対魔法少女ふぉるん VS メガトンファンタジア
浅切三式
1
コンクリートのビルが連なる街の狭間に、巨大な影が揺らめく。
見上げるほど大きな山の如きその影は時折、奇怪な声を響かせながらゆっくりと街を練り歩いていた。
「目標を確認。……報告通りだけど、報告通りすぎる……なんだアレ!?」
バイクのハンドルを握りながら、遠くに見える巨大な影を睨んで後藤は呻いた。
有り体に言えば、ビル並のサイズに巨大化したクマのぬいぐるみ。そうとしか表現しようのない物体が街を破壊しながら進行している。
「いや、本当に物体なのか? ……幻覚とか立体映像とかそういう類の可能性も……?」
非現実的でファンシーな光景に目眩を覚えながら、他の可能性を探る。あれが見たままの物体であることを即座に受け入れるには、彼もまだ常識を捨てきれていなかった。
「目標αに重力系センサーへの反応を確認。物理法則に干渉している可能性はありますが、物理的な質量として存在していると推定されます」
「正真正銘、巨大なぬいぐるみの怪物か」
背中から掛かった声に嘆息を返す。
後藤の運転するバイクの背には一人の少女が乗っていた。
さほど背丈のない後藤に比べても小柄な少女で、ヘルメットの隙間から覗く顔も幼い。
「ふぉるん……アレは魔法なのか?」
「……類似性は僅かに認められますが。私に記された定義では異なるものだと判断します、ぶらざー」
少女――ふぉるんの回答は否定だった。
「魔法に近しく異なる技術体系……神仙か悪霊、或いは妖精や精霊的なものではないかと推定」
「術者がいるとすれば、マジックユーザーではなく、シャーマンってことか?」
幻覚ではなく実体を動かしているとなれば、どちらかといえば魔法の類であるイメージが後藤にはあった。しかしふぉるんの観測、推測によるとあのぬいぐるみは後藤の持つイメージとは逆であるらしい。
「その心は?」
「ナンセンスなので」
「……なるほど」
冗談めいているが真面目な解析の結果なのだろう。
ふぉるんの識る魔法は『ふざけた手品』ではない。ならばふざけたアレは魔法ではないということだ。恐らく。
「此処でバイクを停めるか?」
「その手間は不要です、ぶらざー」
端的に答えて、ふぉるんは顔を覆っていたヘルメットを外す。
長い金色の髪が開放され、風に靡く。
「……気をつけてな」
後藤と繋いでいた手を徐ろに離し、少女がバイクの背に立つ。良い子は真似してはいけない芸当だが、ふぉるんは動じる様子もない。
「了解。速やかに目標を処理します。ぶらざーは離脱を」
軽く跳び上がり、ふぉるんの身体が宙に投げ出された。
「――兵装展開」
少女の姿が光に包まれ、着ていた服が解体されて別の空間へと転送される。代わりに転送されてきた光の粒子が彼女の周りに展開し、形を変えて装着されていく。
レオタード風の上下一体のインナーをベースに、フリルのついた白とピンクの生地が拡がり、少女の身体を包む。要所に金属製のようなパーツが組み込まれ、衣装を固定していく。
風に棚引く長い金糸にリボンが絡みつき、頭の横に束ねられてポニーテールになった。
手袋に包まれた手の先を伸ばすと光の粒子が収束し、少女の背丈に近い長さがある杖状のユニットを形成する。
「戦闘モードへの移行を完了。セルフチェック。オールグリーン」
ふぉるんは大型の杖となった主兵装ユニットを掴み、股下へと回してその中ほどに跨る。
「目標の殲滅を実行します 」
杖の後端が変形し、スラスターとなって推進の光を放出する。
眩い光の尾を引きながら、杖に跨った魔法少女姿のふぉるんが翔ぶ。後藤が乗ったバイクを一瞬で追い抜き、巨大なクマのぬいぐるみに目掛けてふぉるんは翔んで行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ふぉるんが造られた世界は、異世界から来た脅威に晒されていた。
彼女の造られた世界は科学技術が大いに発展した世界であったが、彼の世界で編み出された技術系統とは全く異なる力――魔法を主力とする侵略者は、常識が通用しない恐るべき脅威だった。
異世界の侵略者に対し、彼の世界もただ手を拱いていたわけではない。侵略者に抵抗すべく、彼の世界は技術の粋を集めて対魔法兵器群を造り出した。その一つが、ふぉるんである。
自律行動する対魔法兵器として彼女は侵略者との戦いに活躍するはずであったが、想定外の事故により彼女は異世界――彼女の造られた世界とも、その世界を侵略しようとしていた異世界とも違う異世界――現代の地球、日本へと転移してしまった。
そしてふぉるんはたまたま後藤と出会い、なんやかんやあって現在は彼の管理下に置かれている。
因みに魔法に対抗する兵器であるはずの彼女の姿が、いわゆる魔法少女のそれである理由を後藤が訊ねたところ、回答は『製作者の趣味と記録されています』であった。
訊かなければ良かったと彼が後悔したことは記すまでもない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
――目標αとの距離確認。有効射程内。主兵装ユニット”すぃーぱー”主砲フェイタルモード、エネルギー充填開始。
ふぉるんが跨った大型杖の先端を、巨大なクマのぬいぐるみへと向ける。
主砲の充填と並行して、牽制の初手も準備する。
――副兵装ユニット”ふぁいやーわーく”展開。
別の空間から転移させた4機の多連装ミサイルポッドを周囲に展開させる。
念のために周囲を動的センサーで撫でるが、目標のぬいぐるみの他には知性体の動作は検知されない。周辺住民の避難は完了しているのだろう。公僕様方の的確なお仕事に感謝だ。
――ふぁいあ!
巨大なクマに向けて、無数のミサイルの群れが放たれる。
クマも直後に向かい来るミサイルの群れに気づいたようだが、高速で飛来するミサイルから巨体が逃れる術はないはずで――
『おおおーーーーん!』
クマの目が怪しく輝き、ビームが放たれる。
二本のビームがミサイルの一部を迎撃し、撃ち落とす。だがふぉるんの発射したミサイルの数は膨大であり、その全てを撃ち落とすには到底足りなかった。
残されたミサイルの群れが着弾し、騒々しい爆音と共にぬいぐるみが爆炎に包まれる。
この程度の挨拶で片付けば容易いが――
『ぐぽぽぽぽーーーーーん!』
間の抜けた咆哮(?)が空気を震わせ、爆発の煙からクマの巨体が姿を現す。
大量のミサイルの直撃を受けた表面が幾らか焦げ、顔がXになっているが、五体満足で脅威は健在の様子だった。
ぬいぐるみなら表情が変化するはずはないのだが、ぬいぐるみのような姿をしているだけの別物なので可能な芸当なのだろう。戦術的にはどうでもいい事項だが。
しかし挨拶のミサイルで処理が終わらなかったのは、ふぉるんの想定の範囲内だ。
――主砲、照準ロック。
大型杖の先端が変形し、砲口を形成する。
主砲の発射準備が整い、ふぉるんの指示を待つ。
――ばーすと!!
強烈な閃光が街の空を灼き、主砲が放たれる。
夥しい光の奔流が束となり、轟音と共に巨大なぬいぐるみを撃ち抜く。
『ぽえええーーーーーーん!』
響いた怪音は咆哮か悲鳴か。
腹に大穴を開けられた巨体が揺らぎ、近くのビルを巻き込んで砕きながら倒れる。
「…………あ」
倒壊したビルのテナントに後藤と訪れた靴のお店が入っていたことを思い出して、ふぉるんの思考にノイズが疾るが、今は作戦行動中なので無視――目標の脅威度は更新してちょっとだけ上方修正しておく。
――主砲は直撃。目標αの損害は半壊以上、と仮定したいところですが。
胴体に大穴を空けられて無事でいられる生物はそうそういないだろうが、標的は真っ当な生物ではない。見るからに理不尽な存在だ。そう簡単にくたばってくれない覚悟はふぉるんもしているが――
『ばばばばばーーーーん!!』
穴の空いたぬいぐるみが怪音を鳴り響かせ、その体表を縦断するようにファスナーのような物が現れる。
続いてファスナーが大きく開かれ、その中から何かの影が迫り出してくる。
クマのぬいぐるみの巨体を開いて、ファスナーの隙間からクマのぬいぐるみが現れた。
穴の空いたクマが緩やかに透明に溶け、すっと消えてなくなる。後には新品のクマが残った。元のクマより一回り小さくなる、などということもなく普通に同じくらいのサイズであった。
結果だけを見れば、振り出しに戻る、ということだろう。
「…………ぶらざー風に発言します。『それはズルでは?』」
杖をくるくると回しながら、ふぉるんはぼやいた。
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