欠ける朝と満ちる夜
かもめ7440
第1話 会社
俺の名前は
入社半年になる新入社員―――。
中規模ながらも業界内ではそれなりに名の知れた企業。
オフィスビルの十階、
ガラス張りの窓からは絶賛発売中のシティビュー。
ただし、買えない、
それが職業能力開発。訓練。子供時代の終わり。
そして組織という村社会や、ピラミッド構造について知ってゆく。
「いつまでも・・・新入社員の気分でいたら・・・駄目・・・」
「はいっ‼」
―――だったのだが、今は違う。
入社三年目である。
サバ読んだなあ、いや、シシャモと呼んでほしい。
サーモンもマグロのように泳ぎ続ける。
気持ちで負けるな。
ここは―――『企画・開発部門』
俺や鹿子田先輩が所属するエリアで、広々としたデスク配置で、
それぞれの仕事のスタイルに合わせたスペースが確保されている。
それぞれの島に分かれたデスク、
そしてデスクごとに置かれたコーヒーカップや栄養ドリンク。
忙しさの証であるそれらを見れば、誰もが察するだろう。
この会社、そこそこブラック寄りでは?
しかし、その雰囲気を打ち消すかのように、
新人たちは元気に挨拶を交わし、
ベテラン社員たちは疲れながらも冗談を言い合う。
昼休みの光景だ。比較的ラフな雰囲気になり、談笑やスマホチェックを楽しむ。
しかし、業務時間が始まると、すぐに集中モードへと切り替わる。
「・・・相変わらず・・・元気は・・・いいね・・・、
エナジードリンク・・・飲んでる・・・(?)」
そういう鹿子田先輩からは、覇気が感じられない。
そういえば総務部が毎月社内報を発行する際、
社員に“今月、なんとなく気になる人は?”というアンケートを取る。
どうせ誰も興味ないだろと思っていたら、
先月は鹿子田先輩が一位になっていて、本人が静かに動揺していた。
動揺していたので、鹿子田先輩、胴上げしましょう、と言っておいた。
自分の内面、自分の妄想や感情が他人の眼に晒されて、
声になる瞬間・・・・・・。
「もちろん新人は元気が大事ですから、あとドデカミンです(?)」
「いつまでも・・・新入社員の・・・気分でいたら・・・駄目・・・
パイナップルと酢豚は・・・許せる・・・」
許せるんだ(?)
「こなれてきた時こそ初心に帰ろうかと―――」
「・・・なら、いい・・・それで・・・、
困ったこと・・・ある・・・?」
「えっとですね・・・ないといえばなく・・・あるといえばある、
それは禅問答のようにあり―――」
*
―――
“今月、なんとなく気になる人は?”のグランプリに選ばれた理由が、
まさか、名前のせいなんて言うことは―――ないよな・・(?)
鹿子田先輩は、俺より三歳上の上司で、二十八歳になる。
課長補佐というが、ここには部長の次は鹿子田先輩しかいないので、
限りなく課長である。
だから権限はともかく、部長補佐と言ってもよい。
漆黒の天使の輪が見えそうなさらさらのストレートで、
大正とか明治なら緑髪だろうか、
背中の少し上くらいまでの長さで、非常に女性らしい。
整えられているが、時々後れ毛が気になるらしい。
シンプルなオフィスカジュアルの服装で、
一六七センチは十分に高身長の部類にあたるが、
それよりも引き締まったモデル体型が魅力的だ。
全然関係ないけど、胸はない。
そうなってくると容姿についてだが、
別に整っていないということはないと思う。
ハーレクイン小説式にいえば、鼻梁が整っているし、
ダイヤモンド型の瞳だ。
ただ、人目を引くようなルックスの抜群さがあるかというと、
こればかりはそうとは肯けない。
これは雰囲気減点方式かも知れない。
愛嬌があり、笑顔を振りまけば大抵の人は美人になる。
というのを考慮しつつ、鹿子田先輩が、
美人かと問われたのならリップサービスなしで、
美人だとみんな肯くかも知れないけど、
そもそも、美人として許容範囲にあることよりも、
雰囲気ダメージが凄まじいので限界突破し、
大気圏外へと飛び出す必要がありそれには化粧が必要なのだが、
鹿子田先輩が化粧しているのも一度は見たことがない。
断じて、ナチュラルメイクではない。
あと、鹿子田先輩に美人らしい振る舞いを求めるのは酷だ。
まあそういうスタイルないしは顔面偏差値は、
学生時代でおしまい、
社会人にもなればそんなのどうでもいい類のことだ。
課長補佐と言う通り、優秀なのだが、けだるげを通り越して、
常に体調悪そうなオーラを纏っているため、
周囲からは若干距離を置かれている。
冷静沈着で鉄仮面、淡々と仕事をこなすタイプで社畜。
感情を表に出さないので、貞子(?)
それは冗談だけれど、何か問題があるとドロンと背後に現れて、
ぼそりと呟いて去っていくため、
部下からは、背後霊と影で恐れられて―――いる・・。
でもその原因は気配を消して現れたりすることではなく、
やはり、かなり特徴的な、独特なスローテンポな喋り方の方で、
スピーチとか、プレゼンもするので、当然早口も出来るのだが、
本人が一番しっくりくるのは、その喋り方なのだ。
むしろ俺からすると、プレゼンの方が奇妙なのだが、
仕事って外面的要求をするものだ。
金髪が地毛でも黒く染め直さなければ就職だって出来ない、
ハーフの女の子を何処かの記事で読んだことがあるけど、
―――この外面的要求って何かといえば、
常識という名の差別や迫害のことだ。
知らず知らずしている、世間という顔だ。
まあそんなわけで、ちょっと何考えているのかよく分からない人というのが、
鹿子田先輩の評価かも知れない。
フォローしている側の俺でも、
鹿子田先輩を理解できるかっていったら理解できないものな。
デスクに座るだけで、周囲の空気が三度ほど冷えると、
都市伝説のように言われるのもあながち間違ってはおらず、
残業をしている鹿子田先輩は、
疲れを見せないで、
もののけ姫の祟り神の動きをしていたとか、
2ちゃんねる発祥のくねくねだったとか、
囁かれている(?)
いや、それ絶対ヤクやってるって仄めかしてるだろ(?)
あと、流したのは俺ではないけど鹿子田先輩に、
教えに行っているのは、俺です(?)
ちなみに、鹿子田先輩を課長補佐とかいう風に呼ばないのは、
男尊女卑からではなく、それはむしろ課の皆が御存知なように、
彼女がそう呼ばれるのを果てしなく嫌がっているからだ。
別向きでは、新入社員当時は鹿子田先輩が、
後輩君、後輩君と呼んでいたので、
鹿子田先輩というのが定着したという向きもある。
課のみんなは、鹿子田さんと呼ぶのが通例だし、
ただ、部長だけは鹿子田君と呼ぶ。
鹿子田先輩のデスクはシンプルで整理整頓されているが、
カフェラテだけは必ず置かれている。
ちなみに自分のデスクには仕事のメモが書かれたノートが、
何冊か置かれていて、雑に積み上げてる。
こういうところで性格って出るもの―――だ。
「で・・・ここはこう・・・わかった・・・?」
「はい、ありがとうございます、助かりました」
だけど、みんなの評価は散々だけど、
あと、俺がとどめを刺しにいっている節もあるけど(?)
ちゃんと質問すれば必要なことはしっかり教えてくれるし、
その指示も的確だ。頼れる上司だと思うし、けして冷たい人間ではない。
もっとも―――。
「早く・・・一人前に・・・ならないと・・・、
いつまでも・・・私を・・・頼ってちゃ・・・駄目・・・」
―――あまり本人は、
頼られることを歓迎していないみたいだ。
彼女の独り言をわざわざ聞くのなんて自分ぐらいだろうが、
「・・・・・・はぁ、緊張した」と囁く。
多分性格的に人と関わること自体が、
得意じゃないんだろう。
コミュ障気味なのか、劣等感と個性のあわせ技なのか、
いやいや、世の中そんな人は本当に五万といる。
出来ることと出来ないことの違いがある人もいれば、
出来ることが物凄く無理した結果であり、
出来ないのではなくやりたくないと思う人だっている。
鹿子田先輩の言う通り、俺も早く一人前になって、
彼女に迷惑をかけないようにしないとなあ・・・。
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