が続々と現れる。
「これは……不死者軍団!? 一体、何体……っ!?」
「千を超える亡者たちが、俺の誓約に従って集った。
そして今日、俺はこの腐った王国を――正す」
「ふざけるなァッ!!」
ライガが咆哮と共に剣を抜き、カイに向かって突進する。
彼の剣技は王国随一、かつて数多の魔物を切り伏せた猛者。
だが――その剣がカイに届くことはなかった。
「……愚か者」
カイが指を一本、弾いた。
次の瞬間、ライガの剣は空中で粉々に砕け散り、無数の黒い手が地面から生えて彼の四肢を絡め取った。
「がっ、うあああああッ……!?」
「貴様らの罪は、“無知”ではない。“侮辱”だ。
命を軽んじ、魂を穢し、他人の尊厳を踏みにじった――その報いを、受けろ」
カイの目が光を宿す。その瞳は、もはや人間のそれではなかった。
そこにあったのは――冥府の支配者の、冷ややかな視線。
「不死者軍団――“霊封陣形”を展開せよ。
この王都ベルグラードを、今宵、冥府へと落とす」
◆
王都の空が、黒く染まり始めていた。
闇と死者の行進が、静かに、だが確実に――すべてを覆い尽くしていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます