第6話 ザイールの女王
“ザイール”はかつての中部アフリカの国名であり、流れるような語感を持つこの名前を、「異世界の古代帝国」あるいは「失われた契約の地」として再解釈する。
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夜。エリザはひとり、宇都宮の小さなビジネスホテルのベッドに座っていた。ラゼルが記憶を取り戻し、悠人たちが“京都行き”の計画を立てる中、彼女は心の奥でざわつくものを感じていた。
「……ザイール」
その言葉が、意識の中で何度も繰り返される。
彼女の本当の名前は「エリザ・アレシア・ヴァルモンド」——しかしそれは、即位以降の“王名”であって、生まれた地と名は別にある。彼女が生まれ育った土地、それが“ザイール”だった。
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かつてのザイール王国。
それは、幻宮が建つはるか以前に栄えた、記憶を編む民の国家だった。
彼らは、物語や言葉ではなく“感情の波動”で記憶を継承し、その技術を使って「封印」と「契約」の術を発展させていた。
エリザはその王家の末裔として生まれ、生まれつき「共感記憶」の才能を持っていた。
ひとの触れた場所、食べた物、愛した人、その**“想いの残響”を身体に刻み取る力。
だからこそ、彼女は封印の器として選ばれ、そして“幻宮の女王”に即位させられた**。
> 「おまえの心は、人の痛みを知りすぎている。だから、おまえにしか封じられぬものがある」
——ザイールの王、父の最後の言葉
だが、王国は崩壊した。
隣国との戦争ではない。
幻宮に近づきすぎたのだ。
封じられていた“黒き記憶”が目覚め、王都はひと晩で崩れ落ちた。
唯一生き残ったのが、エリザだった。
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目覚めると、窓の外に夜明けの気配。
そのとき、彼女の耳にラゼルの声が届いた。
> 「きみは思い出すべきだ、ザイールの最後の“料理”。封印された味。それが、すべてを解く鍵になる」
エリザの頭に、ひとつの料理の映像が浮かぶ。
それは、褐色のソースに浮かぶ丸い団子。
酸味と辛味、深いコクの混じった香り。
彼女の母が、封印前の夜に作ってくれたもの——
> 「ムアンバ。ザイールの“記憶を閉じる料理”」
それを食べると、記憶は静かに眠る。二度と痛みに触れぬように。
それを食べると、王は穏やかに逝ける。民の苦しみを忘れて。
エリザの手が震える。
> 「私は……記憶を閉じてきた。すべての悲しみも、あの夜も、ラゼルも。
でも今、思い出さなきゃいけないんだね。封印するためじゃなく、“生き直す”ために」
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ホテルのロビーで待つ悠人と結月に向かって、エリザは静かに微笑んだ。
「京都へ行きましょう。幻宮が“心臓”なら、私は“血”なの。
……あとは、世界がそれをどう動かすか」
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次回予告:第7話「京の廃宮と記憶の料理人」
京都に現れるもうひとつの幻宮。
そこに待ち受けるのは、かつてエリザに仕えていた“黒の料理人”と、前田利家のもうひとつの“子孫”。
“記憶の食卓”が、いま再び整えられる。
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