第5話 宇都宮餃子の記憶

 翠峰山の光柱が夜空に吸い込まれる頃、石川県内では異変が広がっていた。金沢の中心街、香林坊。市電が止まり、空が一瞬緑に染まる。人々のスマホは一斉にフリーズし、画面には見慣れぬ文様が浮かんでいた——まるで古代の刻印のような、それでいて電子信号のような…。


 その頃、前田悠人は“エメラルドマウンテン”と“天童”の関連を調べる中で、祖父の古い手紙を発見する。そこには一見意味不明な言葉が走り書きされていた。


> 「もし“門”が開くとき、栃木の香ばしい月が再び導く」

「あの少年は、餃子の香りで真実を思い出すだろう」



「……餃子?」

 意味がわからないながらも、“栃木”と“餃子”という単語が結びついたとき、悠人の頭に浮かんだのはひとつの都市——宇都宮だった。



---


 翌日、悠人と結月、そしてエリザの3人は、突如目覚めた天童・ラゼルを伴い、新幹線で宇都宮へ向かった。


 車窓の向こうに見える那須連山。エリザはその風景に既視感を覚える。

「この地形、どこかで……いいえ、これは……“王国の北端”とそっくり……?」


 宇都宮に着くやいなや、ラゼルが急に立ち止まり、香りのする方をじっと見つめた。


「……これ、なんの匂い? 鼻の奥が熱くなる……なつかしい……でも、こわい」


 結月が指さす。

「宇都宮餃子館、って書いてあるよ。せっかくだし、行ってみる?」


 彼らは店に入り、餃子を口にする。焼きたての皮がパリッと弾け、中からあふれる肉汁とニラの香り。ラゼルはひとくち、ふたくちと食べたあと、突然目を見開いた。


> 「思い……出した。“契約の刻”……“虚の門”……そして“禁忌の味”……」



 彼の中に眠っていた記憶が、一斉に噴き出した。かつて、異世界の“王都エメラーダ”では、料理が魔術の媒体だった。特定の“味”を通して、人々は記憶や契約を呼び覚まし、あるいは抹消する。


 宇都宮餃子の香りは、かの世界の“熱香団子ねっこうだんご”に酷似しており、それがラゼルの封じられた記憶を開いたのだ。


> 「“門”は完全に開きかけてる。石川で、いや……この日本列島全体で、裂け目が広がってる。食が、それを繋ぐ鍵になるなんて、誰が思う?」


---


 店を出たあと、ラゼルは空を見上げてつぶやく。

「次は、“京”が目覚める。だがその前に……“前田の契り”を思い出さねば」


 悠人が問いかける。

「前田家は、いったい何を“封印”したんだ?」


 ラゼルの目が鋭く光る。

「“幻宮”はただの城じゃない。あれは異世界と現世を繋ぐ“心臓”だ。前田利家は、それをこの地に植えた。そして鍵は、食と記憶、血脈でできている」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る