メビウス・クロス
ジョンジョン
第1話 プロローグ
矢が一本、顔をかすめた。次の瞬間、頬にピリッとした痛みが走り、生暖かい液体が頬を伝って流れ落ちていく。ただ、今はそんなことに構っている暇はない。
なるべく姿勢を低くしながらファオランは草むらを走り続けた。ここ数日、あまり動いていなかったせいか、脇腹が鈍い痛みを放ち始める。だんだん痛みが強くなってきて、呼吸が自然と荒くなっていく。まだ駄目だ。少なくともマチルダが遠くに逃げるまでの時間は稼がないと。
足元に迫ってきた木の根を寸での所で飛び越える。次の瞬間甲高い音と共に、さっきまでかかとがあったはずの根の上に数本の矢が突き刺さった。振り返ると、2人組の黒ずくめの研究員はもう次の矢をつがえ、こちらに狙いを定めている。
怒りと恐怖で嗚咽を漏らしながらファオランは大きく右にカーブして、木の生い茂る森の中に飛び込んだ。少なくとも平原よりは矢の当たる確率は少ないはずだ。
じめじめした落ち葉の上を全力で駆け抜ける。頭上は木々の葉が覆い隠し、光はほとんど入ってこない。目の前の木を避けるのがやっとだ。背後からは矢の飛ぶ音と、少し遅れて木の幹に突き刺さる鈍い音が聞こえてくる。
ファオランは心の中で少し気を緩めた。もしかすると上手く逃げられるかもしれない。さっきよりも距離は離れているし、矢が当たる気配もない。もしこのまま撒くことができたら・・自然と頬が緩む。そろそろマチルダが合流地点に着く頃だろう。もう誰の目を気にせず二人で暮らすんだ。
目の前の木に気付き、避けようとした時だった。考え事をしていたせいか反応が少し遅れた。地面をしっかり踏みしめるはずの右足が濡れた落ち葉の上を大きく滑る。
しまったと思った時には、もう遅かった。そのまま勢いよく体が傾き地面に叩きつけられた。柔らかい葉の上とは思えない衝撃で腹の中の空気が一気に外へ押し出される。弓を構えた黒ずくめの男達が近づいてくる。
ファオランは半ば悲鳴のような声をあげて立ち上がると、よろよろと走り出そうとした。その時だった。背後から弓の音がしたかと思うと、右足に鋭い痛みが走った。
一瞬、金縛りにあったかのように全身の動きが止まり、視界に赤銅色の塊が瞬く。太ももを中心に電気ショックが体を駆け巡った。うめきながら次の一歩を踏み出そうとした瞬間、ファオランの体は大きく前のめりになって崩れ落ちた。太腿に何か細長いものが突き刺さり、血が流れ出ていくのが分かった。
「被験体を発見。倒れています」。黒ずくめの男の一人が叫ぶ。見ると彼らは弓を縄に持ち替え、こちらに近づいてくる。
懸命に地面に腕を立てて無理やり起き上がろうとする。だが、体が鉄の塊のように重い。指がかすかに動いただけだった。足の痛みがどんどん酷くなり、それが体全体に広がっていく。普通の矢じゃなかったんだ。その時初めて気が付いた。急速に意識が遠ざかり、視界が暗くなっていく。
「早く応急措置をしろ。間に合わなくなるぞ」誰かの声が聞こえた瞬間、宙に浮かび上がったような感覚に襲われ、ファオランは意識を失った。
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