冒険者を引退したおっさん、腹ペコ僧侶の女の子を拾い、弟子にする。

中山 墨

第1話 腹ペコ少女と出会う

「さて、今日で冒険者も終わりだな」


 泊まっていた宿で、大きく伸びをする。ついでに、ふわっと欠伸もしてしまった。


 只今の時刻は6時30分。窓を開けると、心地良い光が自分を包んだ。最高の冒険日和だな。


 さて、ギルドに向かう準備をするか。いつものように、使い古された装備を着る。特別レアな装備じゃないが、長年愛用したお気に入りなのだ。


 俺の名前は、クライス。15歳で冒険者になってから24年過ぎ、現在39歳だ。かつては、冒険者パーティーに加入していたが、5年前にそのパーティーを去った。といっても、追放されたりした訳でもなく俺が、一人でのんびり冒険してみたいという思いが強くなったからである。


 パーティーメンバーとは、少し名残惜しくも、快く分かれた。今でもたまに、酒場で酒を飲む仲だ。


 それから5年、まったりと冒険者として活動していたが、1週間程前に腰をやってしまった。情けないと思ったが、俺ももう歳だなと感じ、引退に踏み切ったのである。


 今日は、冒険者として最後の日。といっても、高レベルの依頼をこなすつもりもない。依頼は近くの森での薬草取り。‥‥‥こんなもんでいい。派手に終わるより、地味だけど平和で、ゆっくりと最後の冒険を噛みしめていたい。そんな気分なんだ。


  俺が現在泊まっている都市アトモンドは、この辺りではかなり栄えた場所だ。だから、ギルドも大きいし、冒険者の数も多い。一人の冒険者が辞めたところで、何も変わりないさ。


 アトモンドを出てから、近くの森の中へ足を踏み入れる。ここの森は資源が豊かな上に、高ランクの魔物も居ない比較的初心者向けの場所だ。綺麗の水が流れているので、その水を革袋に入れて、喉を潤した。


 「えっと、クスミンの葉を20枚だったよな」


 身に着けていた革製の鞄から依頼書を取り出し、確認する。クスミンの葉は主にポーションの材料となり、この地域の森でよく見かける。ただの薬草取りといっても重要な依頼だ。たしか、この水辺あたりでよく取れたよな。


 俺は、古い記憶を頼りに薬草取りを開始した。














 「よし、こんなもんでいいかな」


 クスミンの葉20枚という依頼だったが、それよりも多く採取していた。いくらあっても困るものではないだろう。


 もう、お昼近いな。一旦アトモンドに戻るか。ギルドへ行って依頼を完了したら、昼食を取ることにしよう。俺は、来た道を引き返した。


 午後は時間余るな。どうしたらものか。‥‥‥そうだ。久しぶりにパーティーメンバーに会いに行ってみようか。もし、暇ならだけど。


 都市に戻り、ギルドに入って、受付嬢に依頼書と依頼品を見せる。


 「はい。クライスさん。いつもありがとうございます」


 いつもの通り銀貨を受け取り、鞄にしまう。


「あ、それと、今日で冒険者を引退するので、ギルドカードを返却します」


「まあ、本当に辞めてしまうのですか。寂しくなります」


 受付嬢は残念そうだ。俺も、冒険者でなくなるのが、少し寂しいという思いがしたが、すぐに切り替えた。


「別にギルドの依頼でなくても、いつでも、お手伝いしますよ」

「あら、そうなんですか? では、お言葉に甘えて、もう一つ依頼をお願いしたいのですが」

「え?」


 受付嬢がちょっと悪い笑顔をした。嫌な予感。昔から、この受付嬢には、お願いと言って厄介な依頼を任されたことがあった。


「うふふ。そんなに警戒しなくてもいいですよ。たいした依頼じゃありませんし、ちゃんと報酬も出しますから」


 こういう時は、だいたいたいした事なんだけね。でも、何であれ頼られるということは悪い気はしない。困っているのであれば、なるべく解決してあげたいと思うのだ。パーティーメンバーからは、お人好しだと言われたことは何度もあったが。


「わかりました。どんな依頼なのでしょうか?」


「さっすが、クライスさん!頼りになります。といっても本当に大したことではなくて、アトモンドの近くにダンジョンがあるのはご存じですよね?ファルーザの底と呼ばれる場所なんですが、そこの第7下層で、出現するワーウルフの毛皮を取ってきてほしいのです。その毛皮は、保温性と軽量性どちらにも優れていて、主に冒険者の装備の素材として、重宝しているのです」


 ファルーザの底か。最近、あそこに潜ってはいないが、マップはすでに更新しているはずだから、迷うことはないだろう。ワーウルフはそれほど強い魔物じゃないが、比較的難易度の高い中級階層に潜らなければ出てこない。まったく神様は簡単には、俺を引退させてはくれないようだ。


「報酬は弾みますね! クライスさんならサクッと終わらせてくれるでしょう?」


「は、はは‥‥‥」


 受付嬢の悪意のあるのかないのか分からない笑顔に、苦笑いするしかなかった。まあ、冒険者をやっていると、こういうイレギュラーなことが多い。最後なんだから、想定外の出来事も楽しんでいこう。 


 俺は、そう思った。


 しかし、ファルーザの底に行くなら、それなりに装備を整えなくてはならないな。


 一旦、宿に戻り、装備を整え始める。俺は、基本的に短剣を使うが、最近は、薬草やキノコといったポーションやエーテルの素材ばかり集めていたからな。


 愛用していた短剣と投擲用ナイフを研ぎ直し、引き出しから取り出した、シースをより使いやすい革の物へと入れ替える。短剣の柄は、木製で、より手に馴染むように削ってあった。


 そして、万全を期して、目的のダンジョンへ向かったのである。


 久しぶりのファルーザの底は、上層は比較的初心者向きで、何度も冒険者が訪れていることから、道は整えられて、洞窟の至る所に松明が設置されている。たびたび、すれ違う冒険者に挨拶した。


 俺の基本職は【盗賊】である。短剣と投擲用ナイフを主な武器として使うが、基本一人で冒険することはなく、パーティーのサポートがメインの職である。しかし、長年冒険者をしていると、様々な魔物にどう対処したら良いのか分かってくる。


 第7下層をしばらく歩いていると、巨大な蟻の大群を目にした。この下層で出現するジャイアントアントであった。やはり‥‥‥。


 どうやら、以前来た時と変わっていないようだな。俺は懐から、小瓶を取り出すと、中に入っている液体を手の甲に少し付けて、塗った。


この魔物は、お互い仲間と識別する為に独自のフェロモンを出している。敵が同じフェロモンをしていると、近くにきても気づかないのだ。比較的目は良い方だが、そこは、俺の盗賊としてのスキルで、闇に紛れ、素早く動くことでジャイアントアントに気づかれずに、ダンジョンの奥へと進むことができる。


 よし、そろそろだな。記憶が確かなら、ワーウルフはこの辺りにいるはずだ。俺はなるべく音を立てずに動きながら、すっと短剣をシースから抜いた。


 しかし、慎重を期したはずなのに、狼の叫び声が聞こえてきたので、思わず身構えた。


 え、まさか見つかったか?いやそんなはずは‥‥‥。


 だが、叫び声はどこか遠くから聞こえる。加えて、懸命に走る足音。誰かが、魔物に襲われている?


俺は急いで声のする方向に走った。


 駆け付けてみると、一人の少女が少しずつ迫ってくるワーウルフの群れに壁際まで追い詰められている光景を目にした。一目見たところ僧侶の恰好をしているその子は、魔物の威嚇でさらに尻餅をついてしまっている。


 とその時、一匹のワーウルフが、少女に向けて飛びかかっていた。俺は、咄嗟に投擲用ナイフを取り出し、ワーウルフの頭にめがけて投げた。見事に頭に当たったが、傷が浅かったのかもしれない。まったくひるまむことなく、少女に向かっていった。


 まずい!俺は、思わず少女に駆け寄る。しかしこのままでは、魔物の方が先に少女にたどり着いてしまう。


 くそ!そう心の中でつぶやいた時‥‥‥。


「や、やめて。触らないでください!」


 少女が、ワーウルフの顔面に拳を叩きつけた。殴られた魔物が前方10m程吹っ飛ばされていく。


 え、え~~!俺はしばらく茫然としてしまったが。


 「君、大丈夫?怪我は無い?」


 気を取り直して、今度は少女とワーウルフの間に立つ。少女は突然現れた謎の男にびっくりしただろう。びくっと肩を震わせた。


「おじさん、誰ですか?」

「細かい話は、後にしよう。目の前の敵を片付けてからだ」


 想定外のことに調子を狂わされていたかもしれない。よし、一回冷静になろう。こういう魔物退治には慣れている。俺が肩の力をふっと抜いた。その時、1匹のワーウルフが俺めがけて飛び込んできた。が、俺はその瞬間を待っていた。


 素早く、投擲用ナイフを投げると魔物の足に刺さった。たまらずにキャンと叫び声をあげると、とたんに動きが鈍くなる。その弱っている魔物の急所である首に向けてすばやく短剣を振りぬいた。


 切り裂かれた魔物は、ごとりと音がして動かなくなった。1匹倒したが、油断できない。今度は一斉にかかってくるだろう‥‥‥。そら来た!


 集団で相手する時も、基本戦うスタンスは変わらない。相手の起動力を削いで、一瞬で仕留めるのだ。もっとも、それには、素早く状況を把握する能力と目が必要になってくるのだが。


 俺は、先程魔物を倒した時と同じ手順で、短剣と投擲用ナイフを駆使し、ワーウルフを殲滅していく。


 しばらくして、全てのワーウルフを撃破した俺は、少女に駆け寄った。


「怪我をしているね。おじさん、ポーション余ってるから、分けてあげようか?」

「平気です。私僧侶ですので、このくらいの傷は癒せます。‥‥‥それより」


 ごぎゅるるるっと間の抜けた音がダンジョン内に響き渡った。


「お、お腹がすいたですぅ~」

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