どうせ死ぬなら全てを賭けて仲間を守って死のうと思った。……生き残っちゃった。

四方山

1話 プロローグ

「カハッ……!」

 ――ああ、痛い。けど痛みを感じるからまだ生きているとわかる。

身体にドロッとした物が纏わりついている。なんだこれ。あ、血か。………目がよく見えないな。なんなら右目が開かない。左目から入る情報が歪むし、体がよく動かない。ふらふらする。


─知っている。─


「ッ……!」

 突如襲ってくる衝撃。その直後は何が起きたのかまるで理解が出来なかった。数瞬して、俺は何が起きたか自覚した。――吹き飛ばされたのか。大丈夫、まだ痛みは感じる。なんなら意識がはっきりして動きやすくなった。

 俺を吹き飛ばし、ある程度満足した『敵』は嬲る対象を変えたらしい。俺の仲間の一人であるエリアに対して指先を向け、魔力が集中していることがわかる。

 その攻撃が放たれた直後、俺は足に魔力を集中させることで加速し、エリア共々避けることに成功した。左腕に攻撃を食らって。


─知っている。─


 今の攻撃は腐食効果のある毒のようなものらしい。左腕が爛れている。

「ルインッ!? だ、大丈夫なのッ!?」

 エリア、俺は大丈夫だから耳元で大きな声で叫ぶのはやめてくれ。頭に響く。それよか他の仲間の心配をしてくれ。


 戦闘開始早々、さっき俺が食らった毒の攻撃に直撃して苦しんでいるカナ。

 俺と一緒に全線で戦っている時、致命的なダメージを受けて満身創痍になってしまったクラリス。

 戦闘開始からぶっ続けで魔法を行使して立つのもままならない程魔力が枯渇してしまったカイセル。


─知っている。─


 俺が戦っている間、戦闘不能のアイツらを遠くに避難させることができるのは現状エリアしかいない。

「……アイツは俺が引きつける。だからエリアはカイセルたちを守っておいてくれ。」

「で、でもッ!」

「エリアの結界なら充分耐えられるはずだ。俺がちゃんとお前らを無事に帰らせてやる。だから頼むよ。」

「ルインッ……」

 俺はエリアを諭しながらそう言うと同時に足を踏み出した。

 ……ダメージが溜まっていたのだろう。足がおぼつかない。そんな状態の俺は敵からすれば格好の的だ。いとも容易く攻撃を食らってしまう。


─知っている。─


 ──何故だろう。。確かに俺は攻撃を食らったはずだ。そこまでの攻撃ではなかったのだろうか。右目は血で瞼が固まったせいで開きにくいし左目は何故か開かないから上手く状況を確認できない。微かに見える景色からエリアが何か言っていることがわかるが如何せん耳が聞こえづらいから何て言っているかもわからない。


─知っている。─


 ──ああ、俺は死ぬのか。死ぬ瞬間は時間が遅く感じるとどこかで聞いたことがある。その情報は本当らしい。今俺の目の前には下卑た笑みを浮かべとどめを刺さんと指先を向けて来ている『敵』がいる。




 ──知っている。──

  ……そうだ、俺はこの状況を知っている。


  何故だ? ─わからない。


  どこで? ─わからない。


  いつ?  ─わからない。




……………………


………………


…………


……




 ………ああそうか、思い出した。絶対に俺はこの状況を知っている。


  何故だ? ─経験したから。


  どこで? ─ここで。


  いつ?  ─前世。



 そう、前世。たった今思い出したが、俺のこの人生は2週目だ。

 ──クッソ、なんで死ぬ直前にこんなこと思い出すんだよ。

「………ハハッ」

 瞬時に意識が覚醒する。それと同時に攻撃を転がりながら避ける。『敵』とある程度離れたら、身体を預けるには頼りない両足を使いゆらりと立ち上がり、右目当たりの血を拭って自身の状態を確認する。

 ……。

 折れた右腕、爛れた左腕、粉砕された右足、抉られた右の脇腹、そして左腕と同じく爛れた顔の左半分。

 うん、ひどいなこれ。よく生きれているなと我ながら思う。それに意識がはっきりとしたせいで強烈な痛みが身体中を駆け巡っている。

 俺は腐食して爛れた左腕を右手で持っている剣で切り落とし、断面近くを圧迫して止血。四肢の欠損はすぐ治せても腐食は治しにくいからね。ちなみに折れた右手は魔力で作った糸を使って無理矢理動かしている。

 体勢を立て直した俺は、今も悠然と待っている『敵』を見据える。


魔導亡霊リッチー


先程から俺が『敵』と言っているヤツの正体である。コイツは高い魔法体制と攻撃性の高い魔法を使い、倒し方の知らないAランク冒険者でも油断すると殺される危険性があるB級の魔物だ。ただ、倒し方が判明しているため、俺たちのようなCランク冒険者のパーティでもきちんと戦えば勝てる相手でもある。

   ──それが魔導亡霊リッチー〉ならだが。

 俺たちが出会ったのは変異種と呼ばれるもので、通常の魔物よりも数段上の強さをしている。この変異種にも様々な種類があり、俺たちが会ったのは【混沌種カオス】と呼ばれる変異種だ。この混沌種は変異種の中でも最上位クラスの強さを誇り、魔法、物理に対して高い体制を持つ。倒し方は身体の中のどこかにある『心核コア』と呼ばれる心臓部を破壊しなければならない。しかし、先程言ったように混沌種は魔法耐性、物理体制が高い。加えてリッチーは元々持つ魔法耐性もあり、魔法はほぼ無効化されると言ってもいいだろう。さらに絶望的なことに俺たちのパーティの高火力は魔法に依存している節がある。そのようないくつかの条件があり、俺たちのパーティは俺とエリア以外満身創痍という壊滅寸前の状況に追い込まれている。


 そんなにリッチーだが、勝ちを確信しているからか、俺が立て直すときも見ているだけだったし、どうやって俺を嬲るかを考えているのかもしれない。非常に不愉快だ。

 俺は、奇跡的にほとんどダメージを負っていない左足と、痛みに耐えながら粉砕した右足を右腕以上に無理矢理動かしてバランスを取る。

「……ハハッ。アハハハハ!」

 これから死ぬことを自覚したせいか、それ以上に目の前の"化け物"に対しての憎悪と、とてつもない高揚感が俺の中を埋め尽くす。

 そんな相反するとも言える2つの感情は俺の中でドロドロと渦巻き、混ざり合い、狂気へと昇華する。

「……殺す。殺す殺す殺す! アハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 正直自分がどうなろうと知ったこっちゃない。どうせ消える命だ、せっかくなら他のパーティメンバーのために華々しく散らそう。まだそこそこ余裕のある魔力を使って身体強化をする。負傷してる部分がとてつもなく痛むがその痛みが今は心地いい。

「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね!」

 今の俺には冷静さなどなく、身体強化しただけの暴力を振るっている。火事場の馬鹿力だろうか、妙に冴えている感覚を使い致命傷となる攻撃を避ける。俺の頭の中は"何としてでも目の前の『敵』を殺す"という狂気のみで、"仲間を守ろう"だとかの高尚な考えは一寸たりともなかった。



「ガァァァッ!!」

 いくらか時間が経っただろう。人間と言うよりも獣と言った方が近い戦いをしている俺の耳朶を打つかのようにエリアの泣き叫ぶ声が聞こえる。

「ルインッ!!!」

 その声が聞こえた瞬間、俺の中でとめどなく湧いていた狂気は瞬時に鳴りを潜める。そして、正気に戻ったことで脳内麻薬の分泌が終わったのだろうか、先程まで心地よかった痛みが身体を伝わり、不快感しか感じなくなる。しかし、ここで足を止めてはいけない。俺はバックステップでその攻撃を回避し、後方に下がる。

 再び体勢を立て直して、状況を確認する。

 先ほどまでの、ある意味覚醒状態と言える状態の俺だったらいつかはリッチーを倒せていたのかもしれない。そうじゃなくてもエリア達は逃がすことが出来ていたのかもしれない。はっきり言って状況は絶望的だ。俺たちの勝利条件は『全員で生きてダンジョンから出ること』。わざわざリッチーを倒す必要はないが、全員で生き残るためにはコイツを倒さなければいけない。

(はぁ、マジで最悪だな。前提条件が難しすぎるだろ。)

 一つ、手がないわけではない。しかし、その手だけは使いたくなかった。なぜなら。ただもうそんなことは言っていられない。それに本当だったら元々死んでいたのだ。どうせ死ぬなら俺以外が幸せになれる方法の方がいい。


 そうして俺はそのを使うことを決めた。

 左足に最大限魔力を集中させて瞬きする間もなく『敵』との距離を詰める。驚いたのだろうか、詰めた距離を離されてしまう。踏み出してしまった以上、ここから一度でも止まってしまったら疲労と激痛で動けなくなってしまうだろう。だから俺はもう一度左足に魔力を集中させて、足が地面に着いた瞬間力いっぱい地面を蹴り再度距離を詰める。一度経験している『敵』は迎撃の構えに入る。それと同時に俺は指にはめているある"魔道具"を使用する。

 この魔道具の効果はいたって単純。一度だけ【代償魔法】という魔法を行使することができるというもの。この代償魔法は望む力が強ければ強いほど代償も大きくなる。逆もまたしかりだ。

 眼前にいる『敵』が技を繰り出すその寸前、俺は先のことなど考えず、まともに動かない右腕を無理矢理動かして剣を振るう。


「代償魔法、【断ち】」


 その技を繰り出した瞬間、時が止まったように眼前の"もの"の動きが止まる。無限にも感じるほど長い一瞬の静寂。そんな静寂が壊れ、時が動き出したかのような感覚。それと同時に目の前の"もの"が真っ二つに裂け始める。そして後から来る確かな手ごたえ。直後、自分が落下していることを自覚する。自覚したのも束の間、背中に伝わる衝撃。

 地面に叩きつけられた俺は指一本動かせずに意識が落ちていく。俺の意識が途切れる直前、最後に見えた光景は、普段の可愛らしい顔が崩れるほど泣きじゃくりながらこちらへ駆け寄るエリアの姿だった。

 ──ごめんな、これからは四人で頑張ってくれ。約束だけは守ったから恨まないでくれ……。










 ……なぁんて思っていたわけだが、人間は俺が思っていた以上に頑丈らしい。俺は健康な状態で目を覚ました。ちなみに左腕はない。左目も見えない。右目から見える景色には俺のベッドのそばで寝ているパーティメンバーの姿があった。あ、起きた。

「る、ルインなの……?」

とクラリス。

「起きた……。」

とカナ。

「心配させるな!!! このバカ!!!!」

とカイセル。

 三者三様な反応を見せるが、エリアが無反応だ。まだ寝ぼけているのだろうか。

「ねえルイン。」

「は、はい。」

 エリアが口を開いたかと思ったら、今まで聞いたことないほど冷たい声で俺の名前を呼んだ。俺は何か起こらせるようなことをしてしまったのだろうか。全く身に覚えがない。

「なんであんなことをしたの?」

「ん? あんなこと?」

 何だろう。やっぱりエリアの気に触れることをしていたかも知れない。不安になって来た。

「なんであの魔道具を使ったのかって聞いてるの!!!!」

(ああ、そのことか。)

「……あぁ~、まぁどうせどっちにしろ死ぬと思ってたしな。」

 俺がそう言うと部屋の温度が急激に下がったように感じた。

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どうせ死ぬなら全てを賭けて仲間を守って死のうと思った。……生き残っちゃった。 四方山 @natsuuuuu97

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