オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

@nakayasatori

第1話 プロローグ

「フロレル・ド・ショコラ公爵令息! シュクレ王国第二王子シャルル・ド・シュクレの名において、ここに俺とお前との婚約を破棄する!」


 シュクレ王立学園の卒業式終了後、学園のホールでは卒業生を囲むパーティーが行われていた。

シュクレ王立学園は十五歳からの三年間、貴族や優秀な平民に高等教育を施す教育機関である。卒業式の後のパーティーは、これから社会に巣立つ卒業生を祝うとともに社交の第一歩とも考えられているため、正式な夜会として執り行われている。

それは宴が始まって間もなくのことだった。シャンデリアが光を反射して輝き、楽団が音楽を奏でている華やかさに満ち溢れたホールの空気を切り裂くように、シャルル第一王子の声が響いたのだ。

 真昼の太陽の光を集めたような金色の髪に晴天の空のような青い瞳、甘い雰囲気を感じさせる美しいアルファの王子シャルルは、今は厳しい表情を浮かべている。彼が左腕で肩を抱いているのは、ストロベリーブロンドにマゼンダの大きな瞳、小さな鼻とぽってりとした唇をした可愛らしい顔立ちの華奢な子爵令息ルネ・ド・ボンボンだ。襟の開いた衣装を纏ったルネの細い首には、シャルルの寵愛を受けるオメガであることを誇るかのように金色の地に青い刺繍が施されたネックガードが巻かれている。

 突然のシャルルの宣言に、卒業生と来賓は息を呑む。

 王立学園の卒業パーティーには、国王や社交界の重鎮が来賓として招かれているし、卒業生の親族である貴族も参加している。そのような公式の場で、衆目の中、王子が公爵令息に婚約破棄を申し渡したのだ。

 シャルルの側近たちは、シャルルとルネを守るように後ろに控えている。側近の三名は、騎士団長フロマージュ侯爵の長男で栗色の髪に緑色の瞳をしたジャック・ド・フロマージュ、大富豪ガレット伯爵の三男で亜麻色の髪に水色の瞳をしたカミュ・ド・ガレット、そして、宰相ショコラ公爵の継嗣とされている銀色の髪に濃い青色の瞳をしたアントワーヌ・ド・ショコラだ。三人は、その場にいるだけで上位アルファの威圧を周囲に感じさせた。


彼らの前には、薄い金色の髪に夜明けの空のような黄金色の瞳を持つ整った顔立ちの冷たい美貌の貴公子、フロレルが無表情で立っていた。フロレルの襟の高い上衣は項を隠しているが、襟元からオメガの証であるネックガードがわずかに覗いている。フロレルの背筋を伸ばした立ち姿は凛としていて、これまでに培われてきた高位貴族としての高い教養と矜持を表すかのような美しさであった。


「殿下とわたくしの婚約がなくなります件につきましては、承知いたしました。では、御前失礼いたします」


 フロレルは礼を取ると踵を返し、ホールから去ろうとした。


「フロレル、待てっ! 話は終わっておらぬぞ!」


 シャルルの大きな声が再びホールに響き渡り、フロレルはその声に応えるように、ゆっくりと振り返った。シャルルの顔を見てからルネに目を向ける。ルネはフロレルと目が合うとふるりと身体を震わせてからその大きな瞳に涙を浮かべる。ルネの庇護欲をそそる表情や仕草を見たシャルルは優し気な笑みを浮かべ、その細い方を抱き寄せた。


「俺が守ってやるから安心せよ」

「シャルル様……」


 恋人同士のように身を寄せ、囁き合うシャルルとルネを見て、フロレルは大きなため息を吐いた。そう、初めてこの場で自分の感情を表したのだった。

 ホールでのその光景は、傲慢な公爵令息に虐げられる子爵令息とそれを守る王子殿下というふうに見えなくもない。

 卒業生たちはこれから何が起きるのかという好奇心と、否応ない政治状況の変化への対応をせまられることへの緊張感とが入り混じった複雑な心境でことの行方を見守った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る