第3話 腹ペコ少女を弟子にする
俺とユニは酒場へ向かった。今日は、思った以上に忙しい日だったなあ。最初は、薬草取りだけで終わる予定だったのが、気づけばダンジョンへ潜ったり、少女を助けたり。まあ、これこそ冒険者らしいと言えば、その通りなのだが。しかし、その冒険者も今日で引退だもんな。
酒場の中はかなり賑わっていた。二人分開いている席を見つけると、俺達はそこに静かに座る。二人分の食事と飲み物を注文して、もう一度ユニに同じ質問をした。
「それで、ユニ。これからどうするつもりなんだ?」
「それは、分かりません。これから考えます」
ユニは俺の質問よりも、これから運ばれてくる料理の方に興味深々のようだ。他の客の料理を見ては、幸せそうな顔をしている。食べることが好きなのか?それにしても緊張感ないな。俺は、頬杖をつき、ユニを見ていた。
とにかくギルドからの依頼を完了しに行くか。
「ユニ、俺はちょっと席を外すけどいいかい?」
「? どうしましたか?」
「ああ、ちょっとギルドに用事があるから、先に食べててくれるかい? 今日は、俺の奢りだ。好きなだけ食べてていいからさ」
「! い、いいんですか?」
ユニは、目を輝かせながら言った。ああ、と言って俺は、酒場を出た。
さてと、ギルドが閉まる前に、ワーウルフの毛皮を届けるとするか。
「まあ、クラウスさん。なかなか帰ってこないから心配しましたよ」
「そ、そうですか?」
ギルドに入るなりに、受付嬢が大げさなリアクション取って俺に話しかけてくる。まあ、簡単な依頼だって言ってたから、一応心配してくれているのかな?苦笑していた俺は、気を取り直してワーウルフの毛皮を見せる。見せた品を、受付嬢が鑑定する。基本、受付嬢は依頼の受付やギルドへの勧誘が主な仕事だが、この人は違う。何年もこの仕事に就いているベテランだし、依頼品を鑑定をする技術と知識を持っているのだ。
「うん。ワーウルフの毛皮に間違いないですね。これで依頼は達成です。‥‥‥それにしても、凄いですね、クライスさん。この皮の剥ぎ方もみごとだわ」
「慣れているだけですよ。短剣と投擲用ナイフも研ぎ直したばかりですしね」
「それだけに、残念でならないわ。今日で冒険者を引退するなんてね」
「‥‥‥」
正直、引退を惜しまれるのは、悪い気はしない。でも、自分は冒険者をやり切ったと思っているし、仲間にも恵まれ、十分楽しい旅をすることが出来たと思っている。心残りがあるとすれば‥‥‥。
かつて別れた教え子を思い出した。
「クラウスさんは冒険者を辞めたとしても、弟子を取ればいいじゃない? その知識と経験を後世に残すべきじゃないかしら? 誰は有望な子はいないの?」
受付嬢のこの言葉は、何気なく言った一言だったのだろうが、今の俺の心に深く刺さってしまった。
「そう、思いますか?」
俺が辛そうな顔をしたからだろうか?受付嬢はびっくりした顔をした後、言葉を付け加えた。
「ま、まあ、無理にとは言いませんけどね」
はあっと、ため息をつきながら、ギルドを出た。いつの間にか完全に日が沈み、夜になってしまっている。弟子か。綺麗な星を眺めながら、俺はボソッと呟いた。
そういえば、ユニは何故、冒険者になりたいのだろうか?金や名声といった理由でなろうとしているようには思えなかった。この質問もあの娘にしなければならないなあ。そんなことを考えながら、酒場へ戻ったのだが。
はあっ?!何これ?
俺は目に映った光景が信じられなかった。酒場の中で、大量の皿が並べられている席がある。誰かがもの凄い量の料理を頼み、それを食べているのである。周りも信じられないものを見ているような表情である。で、それが誰かというと‥‥‥ユニであった。
「ユ、ユニーー! 君、なにやっての? ていうか、こんなに食べられたの?」
「あ、クライスさん。遅かったから、心配しましたよお」
全然心配してなさそうな、へにゃっとした顔で答える。とても幸せそうな顔だ。それに、酔っぱらっている?すると、つかつかと酒場の店主が俺の前まで来て、会計用紙を俺に見せる。
「あんた、あの娘の連れかい? 沢山食べるのは良いけど、ちゃんと金は払えるんだろうね?」
酒場では、見たことない金額にクラっと意識が飛びそうになる。一応、達成した依頼での報酬で足りはするか?俺は冷や汗をかいてしまった。その不安そうな顔にユニが反応する。
「あれ、こんなに食べちゃぁいけませんでした?」
「い、いや、大丈夫」
ユニに無理して笑顔を作る。たしかに、好きなだけ食べていいって言ったのは俺だから、ユニを責められないだろう。それにしても、苦労して稼いだ金が、一晩の夕食代で消えるとは‥‥‥。トホホ。
俺は、泣きながら巾着袋から、今日稼いだ分の銀貨を出した。銀貨を払った瞬間、今まで険しい顔をしていた店主が嘘のように笑顔になった。
「まいど! また、うちに寄ってください!」
コロッと営業スマイルに早変わりする店主に苦笑いするしかなかった。ここの酒場の料理は旨いことで評判だったが、ちょっと行きづらくなったな。目をつけられてないだろうか。
なんとか、飯代を支払え、ホッとした俺は、ユニの方へ向き直った。
「さあ、ユニ。もう帰るぞ」
「はい~。ちょっと待ってください」
ユニが席を立とうとしたが、倒れそうになったので、慌てて支えた。
「あれ~、上手く立てませんねぇ。どうしてでしょう?」
全く、どれだけ酒を飲んだんだよ!この娘が冒険者としてやっていけるか本当に心配になる。意識が朦朧としているユニの顔を見て、ふうっと溜息を吐いた。仕方ない。
俺は、両手をユニの後ろに回し、おんぶした。お、重い。なんてこの娘に言ったら怒るだろうから黙っておこう。そのまま、よろよろと歩き出し、酒場を後にした。
そのまま宿屋に向かったのだが、そこでも問題が発生した。
「えっ、空きが一つしかない?」
「そうですね。もう少し早く来ていただければ、ぼちぼち空いていたんですが」
これは非常に困った。親子ほど年が離れているとはいえ、男女が一つの部屋で寝るというのは避けたかったのだが。しかし、他の宿屋までこの子をおぶっていく訳にもいかないし。俺は、しぶしぶ宿の受付用紙にサインして、ユニを部屋まで運んだ。
部屋の中には、必要最低限の物しかなかった。テーブルといった置き物も何も無く、あるのは質素なベットだけ。それも一人分のスペースしかない。まあ、金も無かったし、激安の宿だから仕方あるまい。今夜は床で寝るしかないな。ユニをベットに寝かせると、部屋の窓から光り輝く星空を見る。
今日は色々あったなあ。この間、腰をやったおじさんには、きつい事ばかりだ。腰をとんとんと叩きながら、俺は欠伸をした。
「う~ん。もう食べられないです~。」
ユニの寝言を聞いて、俺はクスっと笑った。そりゃ、あれだけ食べたらなぁ。いや、あの段階でまだ満腹といった感じではなかったな。もしかしたら、夢の中で山盛りの料理を食べ続けているのかもしれない。
さて、俺も寝るか。もう疲れたし、これからの事は明日考えよう。そう思って、ユニからやや離れた床に横になった。
‥‥‥何だろう?何かに締め付けられている感じがする。悪い夢を見ているのか?それにしても、背中に柔らかいものが当たっている感触がある。これは‥‥‥。俺は、目をパッと見開いたが、その状況に驚愕した。いつの間にかベットから転げ落ちたユニが、両腕で俺の体を掴んでいたのだ。結構がっしりと。
いや、掴まれている事よりも‥‥‥。あまりそういう目で見てはいけないのだが、この娘の豊満な胸につい目がいってしまう。がっしり掴んだ腕でその胸を押し付けくるのだ。
「ふへへ。捕まえた。もう逃がしませんよ。今日は、ステーキにして食べちゃいましょうか?」
寝ぼけている?というかユニ、寝相悪すぎだろ!何とか、腕を引き剥がそうとしたが、びくともしない。予想していた事だが、とんでもない馬鹿力だ。俺は、仕方なくユニを起こす事にした。
「ユニ! 頼むから起きてくれ。これじゃ起きれない」
「んあ?」
何度かユニの背中をとんとん叩くと、ようやく起きてくれた。トロンとした顔でしばらく俺の顔を見ていたが、ようやく口を開いた。
「あ、クライスさん。おはようございます」
「‥‥‥おはよう」
数秒沈黙があったが、やがてへにゃっとユニが笑った。僧侶の服はいつの間にか脱いでいた。下に着ていたのは純白のワンピースであったが、乱れて色っぽい肩と胸の谷間が露わになっていた。なんて無防備な。
「どうしました?そんな怖い顔して」
「ユニ。取り合えず、服の乱れを直してくれるか?」
「えっ、何でですか?」
気づけば、俺は彼女の両肩をがしっと掴んでいた。
「分かった、ユニ。俺の負けだ。君を弟子にしよう。」
もう、絶対弟子は取らないと誓っていたのだが。この娘は危なすぎる!冒険者としてやっていけるか以前に、あまりにも一般常識が無さすぎるのだ。男に対しても一切警戒心がないようで、これでは、魔物に襲われる前に、悪い男に引っかかって襲われてしまうかもしれない。最悪、奴隷落ちや娼婦になっていてもおかしくない。いったい今までどうやって生きてきたのか謎だが。何より、この娘には、冒険者としての才能を感じるのだ。
「ほ、本当ですか?」
ユニは嬉しそうに、飛び跳ねた。乱れたワンピース姿で喜ぶので、慌てて制止し、服装を整えてやった。そして、彼女の前に人差し指を立てる。
「ただし、君が一人前の冒険者になるまでだ。それまでは、俺の技術と経験を君に伝授すると誓うよ」
後、一般常識と素行もな、と心の中で付け加えた。これでは、師弟というよりも、親子のようだと思ったが、気にしないでおこう。とにかくこの娘がどこまで成長出来るか見てみたい気持ちに駆られたのだ。
「はい! よろしくお願いします。先生!」
先生か‥‥‥。久々に聞いた響きだ。悪くない。ユニが片手をすっと差し出してくる。俺が、その手を軽く握り返した。
「ああ、これからよろしく」
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