Rotten

弁当箱に詰められた瞬間に顔をしかめられ、ため息をつかれた。透き通ったフタを閉められ、そっとドアが閉じられる。リビングの窓からは初夏の光と小鳥たちの声が降り注いでいた。




太陽の向き以外変化のない暇な時間。することもないので己自身について思考を深めてみる。オムライスとは実に珍妙な食べ物だ。ボソボソとした橙色の物体を包み込む黄色の皮。それを裂くように走る赤い線。まったりとした優しい味がお子様向け!なんて、一般的には言うらしいが。


無精卵の卵、果実ばかり大きいトマト、加工を重ね原材料などわからない冷凍のケチャップライス。


食べ物とは元来ヒトを生かすものであるはずなのに、不思議とそれを構成するモノたちに命は全く感じられない。




突然、密封された空間が解き放たれる。気配もなく現れた虚ろな目をした少年が、弁当箱の中を見つめていた。腕は包帯でぐるぐる巻きになっており、頬はこけて骸骨のようだ。


「美味しそう。」


再びフタは閉められ、引きずるように階段を登る音がした。食べに来たんじゃないのかい。存在感がない割には、朝も話題のタネとなっていた少年。




---もう学校辞めさせれば?お弁当を作るのも止めれば?ゴールデンウィーク終わってからずっとじゃん。もう部屋から出てくる気ないと思うよ。


---そういうわけにもいかないのよ、まだ中学生だし。万が一部屋から出てきて、食べるモノなかったら悲しいじゃない。


---甘いんだよ、母さんは。反抗期のワガママにいつまで付き合ってんのさ?


---反抗期、という感じでもないのよ。お兄ちゃんも見ればわかると思うけど?力の抜けたボロボロの人形みたいよ、いつの間にか消えちゃいそう。


---そんな厄介な奴に関わりたくないな。消えるなら消えるで結構。ただでさえ忙しい母さんがどうしてアイツの世話を焼きたがるのか理解不能だよ。じゃあ、先に出るね。




リビングに降りてこられたのは大きな前進だったのかもしれない。




不気味なほどに空が紅く染まる頃、再度フタは開けられた。朝とは別の意味で顔をしかめられ、ため息をつかれた。


---傷んじゃったね。


三角コーナーに放り込まれ、ついに食べ物という役目は果たせず仕舞いだ。




少し経つと上から残飯が降ってきた。大量生産された惣菜特有のツンとした香りにまみれる。


---ええ、私が何もかも悪いわよ。


突然テーブルを叩く音が響くと、甲高い声が上がった。


---落ち着けよ、母さん。ただこれ以上アイツを調子に乗らせるのは良くないって話しただけで


---そういうアンタは口ばっかりで、あの子に何もしないじゃない。引きこもりにさせたら親失格?だったら今親辞める。知らないわ、あの子のこともアンタのことも。


勢い良くドアが閉まった。そしてリビングは静まり返り、夜の闇に呑み込まれた。


何時間が経っただろう。冷たい月の光に、少年の顔が浮かび上がる。白く疲れたその表情は、昼間見た時より幾分鋭かった。無惨なゴミに何を思ったのだろうか?牛乳をパックから口へこれでもかと注ぎ込み、静かにリビングを出て行った。


「ごめんなさい。」

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