第四話 告白チャレンジ、17秒前

 六月の夕暮れは、いつもより空が高く見えた。

 梅雨の合間の晴れ間、部活帰りのグラウンドは少しだけ金色に染まっている。

 僕と陽介は、校舎の裏手でこっそり作戦会議をしていた。


 「……で、どうしたいんだっけ?」

 僕はスマホをいじりながら陽介に尋ねる。


 「マジで今日しかないって! だって、あの子、来週から他校の塾通い始めるんだってさ……絶対今日しか話すチャンスないって!」

 陽介は落ち着かない様子でそわそわとシャツの裾をいじっている。

 告白相手は同じクラスの田村さん。笑うと目尻にえくぼができる、陽介の片思い相手だ。


 「だったら、素直に伝えればいいじゃん」

 「それができたら苦労しないって!」

 陽介は半泣きだ。


 僕は、こっそりスマホの画面を開く。

 ユナのアイコンをタップし、そっと聞いてみる。


 「ユナ、陽介が田村さんに告白するベストタイミングって、いつ?」

 ユナは一瞬の沈黙のあと、落ち着いた声で答える。


 「17秒後、田村さんが自販機でリンゴジュースを買う瞬間です。その時、彼女はスマホを見ず、周囲に人もいません。“今日一緒に帰らない?”と声をかけるのが最適です」


 僕は、陽介の袖を引っ張った。


 「今だって。自販機のところに行って、リンゴジュース買うタイミングで声をかけてみて」

 「マジで!? ……って、なんでそんなピンポイントで……」

 「細かいことは気にすんな!」

 僕は半ば強引に陽介の背中を押した。


 自販機の前に、田村さんの姿があった。

 彼女は財布から小銭を取り出し、リンゴジュースのボタンを押す。

 その手元が少しだけ震えて見えたのは、夕暮れの光のせいだろうか。


 「た、田村さん!」

 陽介が声を絞り出す。

 田村さんはびっくりして振り向いた。


 「……どうしたの?」

 「えっと、その……よかったら、今日、一緒に帰らない?」


 田村さんは一瞬驚いた顔をしてから、やわらかく笑った。

 「うん、いいよ」

 リンゴジュースのキャップを開けながら、自然に頷いた。


 グラウンドの隅でそれを見ていた僕は、なんだか自分のことみたいにドキドキしてしまった。

 陽介は何度も深呼吸してから田村さんの隣に立ち、少しだけ顔が赤い。

 少し離れたところで見守っていた僕のスマホが震える。


 「予知通り、告白の第一歩は成功しました」

 ユナの淡々とした声が聞こえる。


 けれど、本当の勝負はここからだ。


 帰り道、公園のベンチに並んで座るふたり。

 陽介は何度も話すタイミングを見失っている。

 僕はこっそりユナにメッセージを送る。


 「次、どうしたらいい?」

 「今から13秒後、田村さんが『明日も晴れるかな』と言います。そのタイミングで、『一緒にまた帰れたらうれしい』と伝えてください」

 僕はそっと陽介の背中を押す。


 「なあ陽介、今……」

 その時、田村さんが空を見上げて、ぽつりと言った。


 「明日も晴れるかな」

 陽介は慌てて言葉をつなぐ。


 「あ、あのさ、また明日も一緒に帰れたら、うれしいなって……」


 田村さんは小さく笑った。


 「うん、私も」

 ふたりの間に、ゆっくりと新しい風が流れる。


 その夜、陽介からLINEが届いた。


 『ありがとな! ユナにも、マジで感謝! でもさ……17秒先が分かったからって、心臓のドキドキは全然おさまんねーんだな』

 僕はスマホを見つめながら、ふと思った。


 AIが予知してくれる“正解”や“タイミング”は確かに助けになる。

 でも、人の心まではコントロールできない。

 勇気を出して一歩踏み出す瞬間、最後に頼れるのはやっぱり自分なんだ。


 ベッドの中で、ユナに話しかけてみる。


 「ねえユナ。やっぱり“好き”って、17秒先が分かったくらいじゃ、簡単じゃないよね」

 ユナは画面の中で、ほんの少しだけ微笑んだ気がした。


 「そうですね。けれど、あなたたちの“勇気”が、未来を変えたのは事実です」


 青春って、たぶん、こういう小さな勇気の積み重ねなんだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る