第13話 苦し紛れの金策

 今日は、この場で野宿しようか。最初は、釣りを楽しむ為だけに来たのだが、川の周りに魔物の姿が一切出現する気配がなく、比較的安全だと分かると、静かに持ってきたシートを地面に敷いた。野宿する理由は他にもある。それは、単純にこの場所が気に入ったからである。


 丁度この日が、晴天に恵まれていただけかもしれない。しかし、俺はこの目に優しい草木が芝生のように生えて、下に暖房を入れているかのようにほんのり温かい地面が忘れられなくなっていた。過去に何度か遠目からは見たことはあったが、こんなに良い場所とは思わなかったな。


 還暦を超えてから、ここでまったりと釣りを楽しむのも悪くないな。と老後の密かな計画を練っていると、森の奥からがさがさと音を立てて、いつの間にか居なくなっていたユニが姿を現した。手には両足を掴まれ、体をばたつかせている野兎を持っていた。


「狩りは得意なのかい?」

「得意という程ではないですけど、よくイリアちゃんと一緒に兎や小型のイノシシを捕まえていましたね」


 再び焚火の準備をしながら、彼女が答える。今度は迷うことなく薪を組み立てていく。2度目とはいえ、その手際の良さに関心した。その後は、少々残酷だが、大きめな石で兎の頭を砕き、革を剥いでいく。ニジマスを刺したの時に使った余り物の串を肉の中にぶっ刺し、燃え上がる炎の傍に置いた。革の剥ぎ方も少々ぎこちないが、経験があることを伺える。『お肉焼くの得意なんです』って言ってたけど、どうやら嘘ではなさそうだな。


 ユニの馬鹿力で肩が破壊された俺は暫く動けずにいた。彼女に介抱されて、気づけば午後の6時を過ぎ、夕日が山の中へ消えかかっていた。ふわ~っという声が聞こえたので、彼女の方へ顔を向けると、じゅ~っと音を立てて、徐々に焼かれていく野兎の肉に目を奪われていた。


 君、さっきから食ってばっかりじゃない?そんな疑問をぶつけたくなったが、ぐっと抑えた。


 ぱちぱちっと焚火の中で薪の水分と森の中から運んでいた落ち葉と枝が弾け、火の粉が上がる。二人共何も喋らず、無言を貫いている。俺はこの静寂が好きだ。活気に満ちた街を歩く人々の足音や話し声、時に怒号が飛び交う騒がしい酒場の雰囲気。どれも長く冒険者をやって来た身には、馴染みの風景だった。だが、中でも一番好きだったのは、冒険の途中に野営し、寝静まる仲間を見ながら、熾火と森の囁く音に耳を傾けている瞬間だった。


 じっくり炙った肉を食べ終わり、すっかり落ち着いた熾火をじっとを見つめるユニを横目で見る。


「眠かったら、先に寝てもいいよ。俺が見張っているから」

「いえ、お気遣いなく。先生こそ先に寝ても構いませんよ。私、もうしばらくこの心地よい炎の音を聞き、くつろいでいたい気分なので」


 君も俺と同じなんだな。不意に彼女と同じ共通点を見つけ、嬉しくなった。そういえば、この子のことをまだ全然知らないな。あの怪力の謎も分からない。知っているのは、冒険者を始める前にとある村に住んでいたということくらい。夜が更けるまで時間がある。この疑問を聞く為、口を開きかけたが止めた。もしかしたら、誰かに詳しく教えたくない過去かもしれない。仮に聞くとしても、それは彼女との絆が深まってからにしよう。勝手に納得し、黙って徐々に小さくなる熾火を見つめた。


 暫くすると、再びふわ~っという声が聞こえた。横を見ると、ユニが今度は欠伸をしていた。


「ユニ、無理しなくていいよ。少し横になったら?」

「はい~、すみません。じゃあ、先に寝ます」


 彼女は、横になるとすぐに可愛い寝息を立て始めた。いや、早すぎない?正確に測ってないけど、多分寝るまでに2秒くらいしか経ってないと思うけど。思わず、ずっこけそうになった。


 深く目を閉じ、時折寝言を言う彼女を暫く見て、ふっと笑う。そして、徐々に夜が深まる空を見上げた。


 冒険者としての、技術も知識も確実に、身に付き始めている。後は、マーモスさんに依頼している新武器を購入する為の金だな。あの人、怒ると怖いからな。本当は、後払いとか嫌いだから、残り6日で何とか購入金額を用意しなきゃな。


 ぽりぽりと頭を掻く。明日、ギルドに行って、手頃な依頼があるか確認してみるか。ゴブリンの他にも危険な魔物は大勢いる。ユニに任せられる討伐依頼もあるんじゃないか?そう考えながら、ゆっくりと眠りに落ちた。














「う~ん‥‥‥」


 次の朝、俺とユニはギルドの建物内部にある依頼が張り出された掲示板の前にいた。目標金額をささっと稼げる手頃な討伐依頼が丁度あるんじゃないかという俺の甘い考えは粉々に打ち砕かれる。一応、大金を稼げると描かれた張り紙はあるにはあるが、討伐対象である魔物の居所が遠く、往復してこの場所に戻ってくるには、1週間以上掛かるものばかりである。その他に目を向けてみるが、『クスミンの葉 50枚採取』や『ペットの猫探し』などのわざわざギルドに持ってくる必要性を感じない依頼しか貼られていない。


 険しい顔をして、掲示板を睨みつけていると、受付嬢がやって来た。


「あら、クライスさん。どうしましたか?」

「ああ、丁度いいところに。今、出されている張り紙はこれで全部でしょうか?」

「ええ。昨日の午後から先程までは手頃な討伐依頼はあったんですが、新米冒険者達がこぞって持って行ってしまいましたよ」


 受付嬢の説明を聞いて、がくっと肩を落とす。早い者勝ちか。もっと早く来るべきだった。俺の表情を見て受付嬢は心配した。


「あの、大丈夫ですか?」

「はい、ありがとうございます。また、張り紙が貼られたら教えてください」


 重い足取りで、ギルドを後にする。俺の後をユニがとことこ付いてくる。


「どうしましょうか、先生?」

「う~ん、新しい依頼書が貼られるのを待つしかないかもな」


 この考えは少し計画性が無さすぎる気がする。新たな依頼書が貼られるかも分からないし。掲示板に貼られてたとしても、また、新人に先を越される恐れもあった。


 そういえば、ポーションを余分に錬成して、薬屋で売るという手もあったか。大きな金にはならないが、コツコツ稼いでいけば、ユニの武器を購入する金額に届くかもしれない。


 ギルドを出て、都市アトモンドの大きな街道を歩く。大通りの割にはあまり人気がない道を通行していると、視界の端にふと見慣れない光景がよぎった。歩を止め、首を動かしてよく見てみる。


 二人のガタイの良い男達が大きな樽を挟んで、腕相撲をしていた。その横を見ると、一人の小男が銀貨の枚数を一つ一つ醜悪な笑みで数えている。


 賭け事か。思わず、不快な顔になる。【盗賊】という職から、たびたび闇市場に潜入して情報を収集していたことがある。しかし、どこに行ってもあのような賭け事が流行っていて、見るたびに眉をひそめていたことを思い出す。


 ここから離れた方が良さそうだな。踵を返し、来た道を戻ろうしたが、その時。


「あ、あれは何ですか? 面白そうです! 行ってみましょう、先生!」


 ユニが突然飛び出し、屈強な男達の元へ駆けていってしまった。


 ちょ、ちょっと、ユニ!何やってんの?というか面白そうか、あれ?理解が追い付かない俺は、彼女の後を追うことしかできないでいた。

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