第2話 ジャイアントアント討伐
俺は、鞄から、昼食として食べる予定だったサンドイッチを取り出した。
「こんな物しかないけど、大丈夫?」
「はい~。あ、ありがとうございます」
少女は、サンドイッチを手に取ると口に頬張り始めた。よっぽど腹減ってたんだな。俺は少女の身なりをもう一度確認してみる。
一度見たら忘れられないような綺麗な赤い髪が背中まで伸びていて、蒼く澄んだ瞳に一瞬だが、目を奪われた。卵型のバランスの良く整った顔立ちをしている。
見たところ職は僧侶のようだ。赤と白の模様のチュニックとスカプラリオを着ていて、頭には同様の色の頭巾を被っている。チュニックは丁度膝あたりまで丈があり、その下は肌を隠すようにロングブーツを履いていた。修道着の上には鉄で出来た腰当と籠手を身に着けていた。回復職ということは一人ではなく、パーティーで来てるはずだが‥‥‥。
「君、もしかして一人でここまで来たのか?」
この質問に、少女のサンドイッチを食べる手がピタッと止まった。何か暗い顔をしている。
「私、ある冒険者パーティーに入っていたんですけど、私がとろいからでしょうか、途中で置いてかれてしまったんです」
「‥‥‥そうか」
「ああ、でも、おじさんにサンドイッチもらいましたから、もう大丈夫です」
自分のことを心配されている事に気づいたのか、少女は無理に笑顔を作った。
「私の名前はユニと言います。おじさんのお名前は?」
「ああ、俺の名前はクラウスだ。よろしく」
名前を聞いた瞬間、ユニと名乗った少女は驚いた。そして、まじまじ俺の顔を見つめた。
何をそんなに驚いているのだろうか?
「あなたが、あのクラウスさん? ギルドに多大な貢献を残したSランクパーティーの元メンバーで、ご自身でも一人で、Sランクの冒険者を育てたんですよね? 私、その人の‥‥‥」
「たいしたことないよ。それに、尾ひれがつきすぎてやしないかい?」
ユニが食い気味に来たので、一瞬たじろいでしまったが、話が長くなりそうなので慌てて彼女の言葉を切った。確かに、元はSランクのパーティーにいたけど、それほど凄い功績を残したとは、俺もメンバーも思っていないだろう。
サンドイッチを食べた後、彼女が自分自身を治療し始めた。なるほど、回復魔法は簡単なものなら使えるようだ。しかし、このレベルならまだこの第7下層に降りるには早いと思うが。見たところまだ冒険者になったばかりのように感じるが。一応聞いてみるか。
「回復魔法はなかなかだね。冒険者になってどのくらいなの?」
「え~と。そろそろ1年くらいですね」
1年か。そのわりには、何か経験が浅そうに見えるのは気のせいだろうか?ダンジョンを探索することにも、あまり慣れていないような気がする。いや、それ以前に。
彼女が、見たところ僧侶という職業のようだが、何か違和感を感じるものがあった。その何かがまだわからないのだが‥‥‥。
「それにしても、クラウスさんは本当に強いですね」
ユニが、亡骸となったワーウルフを見る。あ、そういえば。依頼のことをすっかり忘れていた。
俺は、ワーウルフの傍まで来ると、毛皮を剥ぎ始めた。
「この魔物の毛皮が目的だったんだ。ちょっと待ってて。すぐに済むから」
「クラウスさんは、このダンジョンに詳しいんですか?」
「え、まあ、それなりにね」
それを聞くと、ユニは少し、思いつめた表情をした。
「実は、他のメンバーとジャイアントアントの討伐に来たんですけど、敵わないと分かるとリーダーが逃げてしまって」
「なるほど」
それで、置いて行かれたと。いや、囮にされたのか‥‥‥。なんとなく状況が理解できてしまって、はあっとため息をついてしまった。ぽりぽりと頬をかく。しかし、ユ二はそんなパーティーメンバーが心配なようで、様子を見に行きたいと言っている。
この鈍感な少女に教えてやるべきか?いや、それは可哀そうだ。それとは別に、救助が必要な冒険者をこのまま見過ごす訳にはいくまい。
「ユニと仲間達は、どこのあたりで、ジャイアントアントに出くわしたの?」
「え~と、こっちの道ですね」
彼女の指さした方向へ歩き出す。その後ろを少し間を開けて、ユニがついてくる。歩きながら、ふと疑問に思ったことがあった。ちょっと待てよ。
「ユニはジャイアントアントの群れに襲われたんだよね。どうやってその群れを撒いたの?」
この娘が、ジャイアントアントへの対処法を知っているように見えなかった。まだまだ初心者のようだし。かといって僧侶であるから、攻撃魔法で撃退したとも思えない。
「ああ、それなら。とにかく、走ったんですよ。無我夢中で走ったら、いつの間にか巻いてました」
「は、走った?それだけ?」
びっくりして、変な声が出てしまった。
「でも、お腹すいちゃって。そこで立ち止まっていたら、今度はワーウルフの群れに襲われてしまったのです」
なるほど、ユニと出会う前の状況は、理解できた。おかげで、なんとなくユニに抱いていた違和感の正体が分かった気がする。しかし、今この場でそれを立証する訳にもいかないな。
ユニの規格外の身体能力や状況について考えていたら、ジャイアントアントの群れを見つけた。俺達は、気づかれないように、そっと身を隠す。
「襲われたのはあの群れか?」
「わ、分かりません」
いずれにせよ、倒して確認しなければならないな。もし、最悪の場合、餌食となっているのだとしたら、彼らの装備品が見つかるはずだ。でなければ、まだ生きているということだ。
「あ、あの私は何をすれば?」
「ユニはそのまま隠れていて。俺一人で対処する」
自分の短剣を手に取る。そこに、火脂を垂らし、着火する。すると、短剣が炎を身にまとった。ジャイアントアントなどの昆虫類の魔物は、基本的に火に弱い。これでひるませる事が出来るのだ。さらに、先程使った小瓶の中の液体を再び、手の甲に垂らす。これで、完全に接近するまで、匂いで自分の仲間だと魔物が勘違いしてくれるはずだ。
よし、準備が整った。俺は、勢いよくジャイアントアントの群れに接近した。そしてその中の一匹に狙いを定める。狙うは頭部に生えている触覚だ。
一気に接近すると、炎を纏った短剣で魔物の触覚を切り裂いた。ぼとりと切り裂かれた触覚が地面に落ちる。攻撃を受けたジャイアントアントは、痺れたように動けなくなっていた。この魔物は、頭部の触覚が周りの状況を的確に把握する重要な役割を持っている。これで、仲間か敵かを識別しているのだ。
動けなくなっているジャイアントアントにとどめを刺した。よし、いけるな。先程倒したワーウルフと手順はほとんど同じだ。相手の起動力を削ぎ、一気にとどめを刺す。加えて、周りの魔物は、小瓶に入っている液体のおかげで、瞬時に敵と仲間を判別できない。後は、この手順を繰り返すだけだ。
俺は、次々にジャイアントアントを狩っていく。なるべく早く討伐しなければ。待っているユニもその仲間達も心配だ‥‥‥。
「本当に凄いですね。クライスさん」
「どうだい。仲間の装備は見つかったかい?」
ユニに尋ねた。彼女と俺は、討伐したジャイアントアントの周りをくまなく探したが、それらしきものは見当たらなかった。
「見つかりませんね」
「ということは、無事に逃げられたのかもしれないな」
「ほっ。良かったです」
実際はどうだか分からない。しかし、これ以上、この中級ダンジョンにいては、この少女も危険だろう。探すにしても、一旦引き返した方がよい。この提案をユニにしたところ、しぶしぶであったが受け入れてくれた。
「クライスさん。実は、お願いがあるのですが」
嫌な予感がするな。ダンジョンから、アトモンドへ戻る道中、何か考え事をしているように見えたユニが突然口を開いた。
「もし、よろしければ、私を弟子にしてくれませんか?」
「悪いが、断る」
ユニも先程言っていたが、俺は新米冒険者を弟子して育てたことがあった。元Sランク冒険者ということもあって、こういう話は時々あったのだ。しかし、その弟子とは、喧嘩別れのような最後となってしまった。
ああ、くそ!思い出したくもない。もうあんな思いをするのは嫌なんだ。だからか、あの出来事の後、なるべく新米冒険者とは距離を置くようになっていたのだ。
「そう、ですか。残念です‥‥‥」
ユニがひどく残念がっているので、慌てて付け加えた。
「その、悪いな。ユニだからいけないと言っている訳じゃないんだ。ただ、もう俺は、弟子は取らないと決めているんだ。それに、今日で、冒険者も引退する予定だしな。ひっそりと農業でも始めるとするよ」
「それは、本当に残念です。クライスさんならどのパーティーからも引く手あまたでしょうに」
「‥‥‥」
この話題は正直、もうあまりしたくないな。しかし、この娘はこれからどうするのだろうか?新しいパーティーに入ってやり直すか?しかし、現在の実力では、冒険者としてやっていくのは厳しいと思う。今のままでは、どこかのダンジョンで野垂れ死になってしまうだろう。
だが、誰かが冒険者としての基礎を教えてやれば、ぐっと伸びていくと思う。そのようなポテンシャルをこの娘から感じるのだ。しかし、誰が?‥‥‥いや、だめだ。俺は、もう弟子は取らないと決めたではないか?
しばらく頭の中で、もんもんと悩んでいた俺をユニは不思議そうに見つめる。今はダンジョンを出て、都市アトモンドへ入る門の傍まで来ていた。
「あれ、お前、ユニか?」
突然、名前を言われ、ユニが言葉のする方へ、顔を向けた。ちょうど3人組の冒険者パーティーが、門を潜って都市の外で出るところであった。ユニが一瞬びっくりするが、笑顔になる。
「みなさん! 無事だったのですか?」
「まあな、囮になってくれたお前のおかげだ」
リーダーらしき金髪の男が、ユニに皮肉たっぷりな態度で、いばりまくっている。‥‥‥やはり。想定していた通り、ユニはジャイアントアントから逃げる際の囮にされていたのだ。俺は、頬をぽりぽりとかいた。むなくそ悪いものを見せられたなあ。こんな時、ユニになんて言ってやればいいか。かける言葉を選んでいるとユニが口を開いた。
「まあ、私でも役に立てることがあって嬉しいです」
「はあっ!?」
予想外の言葉に、俺と目の前の冒険者達がハモって大声を出してしまった。この娘‥‥‥。会った時から分かっていたことだが、天然すぎる!だから、囮にされても気づかなかったのか。しかし、これ程の天然だと、パーティー組んでやってくのもなかなか苦労しそうだなぁ。しばらくすると、目の前の魔法使いらしき恰好をした少女が我に返り、リーダーの男の腕を掴んだ。
「ねえっ、ユウト。早く行こ! こいつ何考えているのか分からなくて気持ち悪いよ。だいたい、こいつ距離感おかしいし、メンバーにもべたべたくっついてくるし。ちょっと顔が良いからって、調子に乗って!ユウトは私のものなのにさ」
ああ、成程。嫉妬ね。同じパーティーを組んでると、徐々に仲間に恋愛感情を抱くことがある。そういった感情が原因で、仲が悪くなり、解散したというパーティーを俺は何組も知っていた。
ユニのパーティーだった冒険者を見送っていると、ぽつぽつっと雨が降ってきた。
「‥‥‥ユニ、これからどうするんだ?」
「分かりません」
少し、悲しそうにユ二が答えた。さすがに元メンバーから振られたことに気づいたのかしょんぼりしている。はあっとため息をつき、俺は答えた。
「とりあえず、飲みにでも行くか? 奢ってやるよ」
「! い、いいんですか?」
ついさっきまでのしょんぼりした顔が嘘のように目をキラキラさせている。俺は思わず苦笑した。
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