虚構が生む現実の恐怖

 夜の大学キャンパスは、昼間の賑わいが嘘のように静まり返っていた。街灯の光が作る長い影が、まるでなにかが潜んでいるかのように揺らめいている。


「本当にここにいるのかな……」


「いる。あたしには、わかる。田村剛志の執着心が、ここに渦巻いてる」


 不安そうに呟く泰河に、陽菜乃はキッパリと答えた。

 カレイドスコープのメンバー五人は、図書館の裏手にある中庭に向かっていた。翔也の調査によれば、田村はここで久美さんの『目撃証言』を捏造するための写真を撮影していたという。


「あ……あそこに……」


 晴音が指さした先、中庭のベンチに、一人の男性が座っていた。やせ細った体に、憔悴しきった表情。


「田村さん」


 真澄が静かに声をかけると、田村は顔を上げた。その目は血走っており、頬はげっそりとこけている。


「あ……あぁ、カレイドスコープの……なんの用だ?」


「あなたが作った都市伝説について、話をしたい」


 真澄が一歩前に出ると、田村の表情が変わった。


「都市伝説? ふっ……なんのことだ?」


のことよ」


 陽菜乃も前に出て真澄の隣に立った。


「佐々木久美さんを利用した、あなたの作り話」


 田村の体が震えた。


「久美……久美のことを知ってるのか?」


「知ってる。あなたがどれだけ彼女を苦しめたかも、そして今も彼女を利用し続けているかも」


 陽菜乃怒りを含んだ言葉に、田村は声を荒げた。


「違う! 僕は久美のために……久美の復讐を代行してるんだ!」


「嘘ね。久美さんの気持ちを代弁してるなんて大嘘。あなたがやってることは、自分の罪悪感から逃れるための、卑劣な自己正当化よ」


 田村の顔が青ざめた。


「そんなことは……」


「久美さんはね、もうこの世にはいない。彼女の魂は、とっくに安らかに眠ってる。でも、あなたの中の罪悪感が、死んだ彼女を未だに引きずり回してるのよ」


「やめろ……」


「あなたが本当に久美さんのことを思ってるなら、彼女を都市伝説の道具にしたりしない。あなたは久美さんを二度殺してるのよ!」


 陽菜乃の言葉に、田村は頭を抱えて蹲った。


「僕は……僕はそんなこと……」


 田中が崩れ落ちた時、陽菜乃のお守り袋の銀の鈴が、微かに鳴った。


「あ……」


 陽菜乃は目を閉じ、意識を集中させた。すると、彼女の霊感が捉えたのは——。


「久美さん……」


 陽菜乃の周りに、優しい気配が漂った。それは怒りや恨みではなく、深い悲しみと、そして諦めにも似た静寂だった。


「久美さんは、もうここには戻ってこない。でも、最後に一つだけ伝えたいことがあるって……」


 田村が顔を上げる。


「久美が……? なにを?」


「『もう、忘れて』って。『あなたが苦しんでいる間は、わたしも安らげない』って」


 田村の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


「久美……ごめん……本当にごめん……」


「久美さんは、もうあなたを恨んでない。ただ、もうこれ以上、彼女を利用するのはやめて。彼女を、安らかに眠らせてあげて」


 田村は両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。


「僕は……久美を利用して、また傷つけてたんだ……」


 真澄が田村の肩に手を置いた。


「今からでも遅くない。真実を話して、すべてを清算しよう」



****



 翌日、田村剛志は大学の学生相談室で、すべてを告白した。


の都市伝説は、全て僕が作り上げた虚構でした」


 彼の告白は、SNSでの謝罪投稿と共に、大学中に広まった。偽の目撃証言、複数アカウントでの拡散工作、そして久美さんを利用した復讐計画——すべてが明らかになった。


「これで終わり……なのかな」


 噂でもちきりの生徒たちの様子を見て、泰河が呟き、真澄は首を横に振った。


「いや。これからが本当の始まりだ」


 大学側も、過去のいじめ事件を再調査することを発表した。当時の加害者グループには適切な処分が下され、久美さんの名誉も回復された。


 しかし……。


「でも、一度拡散された都市伝説は、完全には消えないのよね」


 陽菜乃が複雑な表情を浮かべる。


「ああ。ネット上には、まだの話が残ってる。真実を知らない人たちの手で、形を変えながら、これからも語り継がれていくだろうな」


 翔也は大袈裟に肩を落としてみせ、陽菜乃も釣られてため息を漏らした。


「それが、情報社会の恐ろしさね」


 一週間後、カレイドスコープのサークル室で、メンバーたちは今回の事件について話し合っていた。


「今回の事件でわかったこと――最も恐ろしいのは、霊でも怪物でもない。虚構が現実を変える力だった」


「虚構が現実を……」


「そうだ。田村が作り上げた嘘の都市伝説が、実際に人々の行動を変え、人生を破壊した。これは現代社会における、新しい形の恐怖だ」


「それにしても久美さん、優しすぎるんじゃない? アタシだったら、あの田村ってヤツをどつき回してボコボコにしてやるのに」


「千沙、物騒なこと言うなよ……」


 千沙が握ったこぶしを手のひらでパンパンと叩きながら呟くと、隣で悠斗が冷めた眼差しを送った。


「あたしたちは今まで、霊や悪霊と向き合ってきた。でも今回は、人間の心の闇と向き合わなければならなかった……こんな怖さもあるんですね」


「人間のほうが怖いってことか……」


 泰河がチラッと千沙を見て震えている。


「そういうことだよな。作り話でも、人を追い詰め、人生を破壊できる。SNSやネットの力を使えば、一人の人間でも大きな影響を与えることができる」


 翔也も真面目な表情で話し、晴音が小さな声で付け加える。


「だからこそ、わたしたちのような情報を扱う人間は、責任を持たなければいけないんですね」


「その通りだ。都市伝説は、時として声なき真実の集合体となるが、同時に人を操る武器にもなり得る」


 真澄は自分にも言い聞かせるように、重みのある口調で話した。

 陽菜乃は首のお守り袋を握りしめる。


「今回の件で学んだわ。あたしは本物の霊と、人間が作り出した恐怖、両方を見極められるようにならないといけない」


「俺たちも、もっと慎重にならないとな。都市伝説を面白がってるだけじゃダメだ」


 泰河が真面目な顔で話すのを聞いて、陽菜乃は小さく笑った。


「泰河のは、面白がるんじゃなくて、怖がるでしょ?」


「違う!」


 全力で否定する泰河を見て、全員が大爆笑をした。



****



 夕暮れ時のサークル室で、メンバーたちは新しく届いた依頼メールを読んでいた。


「『学内の自動販売機で、お金を入れても商品が出てこない』……これって単なる故障? 機械の問題ですよね?」


陽菜乃が読み上げたメールに真澄も苦笑いを浮かべる。


「でも、どんな小さな依頼でも、背後に人間の思惑が潜んでいる可能性がある。今回の教訓を忘れてはいけない」


「そうですね。情報の拡散方法や、証言の信憑性も、しっかり調べないと。でもそれれは、ワタシも故障だと思います」


 晴音が笑い、翔也も笑顔で立ちあがった。


「よし、じゃあ今後は、人間の心の闇も含めて、全方位で警戒していこう。でもって、その依頼は俺が学校事務室に持ち込んでみるよ」


「じゃあ、みんな、今日はこれで解散だ。また明日、新しい謎に挑もう」


「はい!」


 真澄に促されてメンバーたちがそれぞれ帰路につく中、陽菜乃と泰河は最後まで残っていた。


「泰河、帰らないの?」


「うん。ちょっと考え事があって……今回の件で思ったんだ。俺たちって、すごく重要な仕事をしてるんだなって」


「重要な仕事?」


「都市伝説の真実を見極めること。それって、人を救うことにもつながるんだ」


 陽菜乃は微笑んだ。


「そうね。でも、一人じゃできない。みんながいるから、あたしたちは強いのよ」


「そうだな」


「じゃ、もう帰る? 早く帰らないと暗くなるけど?」


「そうだ! なるべく明るいうちに帰りたい!」


 二人の笑い声が、夕暮れのサークル室に響いた。それは、新しい事件への挑戦と、深まった絆への確信を表すかのような、明るい響きだった。


 カレイドスコープの新たな冒険は、まだ始まったばかりだった。真実と虚構が入り混じる現代社会で、彼らの戦いは続いていく。


 しかし今、彼らには確かな手応えがあった。どんな困難な謎に直面しても、仲間と共に立ち向かえば、必ず解決の道が見つかるという信念が。


 そしてなにより、人間の心の闇と向き合う覚悟ができていた。


「また明日ね、泰河」


「ああ、また明日」


 二人の声が、静かな夜に溶けていった。




-☆-★- To be continued -★-☆-

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