声なき者への理解と解決

 陽菜乃は銀の鈴を両手で包み込み、その存在ともっと深くコミュニケーションを取ろうとした。


 ――あなたの本当の声、一緒に探しましょう――


 心の中でそう語りかけると、録音機器から流れる声が一瞬静かになった。そして、晴音の声で答えが返ってくる。


『本当に?』


 ――はい。みんなで一緒に探します――


 陽菜乃が心の中で答えた。


『本当に……手伝ってくれるの?』


 この言葉は、録音機器を通さずに六人の耳に届いた。それは誰の真似でもない、その存在オリジナルの声だった。とても小さく、不安そうだが、どこか温かみのある響きを持っている。


「その声、今聞こえた声が、きっとあなたの本当の声ですよ」


 晴音が録音機器を調整しながら言った。


「機械を通さない、あなた自身の声です。とても優しくて、素敵な声です」


 すると、また録音機器から声が流れ始め、徐々に変化していった。最初は晴音の声だったものが、少しずつ別の声に変わっていく。若い女性の、恥ずかしそうだけれど温かい声だった。


『これ……これが私の声……?』


 その声には驚きとよろこびが混じっていた。

 泰河は霊の表情が劇的に変わるのを見た。


「口が……口が戻ってきています!」


 失われていた顔の下半分が、ゆっくりと現れ始めている。そして、その表情は驚きから安堵、そして深い感謝へと変わっていった。

 遼が記録を取りながら分析した。


「声というアイデンティティを取り戻すことで、存在自体が安定したんだ。興味深い現象だよ」


 千沙が優しく尋ねた。


「でも、なぜ声を失ってしまったんだろう?」


 録音機器から、今度はその女性本来の声で答えが返ってきた。声は小さいが、とても誠実な響きを持っている。


『私……生前、人前で話すのがとても苦手でした。いつも小さな声で、誰にも聞こえないような話しかたで……みんなにも、なにを言ってるかわからない、って言われて……』


 声は少し震えていたが、続けられた。


『最後のほうは、ほとんど誰とも話さなくなってしまって……死んでから、自分の声がどんなだったか、本当にわからなくなってしまったんです』


「でも、今は思い出せましたね。とても素敵な声です。優しくて、温かくて」


 陽菜乃は涙ぐみながら言った。


『そんな風に言ってもらえるなんて……』その存在の声には、深い感動が込められていた。『生きているとき、誰も私の声を褒めてくれる人はいませんでした』


 翔也が穏やかに言う。


「キミの声は、確かに美しい。小さくても、ちゃんと心に届く声だ」


 泰河には、安らかに微笑む女性の姿が見えていた。もう混乱も苦痛もない、穏やかな表情だった。その存在が心からの感謝を伝えた。


『ありがとうございます。皆さんのおかげで、自分を取り戻すことができました。今度は、生きている人たちの邪魔をしないように、静かに過ごします』


「でも、たまには歌ったりしてもいいんですよ。せっかく素敵な声を取り戻したんですから」


 陽菜乃が微笑んだ。

 その存在は嬉しそうに笑う。


『はい……今度は、恥ずかしがらずに』


 録音機器からの声が次第に小さくなり、最後に小さく『ありがとう』と聞こえて、静寂が戻った。



 *****



 翌日の部室は、いつもの穏やかな雰囲気に包まれていた。

 晴音が録音機の整理をしながら、感慨深げに語った。


「声って、その人そのものなんですね。技術的にはただの音波でも、そこには確かにその人の魂が込められている」


「キミたちのおかげで、また一つ謎が解けたね。そして、苦しんでいる存在を救うことができた」


 真澄は満足そうに頷き、紅葉が学術的な総括をした。


「コミュニケーションの本質について考えさせられる事例でした~。言葉や声は、単なる情報伝達手段ではなく、アイデンティティそのものなんですね~」


「晴音の機材が大活躍だったな! 技術と心の交流の架け橋になったんだ」


 報告を聞いた悠斗が盛り上げるように言うと、晴音は恥ずかしそうに謙遜した。


「みんなのおかげです。一人だったら、きっと、なにもできませんでした」


 遼が記録をまとめながら言った。


「今回学んだのは、超常現象の背後にも、必ず人間的な感情や願いがあるということかな」


「声を失っていた人も、きっと良くなるね。あの存在がもう苦しんでいないなら」


 千沙がしみじみと呟き、晴音は黙ったまま頷いた。



 *****



 その日の夕方、陽菜乃と泰河が図書館の前を通りかかったときのことだった。


「あ」


 陽菜乃が立ち止まった。

 地下から、微かに聞こえてくる音があった。それは優しい鼻歌だった。誰もいないはずの地下閲覧室から、小さな美しい歌声が響いてくる。


「陽菜乃さんにも聞こえますか?」


 泰河が微笑んだ。


「うん」


 陽菜乃も嬉しそうに頷いた。


「あの人、自分の声を楽しんでいるんですね」


 鼻歌は童謡のメロディーだった。きっと彼女が生前好きだった歌なのだろう。今度は恥ずかしがらずに、堂々と歌っている。


「良かったですよね」


「うん。みんな、自分の声を大切にしないといけないね。どんなに小さくても、それはその人だけの大切なもの」


 二人は満足そうに頷き合った。また一つ、誰かの苦しみを和らげることができた。それは小さなことかもしれないが、確実に意味のあることだった。


 図書館の向こうに沈む夕日を見ながら、二人は次の調査への意欲を新たにした。きっと他にも、助けを求めている存在がいるはずだ。カレイドスコープの活動は、これからも続いていく。


 地下からの優しい歌声が、初夏の風に乗って、静かに街に響いていた。




 -☆-★- To be continued -★-☆-

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