第7話

「ここの階段を登って3階が、2年生の教室が集まるエリアです」


目の前を歩く、俺のクラスの担任である岡部先生の背中を見ながら先ほどのミミとの会話を思い出す。


-----

『……ふざけてんのか?』


『このような状況でふざける訳ないじゃないですか……もう一度言います、田中さんが元の世界に戻るための条件は高校時代の陽華さんと恋人になることです!』


先ほどと同じ回答が帰ってきた。どうやら聞き間違いではないようだ。それだけは分かった。だが、それ以外は依然として分からない。


『……えーと、まずどういう理屈でその仮説が出てるのか教えてくれ』


『そうね……そこからね、ただどう説明したらよいかしら』

顎に手をあてて思案するミミ。暫くの沈黙の後。


『田中さんがこれまで生きてきた時の流れ、これを正史と定義するわ。この正史は大きな道みたいなもので、田中さんも奥さんも他の人もこの道に沿って日々生活している』


『普通に生活しているとこの道から外れることは無いのだけれども、認識していないだけで実は多くの小さな道が枝のように存在しているわ』


分かるような分からないような。人間には絶対に認識できない事柄がパーツとなって文章が出来上がっているので、どうしても実感を持って受け止められない。


なので取り敢えずは口を挟まずに耳を傾けることにする。


『あなたはタイムスリップによって、その小さな道に入り込んでしまった。その中で大きな道、つまり元の世界に戻る為には田中さんが今居る過去の世界と元の世界の間で整合性をとる必要がある』


『整合性をとる?』


『簡単に言えば、二つの世界の間のズレを無くすことね。そして、その二つの世界の大きなズレが田中さんが奥さんの陽華さんと恋愛関係にあるか否かなの』


『……そんな単純なものなのか?』


『意外と世界はシンプルなものよ』


『……そうか』


そうなのかもしれないし、そうでなのかもしれない。ただ、俺にはそれを確かめる術が無いので、(一応)神らしいミミの言葉を信じるしかない。


『いつまで疑ってるのよ、もう……それはともかくとして田中さんが通うことになる学校は陽華さんも居る学校で同じクラスになるように調整してる。他にサポートが必要なことあったら、可能な限りでサポートするわ』


陽華と恋人になることが元の世界に戻るための条件。未だに信じきれないが、一方で例えばこの世界を救うことが元の世界に戻る条件と言われるよりかは簡単に思える。何故なら一度、俺たちは恋人になっているからだ。


彼女の趣味、価値観、好きなこと、苦手なこと、全てを分かっていると言うつもりはないが、たくさん分かっている自負はある。二人の相性が良いことも未来が証明済みだ。


言うならばカンニングペーパー持ち込みOKの試験のようなもの。何もヒントのない状況よりは、遙かに希望はある。


『分かった……試してみる、ただ他に戻る方法も探しておいてくれ』


『勿論よ』

----


「緊張していますか?」


「……え、はい?」


先ほどの会話を振り返っていたら、ぼんやりとした反応をしてしまった。


「……どうやら緊張しているみたいですね、新しい環境に飛び込むのだから無理はありません。ですが、うちのクラスの生徒は良い子ばかりなので安心してください」


「はい、ありがとうございます」


何だか勘違いをされてしまったようだが、訂正するほどでも無いので話を合わせておく。


緊張はしないが、不思議な感覚だ。どこかのクラスから聞こえる笑い声、グラウンドから聞こえる運動部の元気な声、当時流行った曲を奏でる楽器の音。高校時代に聞きなじみのあった「青春」の音が再び鼓膜を揺らしている。


辺りを見渡すと、元気そうに「今」を生きている子、静かに自分の世界を生きている子、退屈そうに与えられていた時間を生きている子など様々なタイプの子が居て、そのどれもが少し大人になってしまった自分の目を通すと少し眩しく見える。


社会人としてはまだまだ若手だが、この風景を見ると少し歳をとったなと苦笑するとともに本来、誰にとっても一度きりの「青春」を再び経験できることに少しずつ高揚感を覚えている。


何より、陽華が高校時代どんな学生生活を送っていたのかは興味がある。陽華と出会って長いが、高校時代については俺も殆ど知らないというか、会話の話題にあがることが全くといって無かった。いや、一度だけ高校時代の話をする流れがあったが、陽華に急用が出来たとのことで途中で話が中断されたことがあったような。


高校時代の陽華もきっと明るくて優しくて人気者だったのだろうな、制服でのデートとか出来たらいいなと色々と妄想を膨らませていたら、俺が所属することになる、そして高校時代の陽華が居るクラスの前に着いていた。


「ここが田中くんのクラス、2年D組です。それでは、教室に入りますので後から着いてきて下さい」


岡部先生の後を追って、教室に足を踏み入れる。

 

未来に戻るため、俺の高校時代が再び始まった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

絶対にラブコメしちゃいけないラブコメ 希常(きつね) @kithune

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ