第27話 冤罪
捜査員たちは迷いなくコンソールに取りつき、冷静かつ迅速にサーバー内の解析を開始する。
「対象ファイルへアクセス完了! ……“紅華特務局”のフォルダを発見!」
一人の捜査員が報告し、モニターには複雑なファイル群が現れる。
「なんだこのロゴ……国際犯罪組織か?」
別の捜査員がそう呟いた直後、モニターが自動的にムービーファイルの再生を開始した。
まるで何者かが“見せつける”ように、決定的な証拠映像を仕掛けていたかのように。
ノイズ混じりの映像が再生される。画面中央には紅く輝く奇妙なエンブレムが回転し、「紅華特務局」のロゴが浮かび上がる。
その奥、薄暗い密室の中に、椅子に座った黒服の男。そして、その前に立つのは神崎天花だった。
「よくやった、天花。これで我々の目的は果たされた。少年たちも、もう役目を終えた」
男の冷たい声に、天花はゆっくりと顔を上げた。
彼女の視線が、まっすぐカメラの向こうを見据えた瞬間、陸斗は息を呑む。
「陸斗、キャンプの日から……ずっと、楽しかったよ」
それは確かに天花の声だった。
だが、その笑みは壊れそうなほどかすかで、悲しみに満ちていた。
「君がいてくれたから、私は使命を果たせた。本当にありがとう……。でも、ここでお別れ。巻き込んでしまって、ごめんね」
目元には涙がにじんでいた。
「もう時間だ。次の任務に備えろ」
男が鋭く告げ、天花は無言で頷く。映像はそこで途切れ、モニターは暗転した。
静まり返った室内に、陸斗の荒い呼吸だけが響く。
「……嘘だろ……」
陸斗は崩れ落ちた。全身の力が抜け、床に手をつく。
(あの夏の日々が全部仕組まれていたなんて……)
否定したくても、映像のリアルさがそれを許さない。天花との時間は、すべて利用のための演技だったのか。
手をつないだ感触も、夜空の下での言葉も、あの儚い笑顔も……。
「違う……違うだろ、天花……! お前がそんなこと……!」
かすれる声で叫んでも、返ってくるのは沈黙だけだった。
「これで終わりだな」
捜査官の一人が冷ややかに言い放つ。
「君たちは、不正アクセスの容疑者として連行される」
琴葉が怯えたように目を見開く。
「そんな……天花さんが、あんなこと……」
隼人は憤りを抑えきれず、陸斗に詰め寄った。
「最初から騙してたのか!? 陸斗、お前……知ってたのかよ!」
「違う! 本当に、俺は……!」
その言葉は、苦しみの中に消えていく。
(俺が知らなかったことで……みんなが……)
悔しさが、喉の奥で膨れ上がる。
「全員、おとなしくしろ。あとの話は署で聞く」
捜査官は4人を引き立てた。
翔平は項垂れ、隼人は悔しさに唇を噛む。
「……俺たち、どこで間違えたんだ……」
答えはなかった。
出口に向かって連れ出される中、陸斗の脳裏には、天花の最後の言葉が反響していた。
――「さようなら」。
それは、夏の終わりを告げる風の音のように、何度も彼の胸を貫いていた。
朝の報道番組は、いつもより騒がしかった。
学園における深夜の逮捕劇。映し出されたパトカーの行列と、連行される制服姿の四人――民部陸斗、桜井琴葉、山城隼人、西野翔平。その映像が繰り返し流され、日本中を駆け巡っていた。
「文化祭当日、サイバー犯罪で生徒4人を現行犯逮捕」
「中国系組織“紅華特務局”との関連も!?」
キャスターは興奮気味に語り、ワイドショーは専門家を呼んで“スパイ教育”“情報戦時代の高校”といったテーマで盛り上がっていた。
文化祭は無期限延期。学園は混乱に包まれ、生徒たちは混乱と苛立ちを募らせていた。
一方、警察署の取り調べ室では、四人が長時間にわたって事情聴取を受けていた。
だが押収されたサーバーのフォレンジック調査により、陸斗たちのアクセスは不正侵入の“証拠”ではなく、むしろ捏造されたログに対抗するための調査行為であることが判明する。また、個別に行われた四人の取り調べの供述内容に矛盾も無かった。
複数のログファイルが、外部の高度なリモート操作で改ざんされていたことも同時に確認された。
同日夕方には、警察は「誤認逮捕の可能性が高い」として四人を釈放した。
だが、すでに世間は彼らを“容疑者”として認識していた。
ニュースサイトには“釈放=無罪とは限らない”“闇に消えた黒幕の存在”といった見出しが並び、SNSでは「なぜ天花の存在が消されてるのか?」「映像が演出だった可能性は?」といった陰謀論が交錯していた。
文化祭が延期されたこともあり、落胆した生徒たちは苛立ちを隠さず、
「なんでアイツらのせいで中止になったんだ」
「スパイじゃないにしても、派手に目立ちすぎだろ」と、四人への風当たりは強まっていく。
取り調べを終え帰宅した夜、陸斗は自宅のベッドで天井を見つめていた。家族もご近所さんに頭を下げ、マスコミから執拗な取材を受けていた。
しかし陸斗の心に焼きついているのは、警察の取り調べやマスコミの取材よりも、――天花のあの映像だった。
『君がいたから、私は使命を果たせた』
『巻き込んでしまって……ごめんね』
優しい声と、寂しげな笑顔。だが、それが真実かどうかは、誰にもわからない。
(全部、嘘だったのか……? それとも、俺に何かを託したのか……)
その問いに答える術はなく、ただ夜が更けていった。
数日後、学園は記者会見を開いた。
「一部生徒の行動によりご迷惑をおかけしました」
「再発防止に努めてまいります」
形式的な謝罪。紅華特務局については、一切の言及が避けられた。
公安筋からの非公式リークとして、一部メディアが紅華の存在や天花の“素性”に触れたが、それは政府や学園が正式に認めたものではなかった。
事件そのものが“なかったこと”のように処理されていく中、文化祭は一週間後に振替開催された。
だが、その熱気はもう戻らなかった。
いつもなら笑い声に満ちる廊下は静かで、ステージ発表も気の抜けたように淡々と終わっていった。
四人には軽微な処分が下された。
「セキュリティ違反による自主謹慎三日間」
また、隼人には「カードキー窃盗」、琴葉と陸斗には「不正アクセス」の罪が加算されたが、謹慎期間には変わりなかった。
明確な制裁というよりは、“幕引き”のための措置だった。
隼人の父――学園理事である山城氏は、面会の後に低く言ったという。
「もう深入りするな。次はお前自身が潰れるぞ」
隼人は、ただ静かに頷いた。
琴葉がEXODUSにコンタクトを試みたが、戻ってきたのは一文だけ。
「当面は静観せよ」
かつて支えだった“裏の味方”も、今は沈黙している。
翔平は、何も変わらないように見えて、その実、ずっと変わっていた。
あの夜以降、無邪気な笑顔の裏で、ふと物憂げな表情を浮かべることが増えた。
そして陸斗。
(天花……俺は、お前を信じたかった)
信じたままでいたかった。だが現実は、言葉も思い出も、すべてが“演技”だった可能性を突きつけてきた。
それでも、最後の「さようなら」が本心だったと信じがたい気持ちが、消えずに残っていた。
事件がひと段落した後、学園も世間も、驚くほど早く“日常”を取り戻していった。
だが、陸斗を取り巻く周囲の空気だけは、以前とは決定的に異なっていた。
「陸斗って、天花と付き合ってたんでしょ?」
「結局、何も知らなかったって通じるの? あんな騒ぎ起こしておいて」
直接ではない。だが、背中で感じる視線の冷たさ。
教室の空気のわずかな圧力。
そう、すべては“元通り”に戻るわけではなかった。
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